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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
5章

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第百十三話 ぐうたら三男、覚悟を決める

 謁見終了後。


 レイ達は王城内の控室へ移されていた。


 豪華な部屋だった。


 赤絨毯。


 分厚い長椅子。


 やたら高価そうな机。


 窓の外には王都中央区が見える。


 だが。


 その豪華さを味わう余裕は、今のレイにはなかった。


「…………」


 長椅子へ深く沈み込み、虚無みたいな顔で天井を見ている。


 完全に魂が抜けていた。


 エミリーはそんなレイの前へ静かに紅茶を置く。


「少し飲みますか?」


「……ん」


 力なく返事をし、カップを持つ。


 一口。


 温かい。


 ようやく少しだけ頭が動き始める。


 だが。


 現実は変わらない。


 故郷は暗黒地域になった。


 自分はその領主になった。


 休暇は消滅した。


 最悪だった。


「顔が死んでますね」


 セシリアが呆れ半分で言う。


「死んでる……」


「生きてください」


「故郷消えて領地仕事増えたんだけど」


「はい」


「しかも危険地帯」


「はい」


「なんで俺なんだろ」


「知りません」


 即答だった。


 レイは机へ突っ伏した。


 本気で疲れている。


 未到達地帯遠征直後なのだ。


 本来なら数日は寝て過ごしても許される働きだった。


 それが。


 気付けば国家案件である。


 人生とは理不尽だ。


 窓の外では王都の夕陽が街を赤く染め始めていた。


 人々は普通に生活している。


 商人が歩き。


 馬車が行き交い。


 子供が走る。


 その平穏を眺めながら、レイはぼんやり思う。


 未到達地帯で止めたものは、確かに大きかった。


 世界侵食。


 古代管理機構暴走。


 白銀都市中枢。


 あのまま放置していれば。


 恐らく世界全体が、ゆっくり侵食に呑まれていた。


 人類圏そのものが崩壊していてもおかしくない。


 だから。


 根幹は止まった。


 侵食拡大は鈍化していく。


 これから先、世界は少しずつ安定を取り戻すはずだ。


 少なくとも。


 “終末”は回避された。


 だが。


 既に侵された土地は残る。


 ダンジョンも残る。


 変質した魔物も残る。


 そして。


 それらを利用しようとする人間も消えない。


 教授が静かに口を開く。


「ある意味、これからが本番とも言える」


 いつの間にか部屋へ来ていた。


 相変わらず気配が薄い。


 セシリアが少し驚いている。


「ノックしてください教授」


「したとも」


「聞こえませんでした」


「研究者は静かな生き物だからね」


「初耳です」


 いつもの軽いやり取りだった。


 だが教授の目は真面目だった。


「侵食世界そのものは止まった」


「だが“残滓”は残る」


「旧侵食地帯」


「異常ダンジョン」


「古代文明暴走区域」


「それらは今後も長く人類の脅威になる」


 教授は窓の外を見ながら続ける。


「そして必ず現れる」


「利用しようとする者達が」


 レイは黙って聞いていた。


 実際、既に兆候は出ている。


 違法遺物回収。


 侵食素材売買。


 古代技術密輸。


 危険区域探索を商売にする連中。


 表では“世界が救われた”と安堵していても、裏では新たな利権が生まれ始めている。


「平和にはならないんだなぁ」


 レイがぼそりと呟く。


 教授は苦笑した。


「人類とはそういうものだ」


「嫌になるね」


「今更だろう?」


「それもそうか」


 レイは椅子へ沈み込む。


 結局。


 面倒事は形を変えるだけなのだ。


 世界崩壊級危機は止まった。


 だが、その爪痕は残った。


 そして人はそこへ群がる。


 レイは深く息を吐く。


「……まぁ」


「故郷くらいは戻したいけど」


 小さな声だった。


 だが。


 その一言には本音が滲んでいた。


 エミリーが静かに微笑む。


「はい」


「戻しましょう」


 セシリアも頷く。


「大変でしょうけど」


「絶対大変」


 即答だった。


「ダンジョン大量発生地帯とか嫌な予感しかしない」


「でしょうね」


「絶対ろくでもない」


「でしょうね」


「帰りたい」


「まだ王都です」


 セシリアが冷静に返す。


 レイは机へ突っ伏した。


 その様子を見ながら、アリアが静かに言う。


「しかし」


「レイは引き受けた」


「故郷だから」


 淡々とした声だった。


 だが。


 どこか柔らかい。


 以前の彼女なら、もっと事務的に言っていただろう。


 レイは顔を伏せたまま答える。


「……まぁな」


「放っとくと後味悪いし」


 それがレイだった。


 大仰な使命感ではない。


 英雄願望でもない。


 ただ。


 見捨てるのが嫌だった。


 自分の帰る場所だったから。


 静かな夕暮れが部屋へ差し込む。


 遠くで鐘が鳴った。


 王都の夜が始まろうとしている。


 だがレイ達にとっては。


 ここからが始まりだった。


 侵食の残滓。


 暗黒地域。


 異常ダンジョン。


 古代文明の爪痕。


 それらを巡る人々の欲望。


 故郷奪還は、単なる復興では終わらない。


 世界そのものが変わり始めていた。


 レイはゆっくり顔を上げる。


 窓の外。


 赤く染まる王都を眺めながら、小さく呟いた。


「……とりあえず飯食ってから考えるか」


