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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
5章

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第百十五話 ぐうたら三男、親と会う

 王都西部。


 避難区画は、元々旧演習場として使われていた広大な土地を転用したものだった。


 仮設建築。


 簡易天幕。


 物資倉庫。


 炊き出し設備。


 大量の人間が暮らすには不十分だが、それでも王国側が急いで整備したのだろう。


 周囲には騎士団も配置されていた。


 侵食避難民保護。


 加えて。


 最近増加している不法侵入者対策も兼ねているらしい。


 馬車を降りた瞬間。


 レイは立ち止まった。


「…………」


 空気が違う。


 王都なのに。


 少しだけ故郷の匂いがした。


 土の匂い。


 乾いた風。


 遠くから聞こえる方言混じりの会話。


 ゴールド地方の人間達がここに集まっている。


 その事実が、妙に胸へ来た。


 エミリーが静かに横へ立つ。


「大丈夫ですか?」


「……分かんない」


 素直な返答だった。


 レイ自身、今の感情を整理しきれていない。


 故郷は失われた。


 でも。


 故郷の人達はここにいる。


 だからなのか。


 胸の奥が少しだけ落ち着く。


 避難区内は慌ただしかった。


 子供達が走り回り。


 大人達は物資運搬を手伝い。


 簡易炊事場からは煮込みの匂いが漂ってくる。


 生活は続いていた。


 突然故郷を失っても。


 人は生きるために動く。


 その光景を見て、レイは少しだけ安心する。


 思ったより空気が沈んでいなかった。


 もちろん疲弊はある。


 不安もある。


 だが。


 絶望一色ではない。


 皆、前を向こうとしている。


「……レイ坊?」


 不意に声が聞こえた。


 レイが振り向く。


 そこにいたのは、見覚えのある老人だった。


 ゴールド地方の農家。


 昔からよく野菜を持って来ていた人物だ。


「やっぱレイ坊だ!」


「生きてたか!」


「戻ってきたぞ!」


 その瞬間。


 周囲が一気に騒がしくなった。


 避難民達が次々と集まってくる。


「レイ様!」


「本当に無事だったんですね!」


「白銀都市行ったって聞いてたからよぉ!」


「うちの婆さん泣いてたぞ!」


 一気に囲まれる。


 レイは少し困った顔をした。


 だが。


 嫌ではなかった。


 むしろ。


 胸の奥に張り付いていた何かが、少し溶けていく感覚がある。


「……お前らも無事だったんだな」


「なんとか逃げ切ったよ!」


「旦那様達が避難指示飛ばしてくれてな!」


「ギリギリだったけどなぁ!」


 皆、疲れてはいる。


 だが生きていた。


 その事実だけで十分だった。


 エミリーとセシリアも少し安堵した表情を見せる。


 レイが自然に笑っている。


 王城で見せていた、あの空っぽな顔ではない。


 少しだけ。


 本当に少しだけだが。


 帰ってきたような顔をしていた。


「レイ様ー!」


 今度は子供達が走ってくる。


 見覚えのある顔も多い。


 昔よく領地内を走り回っていた連中だ。


「でっかくなったな」


「レイ様が寝てばっかしてる間に!」


「失礼だな」


「また昼寝してたんでしょ!」


「否定できない」


 周囲から笑いが漏れる。


 その空気を感じながら、レイは静かに思う。


 故郷はまだ残っている。


 土地じゃない。


 建物でもない。


 人だ。


 ここにいる人達こそ、ゴールド地方そのものなのだと。


「レイ」


 低い声が響いた。


 人混みが割れる。


 そこに立っていたのは、大柄な男だった。


 日に焼けた肌。


 豪快な顔立ち。


 無駄に圧のある体格。


 そして。


