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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
4章

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108/124

第百七話 ぐうたら三男、帰還する

 白い光が収束する。


     ◇


 感覚が揺れた。


 高次領域特有の浮遊感が消えていく。


     ◇


 代わりに。


 重力。


 空気。


 温度。


     ◇


 “現実”の感覚が戻ってきた。


     ◇


「……ん」


     ◇


 レイはゆっくり目を開ける。


     ◇


 視界に映ったのは、白銀都市の中央管理空間だった。


     ◇


 中央管理座。


 白い術式。


 静かな光。


     ◇


 先ほどまで暴走寸前だった空間とは思えないほど穏やかだった。


     ◇


「……戻った」


     ◇


 次の瞬間。


「レイ様!」


     ◇


 勢いよくエミリーが駆け寄ってきた。


     ◇


 珍しく余裕がない。


 遠征用装備のまま、真っ直ぐレイの前へ来る。


     ◇


「大丈夫ですか!?」


     ◇


「んー……まぁ」


 レイは力なく笑った。


     ◇


 その場でふらつく。


     ◇


「レイ様!?」


     ◇


 エミリーが慌てて支える。


     ◇


 重い。


 全身が鉛みたいだった。


     ◇


 管理権限を深く使いすぎた。


 高次領域への完全接続。


 侵食との直接干渉。


     ◇


 反動が大きい。


     ◇


 セシリアも駆け寄ってくる。


「無茶しすぎです……!」


     ◇


「いやぁ……」


 レイは遠い目をした。


     ◇


「ほんともう二度とやりたくない」


     ◇


 教授が苦笑混じりに息を吐く。


「帰還できただけでも奇跡だよ」


     ◇


 その言葉に、周囲の騎士たちも安堵したように息を吐いた。


     ◇


 彼らはずっと待っていたのだ。


 いつ崩壊してもおかしくない状況で。


     ◇


 アリアだけは静かにレイを見ていた。


     ◇


「レイ」


「ん?」


     ◇


「……生還確認」


     ◇


 淡々とした声。


 だが。


 ほんの少しだけ安心しているようにも聞こえた。


     ◇


 レイは苦笑する。


     ◇


「おう、なんとか」


     ◇


 その時だった。


     ◇


 都市全域へ白い光が走る。


     ◇


 侵食警報が次々消えていく。


 赤く点滅していた管理術式が安定化した。


     ◇


『侵食中枢正常化確認』


『世界維持機構再起動』


『高次領域安定化成功』


     ◇


 静かな機械音声が響く。


     ◇


 教授が目を見開いた。


「……正常化?」


     ◇


 セシリアも呆然としている。


     ◇


「止めた……だけじゃない?」


     ◇


 レイは面倒臭そうに頭を掻いた。


     ◇


「なんか色々押し付けてきた」


     ◇


「押し付けた?」


 セシリアが聞き返す。


     ◇


「仮面の男に」


     ◇


 沈黙。


     ◇


 教授がゆっくり確認する。


「……仮面の男は生きているのかい?」


     ◇


「多分」


     ◇


「多分!?」


     ◇


 レイは疲れ切った顔で続けた。


     ◇


「いやだって管理業務やる人必要じゃん」


     ◇


「だから補助端末直して、侵食監視機構再編して、管理権限渡して……」


     ◇


「……帰ってきた」


     ◇


 全員が黙った。


     ◇


 セシリアが額を押さえる。


「世界規模の問題を、そのノリで解決しないでください……」


     ◇


 教授は逆に笑っていた。


     ◇


「はは……」


     ◇


「なるほど」


     ◇


「君らしい結論だ」


     ◇


 レイは本気で疲れた顔をしていた。


     ◇


「いやもうほんと疲れた……」


     ◇


 そして。


 ぐううぅぅぅ……。


     ◇


 盛大に腹が鳴った。


     ◇


 空気が止まる。


     ◇


 レイは真顔だった。


     ◇


「……腹減った」


     ◇


 エミリーが吹き出す。


 セシリアも耐えきれず笑ってしまった。


     ◇


 教授まで肩を揺らしている。


     ◇


 騎士たちも苦笑していた。


     ◇


 世界滅亡寸前の戦いを終えて。


 第一声がそれだった。


     ◇


「レイ様」


 エミリーが微笑む。


     ◇


「戻ったら美味しいものを食べる約束でしたよね」


     ◇


 レイは少しだけ笑った。


     ◇


「肉」


「分かっています」


     ◇