 エミリーが少し笑う。


「そうですね」


「空腹では良い案も出ません」


「昼寝もしたい」


「それは食後ですね」


「よし寝るか」


「働いてください」


 セシリアの即座のツッコミが飛ぶ。


 少しだけ。


 本当に少しだけ。


 部屋の空気が軽くなった。


 その日の夜。


 レイ達は王城内の客室区画へ移されていた。


 貴賓用の部屋らしい。


 広い。


 無駄に広い。


 天井が高く、壁には豪奢な装飾まで施されている。


 だがレイは入室直後に一言だけ漏らした。


「落ち着かねぇ……」


 そして窓際へ移動し、外を眺める。


 王都の夜景が広がっていた。


 灯りが多い。


 人も多い。


 遅い時間でも街は騒がしく、遠くから酒場の喧騒まで聞こえてくる。


 辺境育ちのレイには、やはり少し騒がしすぎた。


 ゴールド地方の夜は静かだった。


 虫の音と風の音しかしない日も多い。


 夜空も広かった。


 王都みたいに光が多くないから、星もよく見えた。


「…………」


 レイは窓の外を見たまま黙り込む。


 故郷が消えた。


 その実感はまだ薄い。


 だが。


 ふとした瞬間に胸へ落ちてくる。


 もうあの景色はないのかもしれない、と。


 エミリーはそんなレイを見ながら、静かに夕食の準備を進めていた。


 王城側が用意した料理だ。


 無駄に豪華である。


「食べますか?」


「……ん」


 レイは席へ戻る。


 並んでいるのは王都風料理だった。


 綺麗だ。


 上品だ。


 味も良い。


 だが。


 一口食べたレイは、ぼんやり呟く。


「なんか違う」


「口に合いませんか?」


「いや、美味いんだけど」


 少し言葉を探し。


「実家の飯食いたくなった」


 静かな声だった。


 その言葉に、部屋の空気が少し止まる。


 セシリアが視線を伏せた。


 エミリーも何も言わない。


 レイ自身も、それ以上続けなかった。


 別に泣きたいわけではない。


 取り乱したいわけでもない。


 ただ。


 当たり前に帰れると思っていた場所がなくなった。


 その事実が、ゆっくり身体へ染み込み始めている。


 食事を終えた後。


 レイはソファへ沈み込むように座った。


 完全に疲れ切っている。


 未到達地帯遠征。


 白銀都市。


 侵食中枢。


 王城召喚。


 故郷壊滅。


 情報量が多すぎた。


 脳が処理を拒否している。


「寝ますか?」


 エミリーが静かに聞く。


「……寝たい」


「なら寝てください」


「でも寝たら明日来るじゃん」


「来ますね」


「現実嫌だなぁ……」


 本音だった。


 セシリアが呆れたように息を吐く。


「子供みたいなこと言わないでください」


「実際嫌なもんは嫌なんだよ」


 レイはソファの背へ頭を預けた。


 天井を見上げる。


 白い。


 豪華。


 だが。


 やはり落ち着かない。


「……帰りたいな」


 ぽつりと漏れた声。


 その瞬間。


 レイ自身が少しだけ困った顔をした。


 帰る場所の話をしているのに。


 その帰る場所が、もう存在しない。


 妙な感覚だった。


 アリアが静かに口を開く。


「避難民達は生存している」


「……ん」


「故郷が完全に消えたわけではない」


 淡々とした声だった。


 だが。


 どこか不器用な慰めにも聞こえた。


 レイは少しだけ目を細める。


「そうだな」


 土地は侵された。


 街も壊れた。


 だが。


 人は生きている。


 家族も。


 領民も。


 使用人達も。


 それだけは、本当に救いだった。


「復興は可能」


 アリアが続ける。


「時間は必要」


「労力も必要」


「危険も多い」


「でも不可能ではない」


 レイは小さく笑った。


「珍しく励ましてくれてる?」


「事実を述べただけ」


「そっか」


 でも。


 少しだけ気持ちは軽くなった。


 教授が部屋の隅で資料を読みながら呟く。


「実際、世界状況は以前より遥かに良い」


「侵食根幹停止の影響は既に各地で観測されている」


「新規侵食発生率は減少傾向」


「異常拡大も鈍化している」


 教授はページをめくる。


「今後は“侵食との戦争”ではなく、“残された傷跡の処理”へ移行していくだろう」


「……後始末か」


「そうとも言う」


 レイは深く息を吐く。


 終末は避けた。


 だが平和になったわけではない。


 むしろ。


 残された危険地帯を巡って、新しい問題が始まろうとしている。


 古代遺物。


 異常ダンジョン。


 侵食変異素材。


 それらを狙う連中は絶対に増える。


 そして。


 ゴールド地方は今、その中心地の一つになってしまった。


「絶対面倒事集まるじゃん……」


「集まるでしょうね」


 セシリアが即答する。


「嫌だ……」


「でも行くんですよね?」


 レイはしばらく黙る。


 それから。


 ソファへ深く沈み込んだまま答えた。


「……まぁ」


「俺の故郷だし」


 昼寝した場所。


 飯を食った場所。


 帰る場所。


 失くしたままで終わらせたくはなかった。


 部屋の灯りが静かに揺れる。


 王都の夜は更けていく。


 その中で。


 レイ達は静かに次の旅支度を始めようとしていた。


 故郷奪還。


 暗黒地域調査。


 侵食残滓処理。


 そして。


 その混乱へ群がる者達との対峙。


 新しい日常は。


 相変わらず面倒事だらけだった。


「……ほんと休めねぇな」


 レイのぼやきに。


 今度は全員が少しだけ笑った。

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