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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
4章

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103/112

第百二話 ぐうたら三男、拒否をする

 低い駆動音が都市全体へ響いた。


     ◇


 塔が開く。


 白銀の外壁が何層にも分離し、内部構造が露出していく。


 光。


 術式。


 空間制御。


 古代文明特有の、理解不能な規模の機構。


     ◇


 そして――。


 塔の中心部に、“穴”があった。


     ◇


 黒かった。


 いや、黒というより。


 空間そのものが欠け落ちている。


 視線を向けるだけで頭が痛くなるような異常。


     ◇


「……なんだあれ」


 レイが嫌そうに呟く。


     ◇


 アリアが静かに答えた。


「侵食中枢接続孔」


     ◇


 嫌な単語だった。


     ◇


 教授も顔をしかめる。


「侵食と中央管理領域が直接接続されているのか……?」


「可能性高」


     ◇


 塔内部から、黒い霧が流れ出す。


 都市の白い光が侵食されていく。


     ◇


 防衛機構の装甲にも、侵食紋様がさらに広がった。


 停止していたはずの巨体が微かに震える。


     ◇


「うわ復活しそう」


 レイは露骨に嫌そうな顔をした。


     ◇


 その時だった。


 都市全域へ、古代音声が響く。


     ◇


『中央管理領域・緊急事態』


『侵食率上昇』


『管理権限継承処理を推奨』


     ◇


「はい却下」


 レイは即答した。


     ◇


 教授が額を押さえる。


「君ねぇ……」


「だって絶対重いじゃんその役職」


「役職扱いなんですか……」


 セシリアが疲れた声を出した。


     ◇


 だが。


 冗談を言っている場合ではなかった。


     ◇


 黒い月の脈動が強くなっている。


 空間断裂が広がっていた。


 都市の一部が、まるで崩壊するようにノイズ化している。


     ◇


「侵食が進行してるのか」


「はい」


 アリアは淡々と頷く。


「中央管理領域の封印機能が低下」


「原因は?」


「管理者不在」


     ◇


 レイは嫌そうに空を見上げた。


「つまり?」


「誰かが制御しないと崩壊する」


「はい面倒」


     ◇


 その時。


 塔内部から、“何か”が降りてきた。


     ◇


 人影。


 白衣。


 銀色の髪。


     ◇


 一瞬、アリアかと思った。


 だが違う。


     ◇


 雰囲気が違う。


 瞳が違う。


 そして――。


 その存在から漂う圧力が、異常だった。


     ◇


 白い人影はゆっくりと空中へ降り立つ。


 感情の見えない瞳。


 整いすぎた顔立ち。


 機械のように静かな動き。


     ◇


『管理者候補確認』


     ◇


 レイを見た。


     ◇


『適合率・極大』


『継承処理を開始しますか?』


     ◇


「しません」


 即答だった。


     ◇


 白い人影が僅かに沈黙する。


『……拒否理由を確認』


「責任重そう」


『…………』


     ◇


 また微妙な空気になった。


     ◇


 セシリアが小声で言う。


「レイ様、もう少しこう……」


「なんだよ」


「世界の危機感をですね……」


「いや危機なのは分かってる」


     ◇


 レイは本当に面倒そうに頭を掻いた。


「分かってるけど嫌なもんは嫌だろ」


     ◇


 エミリーが苦笑する。


「レイ様らしいですけどね」


     ◇


 その時。


 白い人影の視線がアリアへ向く。


     ◇


『補助端末個体確認』


『状態異常』


『独自行動継続中』


     ◇


 アリアは淡々と答える。


「問題なし」


『管理権限譲渡未完了』


「継続要求中」


     ◇


 白い人影が再びレイを見る。


『管理者候補へ推奨』


『補助端末との正式接続を――』


「嫌です」


『…………』


     ◇


 教授が思わず吹き出しかけていた。


「いや、ここまで拒否する候補者も珍しいね」


「なりたくないですし」


「だろうねぇ……」


     ◇


 だが次の瞬間。


 空が揺れた。


     ◇


 黒い月が、大きく亀裂を走らせる。


     ◇


 空間そのものが悲鳴を上げた。


 都市の白い光が一斉に明滅する。


     ◇


 アリアの声が僅かに強くなる。


「侵食核・活性化」


     ◇


 塔内部の黒い穴から、“手”が現れた。


     ◇


 巨大。


 黒色。


 人型。


 だが人ではない。


     ◇


 見ているだけで本能が拒絶する。


 存在そのものが異常だった。


     ◇


 騎士たちの顔色が一気に変わる。


「なんだ……あれ……」


     ◇


 教授ですら息を呑んでいた。


「……侵食存在」


     ◇


 黒い腕が塔の外壁を掴む。


 白銀構造が侵食され、崩壊していく。


     ◇


 そして。


