第百四話 ぐうたら三男、立ち上がる
『中央管理権限接続率上昇』
『領域同期開始』
『未到達地帯制御領域展開』
◇
無数の古代魔語が視界を埋め尽くす。
◇
白い光。
空間座標。
魔素流路。
侵食汚染率。
古代施設稼働状況。
◇
情報量が異常だった。
◇
「うっわ……」
レイは心底嫌そうな声を漏らす。
「仕事量多すぎるだろこれ……」
◇
教授が呆れた顔をする。
「君は世界規模管理権限を前にして第一声がそれなのか」
「だって嫌だろ普通」
◇
だが。
レイの周囲へ展開された術式は、さらに拡大していく。
◇
白銀都市全域が反応した。
停止していた古代機構が順次起動していく。
◇
空中へ巨大な古代魔法陣。
都市各所へ光の柱。
崩壊していた領域が修復されていく。
◇
騎士たちが呆然と見上げていた。
「街が……」
◇
侵食されていた白銀構造が浄化される。
黒く染まった街路が白へ戻る。
◇
空間断裂すら閉じ始めていた。
◇
セシリアが小さく息を呑む。
「本当に制御している……」
◇
レイ自身も驚いていた。
◇
分かるのだ。
都市構造が。
空間制御が。
管理機構の術式構造が。
◇
まるで最初から知っていたように理解できる。
◇
日本語だからだ。
◇
古代文明は、完全に“こちら側”の言語体系で作られている。
◇
「ほんと迷惑仕様……」
レイはぼやく。
◇
その時。
侵食中枢が動いた。
◇
黒い巨体。
巨大な目。
都市全域へ広がる侵食。
◇
そして。
初めて“敵意”が明確になった。
◇
『管理者権限確認』
『排除対象へ変更』
◇
「うわぁ急に敵認定された」
◇
次の瞬間。
黒い月から大量の侵食体が降り注いだ。
◇
黒い影。
異形。
空間を歪ませながら現れる侵食個体群。
◇
都市全域へ降下してくる。
◇
「数が多すぎます!」
セシリアが叫ぶ。
◇
教授も結界を展開した。
「完全に防衛戦だねこれは」
◇
騎士団も即座に迎撃へ動く。
だが。
侵食個体の数が異常だった。
◇
その時。
レイの視界へ、新しい制御項目が表示される。
◇
『領域防衛機構』
『起動しますか?』
◇
「……嫌な予感しかしない名前」
◇
アリアが静かに言う。
「都市防衛用管理兵装」
◇
「兵器じゃん」
「はい」
◇
レイは嫌そうに顔をしかめた。
だが選択肢がない。
◇
「……起動」
◇
瞬間。
白銀都市全域が震えた。
◇
地面が開く。
塔が変形する。
街路へ巨大術式が展開される。
◇
そして。
無数の白い機体が浮上した。
◇
人型。
白銀装甲。
管理機構兵。
◇
騎士たちが目を見開く。
「なっ……!?」
◇
数百。
いや数千。
都市内部から次々出現する。
◇
『領域防衛機構起動』
『侵食排除開始』
◇
白い機兵群が一斉に空へ飛翔した。
◇
轟音。
閃光。
侵食個体群と激突する。
◇
空中戦。
都市防衛戦。
白と黒の大軍勢が未到達地帯上空で激突していた。
◇
セシリアが呆然と呟く。
「規模がもう戦争じゃない……」
◇
教授は逆に冷静だった。
「いや、古代文明にとってはこれが通常防衛だったんだろう」
◇
その言葉に、全員が背筋を冷やした。
◇
こんな規模の戦闘を前提にしていた文明。
そんなものが滅びた理由。
◇
侵食。
◇
空の巨大な目が再び開く。
世界が軋む。
◇
『管理者』
『何故抵抗する』
◇
レイは管理座へ座ったまま、嫌そうに答えた。
「いや普通に侵略者だからだろ」
◇
『世界は既に限界』
『再構築は必要』
◇
「だからって全部壊していい理由にはなんねぇよ」
◇
その瞬間。
侵食中枢の圧力が変わった。
◇
怒気。
◇
空間そのものが震える。
黒い目が大きく開かれる。
◇
『旧世界は不要』
『管理者は更新されるべき』
◇
「断る」
レイは即答した。
◇
そして。
ゆっくりと右手を上げる。
◇
都市全域の術式が共鳴した。
白銀都市が光る。
管理機構兵群が一斉に停止する。
◇
次の瞬間。
レイの周囲へ、超巨大術式が展開された。
◇
日本語。
古代魔語。
