第百一話 ぐうたら三男、古代文明都市へ足を踏み入れる
門の先に広がっていたのは――都市だった。
◇
古代文明都市。
千七百年以上前に滅びたはずの超高度文明。
その中枢。
未到達地帯中央管理領域。
◇
誰も言葉を発せなかった。
ただ圧倒されていた。
◇
空がある。
だが自然の空ではない。
半透明の光膜が都市全体を覆っている。
淡い白光が空間を照らし、昼とも夜ともつかない静かな明るさを維持していた。
◇
都市そのものも異質だった。
建物は白銀色。
塔。
回廊。
空中へ浮かぶ立体構造。
現代建築とは根本から思想が違う。
◇
しかも。
壊れていない。
◇
「……残ってる」
教授が呆然と呟いた。
「これほど完全な古代文明遺構が……」
◇
研究者としての興奮は確かにある。
だが、それ以上に。
目の前の光景は現実感が薄かった。
◇
滅んだ文明。
失われたはずの世界。
それが、今も稼働している。
◇
レイは都市を見上げながら眉をひそめた。
「……なんか思ったより綺麗だな」
「レイ様、第一声がそれなんですか」
セシリアが呆れる。
◇
「いや、もっとこう……滅びた感じ想像してた」
「まあ分からなくはないですが……」
◇
だが確かに、不気味だった。
静かすぎる。
風もない。
生活音もない。
なのに都市機能だけが動いている。
◇
その異様な静寂の中で。
空に浮かぶ“黒い月”だけが圧倒的存在感を放っていた。
◇
巨大。
黒色。
空間へ染み出すような侵食魔素。
見ているだけで頭痛がする。
◇
アリアが静かに呟く。
「侵食核」
◇
空気が変わった。
◇
「……あれが?」
レイが聞く。
「推定」
アリアは頷いた。
「古代文明崩壊要因の中枢存在」
◇
教授の顔色が変わる。
「待ってくれ」
「はい」
「つまりあれは、千七百年前から存在しているのか?」
「可能性高」
◇
教授は絶句した。
セシリアも言葉を失う。
◇
それほどの存在が、今なお空へ浮かんでいる。
しかも、完全には封じ切れていない。
◇
「……ほんと迷惑だなぁ」
レイは嫌そうに呟いた。
「千年以上経っても問題起こすなよ」
◇
その時だった。
都市内部の光が揺らぐ。
直後。
無数の白い光球が現れた。
◇
「警戒!」
騎士団長が叫ぶ。
騎士たちが武器を構える。
◇
だが。
光球は攻撃してこなかった。
ゆっくりとレイたちの周囲へ浮かび、淡い光を放っている。
◇
アリアが静かに言う。
「管理端末」
「また増えた」
「都市機能維持用」
◇
光球の一つがレイの前へ来る。
そして。
日本語が浮かんだ。
◇
『中央管理領域へようこそ』
『管理者候補を確認』
『居住区安全確保済』
◇
「……普通に喋るなぁ」
レイは引き気味だった。
◇
教授は完全に観察モードへ入っている。
「術式自律思考型……」
「教授、少し落ち着いてください」
「無理だよセシリア君」
「でしょうね!」
◇
エミリーは周囲を警戒しながら小さくため息を吐いた。
「レイ様」
「ん?」
「多分、ここからさらに面倒になります」
「知ってる」
◇
本当に知っていた。
都市へ入った瞬間から理解している。
ここは世界の中枢だ。
今までの事件全部に繋がっている。
◇
管理権限。
侵食。
仮面の男。
古代文明。
全部だ。
◇
「……帰りたい」
レイがぼやく。
「まだ言ってるんですか」
セシリアが呆れる。
「だって面倒臭いし」
◇
その時だった。
都市の奥。
巨大な塔が光る。
◇
同時に。
空の黒い月が脈動した。
◇
空間が震える。
侵食魔素が一気に濃くなる。
◇
アリアの瞳が僅かに揺れた。
「……警告」
「ん?」
「侵食核、反応増大」
◇
次の瞬間。
都市の遠方で、爆発音が響いた。
◇
黒い霧。
崩壊音。
白い建造物が吹き飛ぶ。
◇
「なに!?」
セシリアが振り向く。
◇
そこにいた。
◇
巨大な人影。
白銀の装甲。
人型。
だが、人ではない。
十メートルを超える巨体。
古代魔法陣を全身へ展開しながら、都市内部を破壊している。
◇
「……なんだあれ」
レイが嫌そうな顔をした。
◇
アリアが静かに告げる。
「古代文明防衛機構」
◇
さらに。
その白銀装甲の胸部には――。
黒い侵食紋様が広がっていた。
◇
「侵食されてるのかよ……」
「現状、敵性判定濃厚」
◇
防衛機構がこちらを向く。
瞬間。
赤黒い光が灯った。
◇
『管理権限未確認』
『侵入者認定』
『排除開始』
◇
レイは深々とため息を吐いた。
「……ほら始まった」
◇
直後。
白銀の巨体が、都市を砕きながら突撃してきた。
轟音。
白銀の巨体が地面を砕きながら迫ってくる。
◇
古代文明都市の白い街路が吹き飛んだ。
石ではない。
未知の素材で構成された街路そのものが、紙のように裂ける。