 その時。


 アリアが静かに口を開く。


     ◇


「現在、白銀都市管理機構より食堂区画利用許可取得可能」


     ◇


 全員がアリアを見る。


     ◇


「……食堂?」


 セシリアが聞き返した。


     ◇


「古代文明時代の栄養供給施設」


     ◇


 レイの目が少し輝く。


     ◇


「飯あるの!?」


     ◇


「一部機能稼働中」


     ◇


「行く」


 即答だった。


     ◇


 さっきまで死闘していたとは思えない速度で立ち上がる。


     ◇


「現金すぎません!?」


 セシリアがツッコむ。


     ◇


「腹減ってると人類は戦えない」


 レイは真顔だった。


     ◇


 教授が苦笑する。


「妙に説得力があるね……」


     ◇


 白銀都市の危機は去った。


 侵食暴走も止まった。


 高次領域も安定した。


     ◇


 だが。


 未到達地帯の謎はまだ残っている。


 古代文明の真実も。


 侵食の本質も。


     ◇


 それでも今は。


     ◇


 少なくとも今だけは。


     ◇


 仲間たちと、食事を囲む時間があってもいい。


     ◇


 レイは大きく伸びをした。


     ◇


「……帰ったら三日くらい寝るか」


 白銀都市内部は、静かだった。


     ◇


 つい先ほどまで侵食警報が鳴り響き、都市全域が崩壊寸前だったとは思えない。


     ◇


 侵食反応は沈静化。


 暴走していた管理機構も正常化。


 空中へ展開されていた赤黒い警戒術式も、今は白い光へ戻っている。


     ◇


 未到達地帯の空は相変わらず灰色だったが、それでも先ほどまでの圧迫感はかなり薄れていた。


     ◇


「……終わった、のか?」


     ◇


 騎士の一人が呆然と呟く。


     ◇


 セシリアも周囲を見回しながら、小さく息を吐いた。


「少なくとも、世界滅亡寸前の状況からは脱しましたね……」


     ◇


「基準が重いんだよなぁ」


 レイは疲れた顔でぼやいた。


     ◇


 エミリーが苦笑する。


「レイ様基準でも重かったんですね」


「めちゃくちゃ重かった」


     ◇


 本当に疲れていた。


     ◇


 高次領域への完全接続。


 管理権限の深層利用。


 侵食中枢との直接戦闘。


     ◇


 肉体より精神への負荷が大きい。


 頭の奥がずっと重い。


     ◇


 それでも。


 腹は減る。


     ◇


「飯……」


 レイが遠い目で呟く。


     ◇


 アリアが静かに前へ出た。


     ◇


「食堂区画まで案内する」


     ◇


「頼む」


 即答だった。


     ◇


 セシリアが呆れる。


「もう少し緊張感をですね……」


     ◇


「腹減ってるんだよ」


「それで押し通さないでください」


     ◇


 だが。


 その空気感に騎士たちも少しだけ肩の力を抜いていた。


     ◇


 極限状態が続いていた。


 誰もが張り詰めていた。


     ◇


 だからこそ。


 レイのいつもの調子が、逆に安心感を与えている。


     ◇


 白銀都市内部を進む。


     ◇


 都市構造は相変わらず異質だった。


 白銀の建築。


 浮遊する光。


 壁面へ流れる古代魔語術式。


     ◇


 だが先ほどと違い、街そのものへ“生気”が戻っている。


     ◇


 停止していた光源が点灯し。


 通路が順次復旧していく。


     ◇


『都市機能復旧中』


『生活区画順次再稼働』


     ◇


 白い管理機構たちが都市内部を移動していた。


 修復作業を行っているらしい。


     ◇


 セシリアが感心したように呟く。


「本当に都市そのものが生きてるみたいですね……」


     ◇


 教授が頷いた。


     ◇


「古代文明は生活基盤そのものを魔術化していたんだろうね」


     ◇


「魔道具都市、ですか」


     ◇


「規模が桁違いだけどね」


     ◇


 レイはぼんやり壁面術式を見ながら歩いていた。


     ◇


 今なら分かる。


 この都市の構造。


 術式の意味。


 管理機構の制御。


     ◇


 管理権限接続の影響だろう。


 知識が残っている。


     ◇


「……うわぁ」


     ◇


「どうしました?」


 エミリーが聞く。


     ◇


「維持費やばそう」


     ◇


 教授が吹き出した。


     ◇


「そこを見るのかい君は」


「だって絶対予算泣くぞこれ」


     ◇


 セシリアも思わず笑う。


     ◇


「古代文明にも財務担当いたんでしょうか……」


「いたら絶対胃痛持ち」


     ◇


 そんな話をしながら進むこと数分。


     ◇


 やがて。


 巨大な白い扉の前へ辿り着いた。


     ◇


『栄養供給区画』


     ◇


 古代魔語表記。


     ◇


 レイはそれを見て顔をしかめた。


