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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
4章

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104/112

第百三話 ぐうたら三男、継承を開始する

 空が、こちらを見ていた。


     ◇


 巨大な黒い目。


 月の内部から覗く異形。


 それだけで空間が軋む。


     ◇


 侵食魔素の濃度が跳ね上がった。


 都市全域へ黒い霧が流れ込む。


     ◇


『回収開始』


     ◇


 その声と同時。


 世界が歪んだ。


     ◇


「っ――!」


 レイは反射的に術式を展開した。


 空中へ日本語が奔る。


     ◇


『空間固定』


『座標維持』


     ◇


 直後。


 周囲数百メートルの空間が崩壊した。


     ◇


 都市構造が消える。


 白銀の建物が、まるで削り取られるように欠落した。


     ◇


 だが。


 レイたちの周囲だけは残っている。


 固定された空間が侵食崩壊を弾いていた。


     ◇


「いやほんと危ないな!?」


 レイは顔を引きつらせた。


     ◇


 教授も完全に真顔だった。


「今のを防ぐのか……」


     ◇


 普通なら都市ごと消滅していた。


 それを術式一つで防いでいる。


     ◇


 だが。


 侵食中枢の圧力は止まらない。


     ◇


 空の目が開く。


 さらに。


 周囲の空間断裂が拡大した。


     ◇


「レイ様!」


 エミリーが叫ぶ。


     ◇


 空間固定術式に亀裂が走っていた。


 侵食が術式そのものを食っている。


     ◇


 レイは舌打ちした。


「相性悪っ……!」


     ◇


 侵食は“汚染”だ。


 通常魔法を侵し、魔素構造を書き換える。


 だからこそ厄介。


     ◇


 だが。


 古代魔語術式なら、侵食定義そのものへ干渉できる。


     ◇


「はぁ……ほんと面倒臭い」


 レイは深々とため息を吐いた。


     ◇


 そして。


 前へ出る。


     ◇


 黒い目がレイを見つめる。


 世界そのものみたいな圧力。


     ◇


 普通なら立っているだけで精神が壊れる。


 だが。


 レイは嫌そうな顔をするだけだった。


     ◇


「そんな見んなよ」


     ◇


 教授が思わず吹き出しかける。


「君はもう少し緊張感をだね――」


「教授、今それ言います!?」


 セシリアが悲鳴気味にツッコんだ。


     ◇


 その瞬間。


 空の目が脈動する。


     ◇


 黒い光。


 空間侵食。


 世界法則そのものを書き換える圧力。


     ◇


 アリアが即座に警告した。


「高次侵食反応」


「うん嫌な予感しかしない」


     ◇


 次の瞬間。


 空から“黒い雨”が降り始めた。


     ◇


 雨ではない。


 侵食そのもの。


 触れた建造物が崩壊していく。


     ◇


 白銀都市が音を立てて侵食されていく。


     ◇


「まずいですね……!」


 セシリアが結界を展開する。


 だが侵食雨は結界すら侵していた。


     ◇


 教授も重力障壁を展開する。


 騎士たちが必死に防御陣形を組む。


     ◇


 しかし。


 防ぎ切れない。


     ◇


「……あーもう」


 レイは頭を掻いた。


     ◇


 完全にやる気のない顔。


 だが。


 目だけは真剣だった。


     ◇


 レイは空を見上げる。


 黒い月。


 侵食中枢。


 崩壊する都市。


     ◇


 そして。


 静かに古代魔語を紡いだ。


     ◇


『侵食定義上書き』


     ◇


 世界が止まる。


     ◇


 降り注いでいた黒い雨が、空中で静止した。


     ◇


 さらに。


 黒色だった侵食が、白く変換されていく。


     ◇


「え……」


 セシリアが目を見開く。


     ◇


 侵食が浄化されている。


 いや。


 侵食という“状態”そのものを変更されていた。


     ◇


 教授が呆然と呟く。


「法則干渉……」


     ◇


 古代魔語術式。


 管理権限。


 そしてレイの適合性。


     ◇


 全部が噛み合った結果だった。


     ◇


 空の目が、初めて揺らぐ。


     ◇


『……異常』


『未確認』


『管理者権限変質確認』


     ◇


「知らんがな」


 レイは即答した。


     ◇


 だが、その時。


 都市中央塔のさらに奥。


 今まで閉ざされていた巨大隔壁が、ゆっくりと開き始めた。


     ◇


 白い光が漏れる。


 膨大な管理術式。


 都市全域へ接続された超巨大中枢。


     ◇


 アリアが静かに告げる。


「中央制御核、開放開始」


     ◇


 教授の顔色が変わった。


「まさか……」


     ◇


 アリアはレイを見る。


 淡蒼色の瞳が静かに揺れた。


     ◇


「レイ」


「なに」


「中央制御核へ到達すれば、侵食核封鎖可能」


     ◇