 妙に偉そうな立ち姿。


 レイの父。


 ゴールド家現当主だった。


「親父」


「生きてたか」


「そっちこそ」


 短いやり取り。


 だが、それだけで十分だった。


 父親はレイを見て鼻を鳴らす。


「随分面倒な時に帰ってきやがったな」


「俺もそう思う」


「ははは!」


 豪快に笑う。


 本当に避難民か疑いたくなるくらい元気だった。


 レイは少しだけ肩の力を抜く。


 この調子なら大丈夫そうだ。


 すると父親は、急に真顔になった。


「……悪かったな」


 レイが目を瞬かせる。


「領地、守り切れんかった」


 静かな声だった。


 周囲も少し静まる。


 レイは数秒黙る。


 そして。


「生きて逃がしたんだろ」


「……ああ」


「なら十分だ」


 その返答に、父親は少しだけ目を細めた。


 実際。


 あの状況で避難成功は奇跡に近い。


 欲を言えばキリがない。


 全滅していてもおかしくなかったのだ。


「まぁ」


 父親が再びニヤリと笑う。


「戻ってきたなら働け」


「やっぱ言うと思った」


 レイは真顔になった。


「休ませろよ」


「領主になったんだろ?」


「なんで知ってんの」


「もう噂回ってる」


 早かった。


 田舎ネットワークが強すぎる。


 周囲の領民達もざわつき始める。


「レイ様が領主!?」


「大丈夫か!?」


「昼寝しかしないぞあいつ!」


「失礼だなお前ら!」


 即座に返した。


 だが否定し切れない。


 セシリアが頭を抱えている。


 エミリーは少し笑っていた。


 避難区には笑い声が広がっていた。


 故郷は失われた。


 でも。


 全部が終わったわけじゃない。


 レイは騒がしい領民達を眺めながら、静かに息を吐く。


 帰る場所は、まだ残っていた。


 その日の夕方。


 レイは避難区中央に設置された大型天幕へ連行されていた。


 正確には。


 父親に捕まった。


「逃げようとしたな?」


「気のせい」


「荷物持ってたぞ」


「散歩」


「領主様が?」


「まだ正式じゃないし……」


「もう諦めろ」


 父親は豪快に笑いながらレイの肩を叩く。


 痛かった。


 普通に痛かった。


 昔から無駄に力が強い。


 大型天幕内部では、既に簡易会議が始まっていた。


 避難民代表。


 使用人長。


 旧ゴールド地方の村代表者達。


 さらには騎士団側の担当者までいる。


 完全に仕事空間だった。


 レイは入った瞬間、露骨に嫌そうな顔をする。


「帰りたい」


「座れ」


 父親が即答した。


 逃げ道はなかった。


 エミリー達も普通に着席している。


 裏切られた気分である。


「レイ様」


 使用人長が深く頭を下げる。


 老執事だった。


 幼い頃から世話になっている人物である。


「皆様の無事なお姿、心より安堵しております」


「そっちも無事でよかった」


「おかげさまで」


 老執事は穏やかに笑う。


 だが、その目には疲労が滲んでいた。


 無理もない。


 避難誘導。


 物資管理。


 生活維持。


 全部を同時進行しているのだ。


 レイは改めて避難区内部を思い出す。


 人は多い。


 食料も不足気味。


 仮設設備も限界が近い。


 今はまだ緊急体制だから持っているだけだ。


 長期化すれば必ず問題が出る。


 静かに現実感が増していく。


「現状報告を行います」


 セシリアが資料を広げる。


 完全に進行役だった。


「まず避難民総数ですが――」


 そこからは本格的な会議になった。


 食料不足予測。


 衛生問題。


 避難区域拡張。


 今後の冬季対策。


 旧ゴールド地方への一時帰還希望者。


 問題は山ほどある。


 レイは途中から完全に死んだ目になっていた。


「多い……」


「当然です」


 セシリアが冷静に返す。


「領地運営とはそういうものです」


「聞いてない……」