◇
「うわ速っ」
レイは思わず声を上げた。
巨体のくせに速度がおかしい。
十メートル級。
しかも全身重装甲。
それが騎士の突撃並みの速度で突っ込んできている。
◇
「全員散開!」
セシリアが即座に叫ぶ。
騎士たちが飛び退く。
◇
次の瞬間。
白銀の腕が振り下ろされた。
◇
衝撃。
地面が爆発する。
古代都市の街路が数十メートル単位で吹き飛んだ。
◇
「いや威力高っ!」
レイは全力で後退した。
余波だけで空気が裂ける。
まともに食らえば普通に危ない。
◇
教授が低く呟く。
「……古代文明製戦闘機構」
「教授、解説してる場合ですか!?」
セシリアが雷撃を放ちながら叫ぶ。
◇
紫電が白銀装甲へ直撃する。
轟音。
雷光が弾ける。
だが。
◇
「硬っ……!」
セシリアの顔が険しくなる。
装甲表面に焦げ跡はついた。
しかし浅い。
◇
防衛機構の全身へ、侵食紋様が脈動する。
黒い魔素が傷を修復していく。
◇
「再生まであるのかよ……」
レイは露骨に嫌そうな顔をした。
◇
その時。
防衛機構の頭部が変形する。
赤黒い光が収束。
◇
アリアが即座に告げた。
「高出力術式反応」
「嫌な予感しかしない!」
◇
直後。
赤黒い光線が放たれた。
◇
空間そのものを焼き裂く一撃。
都市の建造物が一直線に蒸発する。
◇
「うおっ!?」
レイは咄嗟に術式を展開した。
空中へ日本語が走る。
◇
『偏向』
◇
光線が曲がる。
軌道を捻じ曲げられた赤黒い奔流が、空へ逸れた。
◇
轟音。
遥か上空で光が炸裂する。
◇
「……レイ様」
エミリーが若干引いた顔をしていた。
「今さらっと空間曲げませんでした?」
「曲げた」
「簡単に言わないでください」
◇
レイは疲れた顔で頭を掻いた。
「だって直撃嫌だし」
「そういう問題じゃありません」
◇
だが、防衛機構は止まらない。
再び術式光が収束する。
◇
「連射型かよ!」
レイは顔をしかめた。
◇
教授が冷静に観測している。
「術式構造は管理機構系列だね」
「つまり?」
「レイ君と同系統」
「嫌だなぁそれ」
◇
その瞬間。
防衛機構の周囲へ、無数の古代魔法陣が展開された。
◇
都市全体が震える。
空間が軋む。
白銀の巨体が、都市そのものを制御し始めていた。
◇
「……あれ、この街の機能使ってないか?」
レイが嫌そうに言う。
「可能性高」
アリアが頷く。
「中央管理領域接続中」
◇
嫌な予感しかしなかった。
◇
直後。
都市内部の塔が一斉に光る。
白い街路へ術式が走った。
◇
「うわ、絶対面倒なやつ」
◇
地面が変形する。
都市そのものが動いた。
白銀の壁がせり上がり、空間が区切られていく。
◇
「街が術式化してる……!?」
セシリアが目を見開く。
◇
教授が険しい顔になる。
「都市型管理術式だ」
「教授、そういうの先に言ってください!」
「私も初めて見たんだよ!」
◇
防衛機構が再び突撃してくる。
しかも今度は都市術式による補助付きだ。
速度がさらに増している。
◇
「レイ様!」
エミリーが声を上げる。
◇
レイは大きくため息を吐いた。
「はぁ……」
本当に気が進まない顔だった。
◇
「ちょっと壊すか」
「絶対ちょっとじゃ済みませんよね?」
「努力はする」
◇
レイの周囲へ、巨大な古代術式が展開される。
空間が震える。
都市の光すら押し返す密度。
◇
教授が静かに息を呑んだ。
「……また新規術式か」
「教授、観察モード入らないでください!」
セシリアが叫ぶ。
◇
だが教授は真顔だった。
「いや、これは見逃せない」
「今戦闘中です!」
「研究者だからね」
「開き直りましたね!?」
◇
レイはそんなやり取りを聞き流しながら、前へ出た。
防衛機構が迫る。
赤黒い侵食光。
白銀装甲。
都市術式。
◇
全部まとめて面倒だった。
◇
「……ほんとさぁ」
レイはぼやく。
「俺、昼寝しに帰りたいんだけど」
◇
そして。
静かに古代魔語を紡いだ。
◇
『構造停止』
◇
瞬間。
世界が止まった。
◇
防衛機構の動きが止まる。
都市術式も止まる。
光線収束も停止。
空間そのものが凍りついたようだった。
◇
「なっ……!?」
セシリアが絶句する。
◇
教授の顔から笑みが消えた。
「……都市機能ごと止めたのか」
◇
レイは疲れ切った顔で答える。
「術式の接続元まとめて切っただけ」
「だけ、で済む話じゃないんだよそれは……」
◇
だが。
その時だった。
◇
空の黒い月が、大きく脈動した。
◇
都市全域へ警報のような光が走る。
白い建造物が次々赤く染まっていく。
◇
アリアの瞳が揺れた。
「……中央管理領域、異常反応」
「今度は何」
「侵食核、起動率上昇」
◇
直後。
都市中央の巨大塔が、ゆっくりと開き始めた。