 ゆっくりと、“本体”が姿を現し始めた。


     ◇


 都市全体が震える。


 黒い月が脈動する。


 侵食魔素が暴風のように吹き荒れる。


     ◇


 レイは顔をしかめた。


「……あーもう」


     ◇


 本当に嫌そうだった。


     ◇


「絶対ラスボスっぽいやつじゃん」


 黒い巨体が、塔の内部から這い出てくる。


     ◇


 人型。


 だが輪郭が不安定だった。


 崩れた影を無理矢理人型へ押し固めたような異形。


 腕が長い。


 脚が歪んでいる。


 顔の位置には、暗闇しかない。


     ◇


 その周囲だけ空間が軋んでいた。


 都市の白い光が侵食され、黒く染まっていく。


     ◇


「うわぁ……」


 レイは本気で嫌そうな顔をした。


「視覚的にも気持ち悪いなこれ」


     ◇


 セシリアも額へ汗を浮かべている。


「魔力量が異常です……」


     ◇


 騎士たちも完全に硬直していた。


 無理もない。


 格が違う。


 今まで遭遇した侵食個体とは、存在規模そのものが別次元だった。


     ◇


 教授が低く呟く。


「……古代文明が滅びるわけだ」


     ◇


 冗談では済まない。


 本当に世界を滅ぼしかねない存在だと、誰もが理解できた。


     ◇


 黒い巨体がゆっくりと頭を上げる。


 そして。


 “視線”がレイへ向いた。


     ◇


 その瞬間。


 空間断裂全体が震えた。


     ◇


 頭の奥へ直接響くような声。


     ◇


『――継承者』


     ◇


 レイは露骨に顔をしかめた。


「うわ喋った」


     ◇


『継承者』


『何故拒絶する』


     ◇


「責任重いから」


 即答だった。


     ◇


 一瞬。


 場の空気がおかしくなる。


 こんな存在相手に、その返答なのか。


     ◇


 セシリアが頭を抱えた。


「レイ様ぁ……」


     ◇


 だが黒い巨体は怒るでもなく、ただ静かに言葉を続ける。


     ◇


『管理者不在』


『世界崩壊進行』


『継承必要』


     ◇


「いやまぁ理屈は分かるけどさぁ……」


 レイは疲れた顔でぼやいた。


「なんで俺なんだよ」


     ◇


 黒い存在が答える。


     ◇


『適合』


『理解』


『接続』


『全て成立』


     ◇


 教授が静かに息を吐く。


「……古代魔語か」


     ◇


 そう。


 結局そこなのだ。


 古代文明。


 管理権限。


 中央管理領域。


 その全てが、“古代魔語”を前提に作られている。


     ◇


 そして。


 古代魔語とは、日本語だ。


     ◇


 この世界で、それを自然理解できるのはレイだけ。


     ◇


「ほんと迷惑仕様だなぁ……」


 レイはぼやいた。


     ◇


 その時。


 空の黒い月が、大きく脈動する。


     ◇


 都市全体へ侵食が広がった。


 白い建造物が黒く染まる。


 空間が軋む。


 世界が悲鳴を上げているようだった。


     ◇


 アリアが静かに言う。


「侵食核、限界接近」


「止める方法は?」


「中央制御再起動」


「つまり管理権限使えって?」


「はい」


     ◇


 レイは本気で嫌そうな顔になった。


     ◇


「うわぁ……」


     ◇


 エミリーが小さく笑う。


「レイ様、顔に全部出ています」


「だって絶対あとで面倒だろこれ」


「もう既に十分面倒です」


「否定できない」


     ◇


 その時だった。


 黒い巨体の腕が動く。


     ◇


 瞬間。


 都市の一角が消えた。


     ◇


「……は?」


 レイが目を見開く。


     ◇


 消えた。


 爆発ではない。


 破壊でもない。


 空間ごと“欠落”した。


     ◇


 白銀都市の一部が、存在そのものを削り取られている。


     ◇


 教授の顔色が変わる。


「空間侵食……!」


     ◇


 セシリアが青ざめる。


「あんなの直撃したら……」


「死ぬだろうなぁ」


 レイは普通に答えた。


     ◇


 黒い巨体が再び腕を持ち上げる。


 今度はこちらへ向けて。


     ◇


 空間が歪む。


 世界が軋む。


     ◇


 アリアが即座に警告する。


「超高密度侵食反応」


     ◇


「はいはい分かった分かった」


 レイは面倒臭そうに前へ出た。


     ◇


「結局やればいいんだろ」


     ◇


 その声に。


 エミリーが少しだけ安心したように笑う。


 セシリアも小さく息を吐いた。


 教授は静かに目を細める。


     ◇


 皆知っている。


 この青年は、最後には必ず動く。


     ◇


 レイは空を見上げた。


 黒い月。


 侵食。


 崩壊する都市。


 世界の中枢。


     ◇


「……ほんと、昼寝したいだけなんだけどなぁ」


     ◇


 そして。


 静かに右手を上げた。


     ◇


 空中へ、日本語術式が展開される。


 今までとは桁が違う。


 都市全域へ広がる超巨大術式。


     ◇


 白い管理機構たちが一斉に反応する。