「領主ですから」


「嫌だ……」


 心底嫌そうだった。


 だが。


 会議を投げ出さない辺り、レイも大概真面目である。


 父親は腕を組みながらその様子を眺めていた。


 少しだけ楽しそうだった。


 絶対わざと押し付けている。


「旧領地への帰還は当面不可能」


 騎士団担当者が地図を広げる。


「特に中央域侵食濃度が危険域です」


「確認済みダンジョンは現在三十二」


「増加傾向継続中」


 空気が少し重くなる。


 三十二。


 地方単位としては異常数だった。


「魔物群も変質している」


 担当者は続ける。


「通常個体より攻撃性が高い」


「加えて、一部には古代施設影響と見られる異常行動も確認されている」


 教授の目が輝いた。


 嫌な予感しかしない。


「非常に興味深い」


「教授静かにしてください」


 セシリアが即座に釘を刺す。


 レイは地図を見つめた。


 赤印だらけだ。


 故郷が危険地帯へ変わった現実を、嫌でも突き付けられる。


 だが。


 それでも。


「……戻すしかないんだよなぁ」


 ぽつりと呟く。


 天幕内が静かになる。


 レイは頬杖をついたまま続けた。


「このままだと、みんなずっとここ暮らしだろ」


「まぁな」


 父親が答える。


「さすがに限界ある」


 避難生活は長く続けられない。


 物資にも限界がある。


 精神的疲弊も大きい。


 人は“帰る場所”を失ったままでは生き続けられない。


「なら、やるしかないか」


 レイは小さく息を吐く。


 本当に嫌そうだった。


 だが。


 その声には諦めだけではない感情も混じっていた。


 老執事が静かに頭を下げる。


「レイ様」


「ん?」


「皆、貴方様が戻って来られたことを心強く思っております」


「……買い被りすぎだろ」


「いいえ」


 今度は避難民代表達も頷く。


「レイ坊がいるならなんとかなる気がする」


「昔から変なことばっか解決してたしな!」


「昼寝しながら!」


「最後いらないだろ」


 少し笑いが起きる。


 レイは頭を掻いた。


 期待されるのは苦手だ。


 重い。


 面倒だ。


 だが。


 この人達を放っておく気にもなれない。


 故郷だから。


 自分が育った場所だから。


 騒がしくて。


 面倒で。


 でも嫌いじゃなかった場所だから。


 その時。


 外が少し騒がしくなった。


 騎士の声。


 慌ただしい足音。


 空気が変わる。


 天幕入口から一人の兵士が飛び込んできた。


「報告!」


 室内が静まる。


 兵士は息を切らしながら叫んだ。


「旧ゴールド地方外縁部にて武装集団を確認!」


「侵食区域内部へ侵入しています!」


 レイの目が細くなる。


 始まった。


 まだ故郷奪還すら始まっていないのに。


 既に。


 面倒事が向こうからやって来ていた。


 天幕内の空気が一気に張り詰めた。


 先ほどまでの避難民会議とは空気が違う。


 現実の危機。


 それが真正面から飛び込んできた。


「侵入位置は?」


 セシリアが即座に立ち上がる。


 兵士は地図へ駆け寄った。


「旧街道北側ルートです!」


「廃鉱山地帯付近!」


 教授の眉がぴくりと動く。


「早速そこへ向かうのか」


「嫌な場所なの?」


 エミリーが聞く。


 教授は頷いた。


「元々古代遺跡反応が強かった地域だ」


「現在は侵食濃度も高い」


「加えて地形崩落が激しい」


「つまり?」


 レイが嫌そうな顔で聞く。


「ろくでもない」


「知ってた」


 レイは深くため息を吐いた。


 始まるのが早い。


 もう少し休ませてほしかった。


 本当に。


「侵入目的は?」


「不明です!」


 兵士は続ける。


「ただし装備状態から見て、通常探索者ではないかと!」


「統率も取れていました!」


 騎士団担当者が険しい顔になる。


「……例の連中か」


 違法探索者。


 遺物狙い。