世界法則級術式。
◇
教授が息を呑む。
「……まさか」
◇
レイは心底面倒臭そうな顔でぼやいた。
◇
「さっさと終わらせて飯食いたいんだけど」
その一言と共に。
都市全域へ展開された超巨大術式が起動した。
◇
白銀の光が世界を覆う。
空間そのものへ刻み込まれる日本語術式。
◇
侵食。
空間断裂。
黒い魔素。
その全てへ干渉していく。
◇
教授が呆然と呟いた。
「術式規模が……桁違いだ」
◇
レイ自身も、今まで感じたことのない感覚に顔をしかめていた。
◇
分かる。
都市の構造が。
侵食の流れが。
未到達地帯の地脈が。
◇
そして。
侵食中枢本体の位置すら。
◇
「……あそこか」
レイは空を見上げる。
◇
黒い月。
その奥。
空間のさらに深部。
◇
侵食中枢は、“向こう側”へ半分沈んでいる。
◇
だから完全に消せない。
こちらの世界と別領域へ跨って存在している。
◇
「めちゃくちゃ厄介じゃん……」
◇
アリアが静かに頷く。
「侵食中枢は高次領域接続型」
「分かりやすく」
「別空間へ逃げている」
「うわ面倒」
◇
その時。
空の巨大な目が開く。
◇
侵食波動。
黒い閃光。
都市全域へ降り注ぐ。
◇
だが。
レイの術式がそれを迎え撃った。
◇
『領域分離』
◇
世界が裂ける。
◇
黒い侵食波動だけが空間ごと切り離された。
都市側へ届かない。
◇
セシリアが目を見開く。
「空間そのものを……」
◇
教授が低く呟く。
「完全に管理者権限だね」
◇
しかし。
侵食中枢は止まらない。
◇
黒い月からさらに侵食個体が溢れる。
都市防衛機構と激突する。
◇
白い管理兵器が次々破壊されていく。
侵食は学習し、適応し、増殖する。
◇
長引けば押し切られる。
◇
レイもそれを理解していた。
◇
「やっぱ本体叩くしかないか……」
◇
エミリーが静かに問う。
「行くんですか?」
◇
「行きたくない」
即答だった。
◇
だが。
レイは立ち上がる。
◇
中央管理座周囲の術式が変化した。
白銀の光がレイの周囲へ収束する。
◇
『管理者権限・限定解放』
『高次領域接続開始』
◇
「嫌な名前しかないなほんと」
◇
教授が苦笑する。
「今さらじゃないかね」
◇
その時だった。
アリアが静かに前へ出る。
◇
「レイ」
「ん?」
◇
アリアは少しだけ迷うように視線を伏せた。
珍しい反応だった。
◇
「……危険」
◇
一瞬。
レイは少し驚いた。
◇
アリアがこんな言い方をするのは珍しい。
◇
「戻れる保証、低」
◇
空気が静まる。
◇
セシリアも顔を曇らせた。
教授も黙る。
◇
高次領域。
侵食中枢本体。
完全未知領域。
◇
何が起きるか分からない。
◇
レイは少しだけ困ったように笑った。
「そんな顔すんなって」
◇
エミリーが小さく息を吐く。
「レイ様は、いつもそう言います」
◇
レイは頭を掻いた。
◇
「だって仕方ないだろ」
◇
本当に。
面倒臭そうだった。
◇
「放っといたら世界壊れるし」
◇
静かな沈黙。
◇
そして。
エミリーがいつものように微笑む。
「では、帰ってきたら美味しいものを食べましょう」
◇
その言葉に。
レイの表情が少しだけ明るくなった。
◇
「お、いいな」
「何が食べたいですか?」
「肉」
「予想通りです」
◇
セシリアが思わず吹き出した。
教授も肩を揺らしている。
◇
こんな状況なのに。
不思議と空気が少し軽くなる。
◇
レイはゆっくりと空を見上げた。
黒い月。
侵食中枢。
世界の敵。
◇
「……はぁ」
深いため息。
◇
「ほんと、昼寝だけして生きていきたかったんだけどなぁ」
◇
そして。
右手を上げる。
◇
古代魔語術式が起動した。
白銀都市全域が共鳴する。
◇
『高次領域接続』
『座標転移』
◇
空間が開く。
◇
黒い月の中心へ続く道が現れた。
◇
侵食中枢本体への直通経路。
◇
アリアが静かに言う。
「道、固定完了」
◇
レイはその黒い道を見て。
本気で嫌そうな顔をした。
◇
「うわ絶対嫌なダンジョンだこれ」




