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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
5章

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第百十話 ぐうたら三男、平和を満喫する

 未到達地帯から帰還して数日後。


 レイは本格的に堕落していた。


 王都の拠点。


 二階窓際。


 昼下がり。


 柔らかな陽光。


 心地良い風。


 完璧な昼寝環境である。


 ソファへ半分沈み込むように寝転がりながら、レイは幸福を噛み締めていた。


 平和だった。


 本当に平和だ。


 侵食中枢もない。


 高次領域もない。


 世界滅亡カウントダウンもない。


 最高である。


「……働きたくない」


 心からの本音だった。


 エミリーはそんなレイを横目に、机上の書類を整理していた。


 遠征後から増え続ける依頼。


 研究院からの連絡。


 王城からの召集。


 各種報告要請。


 レイ宛の書類だけでも酷い量だ。


「レイ様」


「聞こえない」


「まだ何も言ってません」


「でも面倒な話だろ」


「正解です」


 エミリーが小さくため息を吐く。


「中央研究院から再度招待状が届いてます」


「捨てといて」


「王城からもです」


「見なかったことにしよう」


「あとセシリア様が泣きそうになってました」


「頑張れ」


 完全に他人事だった。


 実際、レイは意図的に捕まらないよう動いている。


 王都内部の抜け道。


 人通りの少ない屋根伝い。


 市場裏通路。


 妙な方向へ生活スキルが発達していた。


 もっとも。


 そのせいで最近、王都裏社会では妙な噂が広がっている。


 曰く。


『王都を自由に消える謎の貴族』


 である。


 迷惑だった。


 昼寝を妨害される理由にはならない。


 レイは再び毛布へ潜り込もうとした。


 だが。


 窓外から元気な声が響く。


「ドルーゴだー!」


「ドルーゴのお兄ちゃん!」


「新しい水出るやつ壊れたー!」


 スラムの子供たちだった。


 レイはゆっくり起き上がる。


 エミリーがじっと見ていた。


「……行くんですか?」


「仕方ないだろ」


 レイは頭を掻く。


「困ってるっぽいし」


 そういうところだった。


 面倒臭がり。


 ぐうたら。


 昼寝好き。


 だが結局放っておけない。


 夕方。


 レイは黒衣と仮面を装着し、ドルーゴとしてスラムへ出ていた。


 エミリーも同じく黒衣姿で隣を歩いている。


 夕暮れのスラム街は、以前よりかなり空気が変わっていた。


 浄水魔道具。


 保温器。


 簡易照明。


 ドルーゴ製魔道具が普及したことで生活環境が大きく改善している。


 特に水問題改善の影響は大きかった。


 病気発生率も減少しているらしい。


 通りを歩けば、人々が自然と頭を下げる。


 恐れ半分。


 感謝半分。


 そんな視線だった。


「ドルーゴ様!」


 壊れた浄水魔道具を抱えた子供たちが駆け寄ってくる。


 レイはそれを受け取り、簡単に術式を確認した。


「魔石劣化か」


 術式基板は無事。


 交換だけで済む。


 レイは工具を取り出しながらぼやいた。


「雑に使いすぎ」


「ごめんなさい……」


 しゅんとする子供たち。


 エミリーが苦笑していた。


「レイ様、ちょっと怖いです」


「別に怒ってない」


 レイは新しい小型魔石を取り付け、『固定』と古代魔語を刻む。


 淡い光。


 術式安定。


 浄水魔道具が再起動する。


 子供たちが目を輝かせた。


「すげー!」


「直った!」


「ドルーゴすごい!」


「はいはい」


 レイは適当に返しながら立ち上がる。


 その時だった。


 通り奥で騒ぎが起きる。


 怒鳴り声。


 荒い物音。


 レイとエミリーは同時に視線を向けた。


 細い裏路地。


 数人の男たちが露店商人へ詰め寄っている。


 どうやら用心棒気取りらしい。


 最近、スラム環境改善によって流通が増えている。


 当然、そういう連中も湧く。


 男たちはドルーゴへ気付いた瞬間、顔色を変えた。


「っ……!」


 黒衣。


 仮面。


 異常な圧。


 王都スラムで知らぬ者はいない。


 ドルーゴだ。


 レイは静かに男たちを見る。


 それだけ。


 ただそれだけだった。


 だが。


 男たちは一瞬で後退した。


「い、行くぞ!」


 逃げるように去っていく。


 レイは追わない。


 面倒だからだ。


 露店商人は震えながら頭を下げる。


「あ、ありがとうございます……」


「次からは騎士呼べ」


「は、はい……!」


 レイは小さく息を吐いた。


 スラムは以前より確実に良くなっている。


 だが。


 全部が綺麗になったわけではない。


 貧困もある。


 暴力もある。


 問題はまだ山ほど残っていた。


 それでも。


 子供たちが笑っている光景を見ると、少しだけ安心する。


 エミリーが隣で静かに呟いた。


「平和になりましたね」


「まぁ前よりは」


 夕暮れの王都。


 石畳。


 人々の声。


 暖かな灯り。


 未到達地帯とは正反対の景色だった。


 レイは仮面越しに空を見上げる。


 しばらくは。


 こんな日々が続けばいい。


 本気でそう思っていた。


 未到達地帯遠征から帰還して二週間ほど。


 王都は表向き、以前と変わらない日常を取り戻していた。


 市場は賑わい。


 商人は声を張り上げ。


 石畳を行き交う人々は忙しなく歩く。


 春先の柔らかな風が街路を抜け、王都全体へ穏やかな空気を運んでいた。


 だが、その裏側では。


 中央研究院が未曾有の混乱状態へ陥っていた。