 侵食地帯荒らし。


 最近急増している武装集団の類だろう。


 終末が遠のいたことで、逆に危険地帯へ踏み込む連中が増えている。


 今後、確実に問題化する。


 レイは椅子へ座ったまま天井を見上げた。


「面倒だなぁ……」


「非常に」


 セシリアも真顔だった。


 だが放置はできない。


 今の旧ゴールド地方は危険すぎる。


 知識もなく侵入すれば死ぬ。


 それだけなら自己責任だ。


 だが。


 古代施設を刺激された場合が最悪だった。


 下手をすれば侵食活性化まであり得る。


「騎士団は?」


 レイが聞く。


 担当者は苦い顔をした。


「現在、周辺警戒で手一杯です」


「侵食境界維持だけでも人員不足で……」


「だろうな」


 レイは頷く。


 王国全体がまだ混乱状態だ。


 各地の侵食残滓処理。


 異常ダンジョン監視。


 避難民保護。


 戦力はいくらあっても足りない。


 だからこそ。


 旧ゴールド地方みたいな危険地帯は後回しになりやすい。


「つまり俺か」


 静かな声だった。


 誰も否定しない。


 父親だけが豪快に笑う。


「領主様の初仕事だな!」


「最悪な初仕事だよ」


 レイは本気で嫌そうだった。


 だが。


 既に諦めてもいる。


 放置した場合、故郷がさらに荒らされる。


 それだけは嫌だった。


「規模は?」


「確認できた人数は十数名」


「ただし侵食区域慣れした動きだったと」


 レイは少し考える。


 十数名。


 少数精鋭型。


 しかも侵食区域慣れ。


 単なる盗掘屋ではない。


「目的は遺物回収か、地下施設探索かな」


 教授が呟く。


「旧鉱山地帯なら可能性は高い」


「地下反応も集中している」


 レイは嫌そうに顔をしかめた。


「……絶対ろくでもない」


「高確率で」


 教授は笑顔だった。


 研究者としては楽しそうである。


 レイは恨めしそうに見る。


「教授だけテンション上がってない?」


「当然だろう?」


「ちくしょう」


 セシリアが咳払いする。


「とにかく、対応を決めましょう」


 現実的な話へ戻る。


「侵食区域深部への大規模部隊投入は危険です」


「少数精鋭で追跡するしかありません」


「だろうな」


 レイは頷いた。


 大人数ほど侵食地帯では動きにくい。


 しかも今の旧ゴールド地方は地形そのものが崩れている。


 慣れていない部隊を入れる方が危険だった。


「俺達で行くか」


 その言葉にエミリー達が頷く。


 既に覚悟はできているらしい。


 アリアは淡々と武装確認を始めていた。


 早い。


「本日中に出る?」


 エミリーが聞く。


 レイは少し考える。


 本音を言えば休みたい。


 だが。


 時間を置くほど相手は奥へ進む。


「……夜明け前に出る」


 静かな声だった。


「暗いうちに境界越えた方が楽だ」


「了解です」


 セシリアが即座に予定を書き始める。


 仕事が早い。


 避難民代表達は不安そうにこちらを見ていた。


 レイはその視線に気付く。


 だから。


 わざと軽く言った。


「まぁ、様子見てくるだけだ」


「そんな大事にはならんだろ」


 半分本音で。


 半分は安心させるためだった。


 だが教授だけは小さく呟く。


「大事になる時ほど皆そう言うんだよねぇ」


「教授静かに」


 セシリアが即座に止めた。


 外では夕暮れが深まり始めていた。


 赤い空。


 吹き抜ける風。


 避難区には炊き出しの匂いが漂う。


 その向こう。


 遥か遠く。


 暗黒地域となった旧ゴールド地方がある。


 レイは静かにその方向を見た。


 帰る場所。


 壊れた故郷。


 そしてこれから、自分が取り戻そうとしている場所。


「……ほんと休めねぇな」


 小さく漏らしたぼやきは、夕風に溶けて消えていった。

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