     ◇


「なんか言い方が機械的」


     ◇


「食堂」


 アリアが補足する。


     ◇


「そっちでいいだろ」


     ◇


 白い扉がゆっくり開く。


     ◇


 その瞬間。


 全員が目を見開いた。


     ◇


「……おお」


     ◇


 内部は、とても普通だった。


     ◇


 長い机。


 椅子。


 調理区画。


 食器。


     ◇


 近未来的ではある。


 だが。


 そこには確かに“生活”があった。


     ◇


 古代文明の人々も、ここで食事をしていたのだろう。


     ◇


 レイは少しだけ空間を見回した。


     ◇


「……案外普通だな」


     ◇


「逆に安心しますね」


 エミリーが微笑む。


     ◇


 その時。


 壁面術式が起動した。


     ◇


『管理者権限確認』


『食堂機能起動』


     ◇


 次の瞬間。


 調理区画が光り始めた。


     ◇


「え」


     ◇


 機械音。


 魔力駆動音。


 白い光。


     ◇


 そして。


 次々と料理が生成され始めた。


     ◇


「うおぉ!?」


 レイが目を見開く。


     ◇


 焼きたての肉。


 スープ。


 パン。


 果実。


 見たことのない料理まで並んでいく。


     ◇


 しかも。


 香りが異常にいい。


     ◇


 教授が感心したように呟く。


「自動調理機構か……」


     ◇


 セシリアが目を丸くする。


「古代文明すごすぎません?」


     ◇


「最高」


 レイは真顔だった。


     ◇


 疲労で死にそうだった顔が、一気に生き返る。


     ◇


 エミリーが苦笑する。


「分かりやすすぎますよ、レイ様」


     ◇


「飯は大事」


     ◇


 レイは即座に席へ座った。


     ◇


 そして。


 目の前へ置かれた肉料理を見る。


     ◇


 香草焼き。


 白いソース。


 焼き加減完璧。


     ◇


「……古代文明ありがとう」


     ◇


 セシリアが吹き出した。


     ◇


 教授も笑っている。


     ◇


 アリアだけが静かに告げた。


     ◇


「栄養バランスも最適化済み」


     ◇


「そこは夢がない」


     ◇


 だが。


 レイはすぐに肉へかぶりついた。


     ◇


 瞬間。


 目を見開く。


     ◇


「……うまっ」


     ◇


 本気だった。


     ◇


「なにこれ」


     ◇


「古代文明すご」


     ◇


 エミリーも少し食べ、驚いた顔になる。


「本当に美味しいですね……」


     ◇


 セシリアも感動している。


「なんでこんな状況で食レポ大会になるんですか……」


     ◇


 だが。


 その声は少しだけ楽しそうだった。


     ◇


 世界はまだ完全に救われたわけではない。


 未到達地帯の謎も残っている。


 侵食も消えていない。


     ◇


 それでも。


     ◇


 今だけは。


     ◇


 こうして皆で食卓を囲める。


     ◇


 その時間が、妙に心地よかった。


 古代文明飯は、本当に美味かった。


     ◇


 レイは無言で三皿目の肉料理へ手を伸ばしていた。


     ◇


 白い皿。


 香草焼き。


 外は香ばしく、中は柔らかい。


     ◇


 しかも。


 絶妙に腹へ優しい。


     ◇


「……なんだこれ」


 レイは真顔だった。


     ◇


「理想の飯か?」


     ◇


 教授が苦笑する。


「栄養最適化と味覚調整を両立しているんだろうね」


     ◇


「古代文明怖」


     ◇


 セシリアもスープを飲みながら感心していた。


「こんな技術が1700年以上前にあったなんて……」


     ◇


 エミリーは静かにパンをちぎりながら周囲を見回す。


     ◇


 白銀の食堂。


 静かな光。


 古代術式。


     ◇


 人がいないことだけが、不思議なほど寂しかった。


     ◇


「……ここにも、昔は人がいたんですよね」


     ◇


 その言葉に。


 空気が少し静かになる。


     ◇


 レイも手を止めた。


     ◇


 映像残滓で見た。


 笑っていた人々。


 食事を囲む家族。


 走り回る子供たち。


     ◇


 今の時代と変わらない。


     ◇


 だからこそ。


 滅んだことが重い。


     ◇


 教授が小さく息を吐いた。


     ◇


「文明というのは、不思議だね」


     ◇


「どれだけ発展しても、人がやること自体はあまり変わらない」


     ◇


「食べて、笑って、暮らす」


     ◇


 セシリアが頷く。


     ◇


「だから守りたくなるんでしょうね」


     ◇


 レイは黙ったまま肉を噛む。