 未到達地帯最深部到達。


 白銀都市発見。


 管理機構再起動。


 侵食濃度変化。


 世界規模案件が一気に押し寄せている。


 当然、研究者たちは発狂寸前だった。


 そしてその被害を最も受けているのが、セシリアだった。


「……帰りたいです」


 昼下がり。


 王都中央研究院別館。


 積み上がった書類の山へ埋もれながら、セシリアは魂の抜けた声を漏らしていた。


 机上には報告書。


 観測記録。


 王城提出資料。


 遠征隊証言整理。


 追加調査依頼。


 まだ終わらない。


 本当に終わらない。


 向かい側では教授が妙に爽やかな顔で茶を飲んでいた。


「研究者冥利に尽きるねぇ」


「私は研究者じゃなくて宮廷魔導士なんですが……?」


「大差ないよ」


「ありますよ!?」


 教授は楽しそうだった。


 白銀都市で持ち帰った術式資料だけで数十年研究できる。


 現在の研究院は興奮と混乱の渦中にあった。


 なお。


 レイは当然逃げている。


 現在。


 王都南区画。


 日当たり最高の屋根上。


 レイは寝ていた。


 春風。


 柔らかな日差し。


 適度な高さ。


 遠くから聞こえる市場の喧騒。


 完璧である。


「……平和だ」


 実に素晴らしい。


 未到達地帯とは違う。


 空間断裂もない。


 侵食暴走もない。


 巨大怪物もいない。


 最高だった。


 エミリーはそんなレイの隣で小さくため息を吐く。


「またこんな場所で寝てるんですか」


「ここ静かなんだよ」


「探す側の苦労を考えてください」


「見つけてる時点でエミリーが強い」


 レイは毛布へ潜り込みながら呟く。


「あと五時間」


「長いです」


「じゃあ三時間」


「短くなってません」


 エミリーは呆れながらも、結局レイの隣へ腰掛けた。


 遠くでは鐘の音が鳴っている。


 王都の日常。


 平和な昼下がり。


 未到達地帯から帰還した今だからこそ、その穏やかさが妙に沁みた。


 しばらくして。


 レイは近くの屋台街へ向かうことになった。


 理由は腹が減ったからである。


 王都南市場。


 昼時ということもあり、大通りはかなり賑わっていた。


 焼き肉の匂い。


 香辛料。


 焼き菓子。


 スープ。


 様々な香りが混ざり合っている。


 レイは露骨に機嫌が良くなっていた。


「やっぱ王都は飯が強い」


「レイ様の場合、食事基準で住む場所決めてません?」


「重要だろ」


 極めて重要だった。


 結局、レイは串焼き、肉包み焼き、甘味菓子を大量購入していた。


 エミリーは慣れた様子で荷物を整理している。


 そんな中。


 通り向こうから小さな影が走ってきた。


「ドルーゴ!」


 スラム街の子供たちだった。


 最近では完全に懐かれている。


 レイは串焼きを咥えたまま片手を上げた。


「ん」


「また変な魔道具作ってるって聞いた!」


「変じゃない」


「でもこの前爆発してた!」


「あれは試作品」


 子供たちは楽しそうに笑っている。


 以前のスラムではあまり見なかった光景だ。


 浄水設備。


 保温器。


 照明。


 共同炊事設備。


 生活環境改善によって、子供たちの表情もかなり変わった。


 もちろん問題は残っている。


 貧困も。


 病気も。


 治安問題も。


 だが。


 少しずつ良くなっているのは確かだった。


 その後、レイたちはスラム側へ足を運ぶ。


 最近では昼間の空気も随分穏やかになっていた。


 以前のような淀んだ臭気も減っている。


 浄水設備改善の影響は大きい。


 共同井戸周辺では住民たちが普通に談笑していた。


「ドルーゴ様のおかげで助かってるよ」


「冬も凍えず済んだしねぇ」


「子供の咳も減った」


 そんな声が聞こえる。


 レイは少し気まずそうだった。


 別に英雄扱いされたくてやっているわけではない。


 面倒事の延長だ。


 放置すると寝覚めが悪いだけ。


 だから適当にやっている。


 なのに感謝される。


 居心地が悪い。


 エミリーはそんなレイを見て小さく笑っていた。


「ドルーゴ様、顔が引きつってます」


「慣れない」


「今さらですよ」


 その時だった。


 通り奥で小さな騒ぎが起きる。


 だが今回は暴力沙汰ではない。


 人だかり。


 そしてその中心には。


 白い衣装の少女がいた。


 アリアである。


 しかも。


 何故か野菜を抱えていた。


「……何してんの?」


 レイが聞く。


 アリアは淡々と答えた。


「買い物」


「なんで?」


「生活学習」


 どうやら最近、人間社会への適応訓練をしているらしい。


 その横では、スラムの子供たちが楽しそうに話しかけていた。


「アリア姉ちゃんまた来た!」


「今日は変な野菜買ってた!」


「栄養効率重視」


 妙に馴染んでいた。


 以前のアリアなら考えられない光景だ。


 感情希薄。


 無機質。


 管理機構補助端末。


 そんな存在だった彼女が、今では普通に市場で野菜を吟味している。


 レイは何とも言えない顔になる。


「……変わるもんだなぁ」


「レイ様が言います?」


 エミリーのツッコミはもっともだった。


 その後、一行はそのまま共同食堂へ流れ込む。


 夕方の食堂はかなり賑やかだった。


 大鍋スープ。


 焼き立てのパン。


 煮込み肉。


 温かな湯気。


 子供たちの笑い声。


 未到達地帯最深部で世界の終わりを見てきたあとだからこそ。


 こういう光景が妙に胸へ沁みた。


 レイは木椅子へ腰掛け、大きく息を吐く。


「……しばらく平和でいてくれ」


 誰に向けたわけでもない呟き。


 だが。


 その願いは、案外本気だった。

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