 一拍。


     ◇


「でも?」


 レイが聞く。


     ◇


 アリアは静かに続けた。


「正式管理権限接続、必要」


「嫌です」


 即答だった。


     ◇


 空気が止まる。


     ◇


 セシリアが頭を抱えた。


「もう少し悩むとかありません!?」


     ◇


「だって絶対面倒だろ」


 レイは真顔だった。


「管理とか絶対仕事増えるじゃん」


「世界滅亡寸前なんですが!?」


「分かってるけど!」


     ◇


 エミリーが苦笑を浮かべる。


「レイ様らしいですね……」


     ◇


 教授は半ば呆れた顔でため息を吐いた。


「君ほど権限持ちに向いていない適合者も珍しいよ」


「褒めてます?」


「全然」


     ◇


 だが。


 冗談を言っている余裕は長く続かなかった。


     ◇


 空の巨大な目が再び脈動する。


 侵食波動。


 空間断裂。


 都市構造が軋む。


     ◇


 レイの術式で一時停止していた侵食が、再び動き始めていた。


     ◇


 アリアが静かに言う。


「侵食中枢、学習中」


     ◇


「うわぁ……」


 レイは本気で嫌そうな声を出した。


     ◇


「面倒なボス特有の適応機能やめろよ……」


     ◇


 侵食は術式構造へ適応する。


 停止。


 浄化。


 固定。


 既に一部対抗され始めていた。


     ◇


 黒い目がゆっくり開く。


 都市全体へ圧力が降りる。


     ◇


 騎士たちが膝をついた。


 呼吸すら苦しそうだ。


     ◇


 セシリアも雷結界を維持しながら顔を歪める。


「っ……魔力そのものが侵される……!」


     ◇


 教授が低く呟く。


「存在規模が大きすぎる」


     ◇


 世界そのものへ侵食が広がっている。


 個体というより現象。


 災害。


 あるいは法則異常。


     ◇


 レイは頭を掻いた。


「つまり中央制御核まで行って止めろって?」


「はい」


 アリアは頷く。


     ◇


「正式接続が必要」


「そこが嫌なんだよなぁ……」


     ◇


 その時。


 白い管理機構たちが一斉に光った。


     ◇


『管理者候補へ提言』


『現在接続は仮接続状態』


『権限出力制限中』


     ◇


「制限?」


 教授が反応する。


     ◇


『正式接続未完了のため、領域操作出力三十七パーセント制限』


     ◇


 一瞬、沈黙。


     ◇


 セシリアがゆっくりレイを見る。


「……今ので三十七なんですか?」


     ◇


 レイも嫌そうな顔になる。


「聞きたくなかった情報だなそれ」


     ◇


 教授が額を押さえた。


「本当に何なんだ君は……」


     ◇


 その瞬間。


 黒い巨体が動いた。


     ◇


 侵食中枢本体。


 塔から半身を現した異形。


 巨大な腕が振り下ろされる。


     ◇


 空間そのものが潰れる。


     ◇


「レイ様!」


 エミリーが叫ぶ。


     ◇


 レイは舌打ちした。


 避けても後ろの都市ごと消し飛ぶ。


     ◇


「ったくもう!」


     ◇


 空中へ超巨大術式が展開される。


 白銀都市全域を覆う日本語術式。


     ◇


『座標固定』


『空間保護』


『侵食遮断』


     ◇


 轟音。


     ◇


 黒い腕と術式障壁が衝突した。


 空間が悲鳴を上げる。


 世界が軋む。


     ◇


 だが。


 防いだ。


     ◇


 騎士たちの後方で都市構造が守られている。


     ◇


 セシリアが息を呑む。


「防いだ……」


     ◇


 しかし。


 レイの足元が砕けた。


     ◇


 負荷が大きい。


 管理領域全域へ干渉しているせいで、術式規模が異常だった。


     ◇


 教授が即座に結界を展開する。


「レイ君!」


     ◇


「平気平気……!」


 レイは顔をしかめながら答える。


「ちょっと重いだけ」


「その表現で済ませる規模じゃない!」


     ◇


 だが。


 その時だった。


     ◇


 中央塔奥の巨大隔壁が、完全に開いた。


     ◇


 白光。


 無数の古代術式。


 都市全域と接続された中枢空間。


     ◇


 そして。


 その中心に、“椅子”があった。


     ◇


 玉座のような形状。


 白銀の制御座。


 周囲へ無数の術式回路が伸びている。


     ◇


 アリアが静かに言う。


「中央管理座」


     ◇


 嫌な名前だった。


     ◇


「うわ座りたくねぇ……」


 レイは本気で嫌そうな顔をした。


     ◇


 その時。


 空の巨大な目が、ゆっくり細められる。


     ◇


『継承者』


『接続阻止』


     ◇


 直後。


 都市全域へ侵食魔素が噴き上がった。


     ◇


 白銀都市が黒く染まる。


 建造物が侵食され、異形化していく。


     ◇


「まずい!」


 セシリアが叫ぶ。


     ◇


 都市そのものが侵食側へ変質し始めていた。


     ◇


 教授が険しい顔になる。


「時間がない!」


     ◇


 アリアはレイを見る。