『管理権限接続確認』


『中央制御補助開始』


『管理者候補支援モード移行』


     ◇


「勝手に話進めるなよ……」


 レイは嫌そうに呟いた。


     ◇


 だが。


 術式は止まらない。


     ◇


 空間が共鳴する。


 都市そのものがレイへ反応していた。


     ◇


 教授が息を呑む。


「……都市が従っている」


     ◇


 レイはゆっくりと古代魔語を紡いだ。


     ◇


『領域固定』


     ◇


 世界が、止まった。


 瞬間。


 暴走していた侵食魔素が静止した。


     ◇


 空間断裂が止まる。


 崩壊しかけていた都市構造が固定される。


 黒く侵食されていた街路も、それ以上の浸食を停止した。


     ◇


「……え?」


 セシリアが呆然と声を漏らす。


     ◇


 誰も理解できなかった。


 規模が違う。


 今までレイが使ってきた古代魔語術式とは、根本から次元が違っていた。


     ◇


 都市全体。


 いや。


 空間そのものへ干渉している。


     ◇


 教授ですら言葉を失っていた。


「これが……管理権限」


     ◇


 白い都市が光る。


 無数の古代術式がレイへ接続されていく。


     ◇


 管理機構たちの声が重なる。


『領域安定化開始』


『侵食進行抑制』


『管理者候補との接続率上昇』


     ◇


「だから候補じゃないって……」


 レイは疲れた声を出した。


     ◇


 だが。


 黒い巨体は止まらない。


     ◇


 空間固定された領域の中で、ゆっくりと腕を持ち上げる。


 侵食魔素が渦を巻く。


 世界そのものを侵すような圧力。


     ◇


 アリアが静かに告げた。


「侵食核側、抵抗開始」


     ◇


 黒い巨体の全身が膨張する。


 黒霧が噴き出した。


     ◇


 次の瞬間。


 領域固定術式へ亀裂が走る。


     ◇


「うわマジか」


 レイは顔をしかめた。


     ◇


 術式を壊している。


 しかも力任せではない。


 侵食そのものが、術式構造を汚染し分解している。


     ◇


 教授が険しい顔になる。


「侵食が管理術式へ適応している……!」


     ◇


 白い管理機構たちの光が赤く点滅した。


『警告』


『侵食侵入』


『領域維持率低下』


     ◇


 都市全体が震え始める。


 再び空間が軋む。


     ◇


「レイ様!」


 エミリーが叫ぶ。


     ◇


「分かってる!」


 レイは前へ出た。


     ◇


 侵食は魔素そのものを書き換える。


 普通の魔法では相性が悪い。


 だからこそ。


 古代魔語が必要だった。


     ◇


 レイは深く息を吐く。


 そして空中へ、さらに複雑な日本語術式を展開した。


     ◇


 幾重にも重なる文字列。


 白銀都市の光すら塗り潰す巨大術式。


     ◇


 教授が小さく呟く。


「……術式を再構築しているのか」


     ◇


 レイは黒い巨体を睨みながら古代魔語を紡ぐ。


     ◇


『侵食定義分離』


『異常魔素構造隔離』


『領域浄化』


     ◇


 世界が発光した。


     ◇


 黒い侵食魔素が分解される。


 いや。


 “定義そのもの”を剥がされていた。


     ◇


 侵食が侵食でなくなる。


 汚染された魔素構造が、強制的に通常状態へ戻されていく。


     ◇


「……なっ」


 セシリアが息を呑む。


     ◇


 侵食が消えていく。


 黒霧が白光へ変換されていく。


     ◇


 教授が額を押さえた。


「魔素構造を書き換えている……」


     ◇


 普通ならあり得ない。


 侵食は世界法則へ食い込む異常現象だ。


 それを真正面から分解している。


     ◇


 黒い巨体が初めて大きく揺らいだ。


     ◇


『……継承者』


     ◇


 声に変化があった。


 困惑。


 あるいは警戒。


     ◇


「だから継承者じゃないって」


 レイは嫌そうに返した。


     ◇


 だが。


 その時だった。


     ◇


 空の黒い月が、完全に割れた。


     ◇


 都市全域へ衝撃が走る。


 空間が悲鳴を上げる。


     ◇


 そして。


 割れた月の内部から、“目”が現れた。


     ◇


 巨大。


 黒色。


 空そのものを覆う瞳。


     ◇


 見た瞬間、本能が理解する。


 あれを見てはいけない。


     ◇


 騎士たちが膝をついた。


 何人かは悲鳴を上げる。


     ◇


 セシリアの顔色も青白い。


「なんですか……あれ……」


     ◇


 教授ですら声を失っていた。


     ◇


 アリアだけが静かに呟く。


「……侵食中枢本体」


     ◇


 目が、ゆっくりとレイを見る。


     ◇


 直後。


 頭の中へ直接声が響いた。


     ◇


『発見』


『管理者候補確認』


『回収開始』


     ◇


「うわ最悪」


 レイは本気で嫌そうな顔をした。

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