     ◇


 仮面の男を思い出していた。


     ◇


 あれも最初は、多分普通の人だった。


 世界を守ろうとして。


 抱え込みすぎて壊れた。


     ◇


「……真面目すぎるんだよなぁ」


     ◇


 ぽつりと呟く。


     ◇


 エミリーが小さく微笑んだ。


     ◇


「レイ様は逆方向ですけどね」


     ◇


「ぐうたらを極めた結果、周囲が勝手に働くのが理想」


     ◇


「最低ですね」


     ◇


 セシリアが吹き出す。


 教授も肩を揺らしていた。


     ◇


 そんな空気を眺めながら。


 アリアが静かに口を開く。


     ◇


「現在、白銀都市安全状態維持中」


     ◇


「侵食反応、低下継続」


     ◇


 教授が頷いた。


     ◇


「完全停止ではないが、安定化は成功しているようだね」


     ◇


「仮面の男……いえ、新管理者が制御しているのでしょうか」


 セシリアが呟く。


     ◇


 レイは少し考え。


 そして頷いた。


     ◇


「多分ちゃんと働いてる」


     ◇


「押し付けましたからね」


 エミリーが苦笑する。


     ◇


「人聞き悪いな」


     ◇


「事実では?」


     ◇


 否定できなかった。


     ◇


 食事を終えたあと。


 一行は白銀都市内部を移動していた。


     ◇


 理由は単純。


     ◇


 まだ帰れないからだ。


     ◇


 長距離転移術式は不安定。


 未到達地帯外縁まで戻るルート確認も必要。


     ◇


 そのため今日は都市内部で休息することになった。


     ◇


「まさか古代文明都市で野営じゃなく宿泊することになるとは……」


 セシリアが遠い目をした。


     ◇


「人生何が起きるか分からん」


 レイは適当に返す。


     ◇


 白銀都市は、今や完全に安定していた。


     ◇


 通路照明。


 移動術式。


 都市機能。


     ◇


 次々と再起動している。


     ◇


 そのおかげで、かなり快適だった。


     ◇


「……なんか普通に住めそう」


 レイがぼやく。


     ◇


 教授が笑う。


     ◇


「君なら本当に住み始めそうだから困るね」


     ◇


「家賃安そう」


     ◇


「世界最高峰文明都市を賃貸感覚で見ないでください」


 セシリアがツッコむ。


     ◇


 その時だった。


     ◇


 通路奥で白い光が灯る。


     ◇


 管理機構端末。


 新たな補助端末だった。


     ◇


 アリアと同型。


 銀髪。


 白衣装。


     ◇


 ただし。


 雰囲気が少し違う。


     ◇


 淡々としているが、どこか硬い。


     ◇


『管理補助端末個体No.07』


『都市機能修復完了報告』


     ◇


 機械的な声。


     ◇


 レイは思わずアリアを見る。


     ◇


 アリアは静かに説明した。


     ◇


「同型個体」


     ◇


「妹?」


     ◇


「概念としては近い」


     ◇


 No.07がレイを見る。


     ◇


『管理者権限保持者確認』


『最優先対象認定』


     ◇


「やめろその扱い」


 レイは即座に言った。


     ◇


 No.07は少し沈黙し。


 そして。


     ◇


『……了解』


     ◇


 僅かに間があった。


     ◇


 セシリアが目を丸くする。


「今ちょっと困りませんでした?」


     ◇


 教授も興味深そうに見ていた。


     ◇


「自我発達が進んでいるね」


     ◇


 アリアが静かに言う。


     ◇


「レイの影響」


     ◇


「俺のせいみたいに言うな」


     ◇


 だが。


 実際その通りだった。


     ◇


 アリアも最初よりかなり感情表現が増えている。


 補助端末群全体へ影響が出ているのかもしれない。


     ◇


 No.07はレイを見ながら続けた。


     ◇


『宿泊区画、使用可能』


     ◇


『案内する』


     ◇


「お、助かる」


     ◇


 レイは素直に頷いた。


     ◇


 疲れていた。


 本当に。


     ◇


 高次領域戦闘の反動がまだ残っている。


 左腕の侵食痕も完全には消えていない。


     ◇


 だが。


 今は仲間たちがいる。


 騒がしい空気がある。


 飯も食った。


     ◇


 だから。


 少しだけ安心していた。


     ◇


 白銀都市の夜は静かだった。


     ◇


 1700年以上前の文明都市。


 滅びた世界の残骸。


     ◇


 それでも。


 今この瞬間だけは、どこか穏やかだった。

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