 静かな瞳。


 だが、僅かに焦りがあった。


     ◇


「レイ」


     ◇


「……分かってるよ」


 レイは深くため息を吐いた。


     ◇


 ものすごく。


 本当にものすごく嫌そうだった。


     ◇


「座ればいいんだろ、座れば……」


 中央管理座。


     ◇


 白銀の玉座は静かに光を放っていた。


 周囲へ無数の術式回路が伸びている。


 都市全域。


 いや、この未到達地帯そのものへ接続されているようだった。


     ◇


 レイは露骨に嫌そうな顔でそれを見る。


     ◇


「帰りたい……」


     ◇


 エミリーが苦笑した。


「まだ座ってもいませんよ、レイ様」


「座ったら絶対仕事増える」


「そこは否定できません」


     ◇


 教授が小さく吹き出す。


「ここまで管理者適性が低そうな管理者候補も珍しいね」


「嬉しくないです」


     ◇


 だが。


 空は待ってくれない。


     ◇


 侵食が都市全域へ広がっていた。


 白銀構造が黒く変色する。


 空間断裂が拡大していく。


     ◇


 空の巨大な目がゆっくり瞬く。


 それだけで世界が揺れた。


     ◇


『継承者』


『接続を拒絶するな』


     ◇


「いやお前側につく気はないからな?」


 レイは即答した。


     ◇


 侵食中枢。


 こいつは管理機構だったものだ。


 だが既に侵食へ飲まれている。


     ◇


 世界を“再構築”しようとしている。


 人類など関係なく。


     ◇


 だから。


 止めなければならない。


     ◇


 それはレイも分かっていた。


 分かっているから余計に嫌だった。


     ◇


「なんで俺なんだよほんと……」


     ◇


 アリアが静かに答える。


「適合」


「その適合とかいう仕様消せない?」


「無理」


     ◇


 即答だった。


     ◇


 セシリアが小さく笑ってしまう。


 極限状況なのに、いつもの空気感が消えない。


     ◇


 それが少しだけ救いだった。


     ◇


 その時。


 都市が大きく揺れた。


     ◇


 侵食中枢本体が完全に動き始めている。


 黒い腕が都市外壁を掴み、侵食が広がっていく。


     ◇


 白い管理機構たちの光が赤く点滅する。


『警告』


『中央管理領域侵食率六十三パーセント』


『制御崩壊接近』


     ◇


「はいはい分かった分かった」


 レイは観念したように頭を掻いた。


     ◇


 そして。


 ゆっくり中央管理座へ近づく。


     ◇


 白銀の床へ足音が響く。


 管理座周囲の術式が反応した。


     ◇


『管理者候補接近確認』


『接続準備開始』


     ◇


「だから勝手に進めんなって……」


     ◇


 レイは嫌そうにぼやきながら、管理座を見下ろした。


     ◇


 嫌な予感しかしない。


 絶対後戻りできないやつだ。


     ◇


 エミリーが静かに声をかける。


「レイ様」


     ◇


 振り返る。


     ◇


 エミリーは少しだけ困ったように笑っていた。


「ちゃんと戻ってきてくださいね」


     ◇


 その言葉に。


 レイは少しだけ表情を緩めた。


     ◇


「昼飯くらいには戻りたい」


「もう夕方です」


「マジか」


     ◇


 セシリアが呆れたように笑う。


「そこなんですね……」


     ◇


 教授も苦笑していた。


「君らしいよ」


     ◇


 アリアだけが静かにレイを見ている。


 淡蒼色の瞳。


 感情は薄い。


 だが。


 どこか不安そうにも見えた。


     ◇


 レイは小さく息を吐く。


     ◇


「……じゃ、ちょっと行ってくる」


     ◇


 そして。


 中央管理座へ腰を下ろした。


     ◇


 瞬間。


 世界が変わった。


     ◇


 白い光。


 無数の情報。


 古代魔語術式。


 都市全域の構造。


 空間座標。


 魔素流動。


 侵食反応。


     ◇


 全部が頭へ流れ込んでくる。


     ◇


「っ……!」


     ◇


 レイが顔をしかめる。


 膨大すぎる。


 都市一つではない。


 未到達地帯全域。


 いや。


 もっと広い。


     ◇


 世界そのものへ繋がっている。


     ◇


『正式接続開始』


     ◇


 白い声が響く。


     ◇


『管理者権限承認中』


『言語認識一致』


『適合率更新』


     ◇


 術式回路がレイの周囲へ広がる。


 白銀の光が身体へ接続されていく。


     ◇


 空の巨大な目が揺らいだ。


     ◇


『……管理者』


     ◇


 初めて。


 侵食中枢の声に変化があった。


     ◇


 警戒。


 敵意。


 そして。


 恐怖にも似た何か。


     ◇


 レイは大量の情報へ顔をしかめながら呟く。


「うわぁ……」


     ◇


 本当に嫌そうだった。


     ◇


「なんだこれ……ブラック企業か……?」

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