第百話 ぐうたら三男、未到達地帯の門を開く
霧の奥。
ゆっくりと、“門”が姿を現した。
◇
巨大だった。
山を切り抜いて作ったかのような白銀の構造体。
だが石でも金属でもない。
古代文明特有の、材質そのものが理解できない物質で構成されている。
◇
門の表面には無数の古代魔法陣。
淡い光。
流動する文字列。
そして中央には――。
巨大な円環構造。
◇
まるで世界そのものを封印しているような門だった。
◇
「……なんだあれ」
騎士の一人が呆然と呟く。
その気持ちはよく分かった。
存在感が違う。
空気が違う。
門があるだけで、周囲の空間法則そのものが変質している。
◇
教授が静かに息を呑んだ。
「……中央管理領域」
「教授、知ってるんですか」
セシリアが聞く。
「いや」
教授は首を横に振る。
「だが、古代文明研究者なら一度は夢見る場所だ」
◇
その声には、研究者としての純粋な畏怖が滲んでいた。
◇
「古代文明中枢……」
教授は門を見上げる。
「管理機構。
侵食。
管理権限。
全ての起点かもしれない」
◇
レイは露骨に嫌そうな顔をした。
「つまり超面倒ってことだな」
「そうとも言うね」
「否定してくれよ」
◇
その時。
巨大侵食個体が再び脈動した。
黒い霧が空間断裂全体へ広がる。
橋が軋む。
◇
仮面の男が静かに言った。
『中央管理領域は既に限界だ』
『侵食を止めるには継承が必要』
「断る」
レイは即答した。
◇
『……何故拒む』
「責任重そうだから」
『…………』
◇
仮面の男が一瞬黙った。
その沈黙が妙に面白かった。
◇
セシリアが頭を押さえる。
「レイ様、もう少しこう……」
「なんだよ」
「世界の命運がかかってる雰囲気なんですから」
「だから嫌なんだって」
◇
エミリーが小さくため息を吐く。
「レイ様は昔からそうですからね……」
「面倒事は嫌いなんだよ」
「ですが放っておけない」
「うっ」
◇
図星だった。
◇
レイは昔からそうだ。
ぐうたら。
昼寝好き。
美味い飯が好き。
面倒事は嫌い。
だが。
困っている人を見ると、結局放っておけない。
◇
ゴールド地方でも。
王都スラムでも。
結局、自分から動いてしまった。
◇
「……なんで毎回こうなるかなぁ」
レイはぼやく。
◇
その時だった。
門が光る。
◇
巨大円環が回転を始めた。
低い振動音。
空間そのものが共鳴している。
◇
『管理者候補確認』
『権限照合開始』
『古代魔語適合率確認』
『管理権限反応検出』
◇
白い管理機構が一斉にレイを見る。
嫌な予感しかしなかった。
◇
「……アリア」
「はい」
「これ逃げられる?」
「困難」
「だよなぁ……」
◇
門の表面へ、日本語が浮かび上がる。
現代人には読めない文字。
だがレイには理解できた。
◇
『管理権限継承待機』
『中央制御領域解放準備』
『最終承認要求』
◇
「うわぁ……」
レイは本気で嫌そうな声を出した。
「完全に押し付ける気じゃん」
◇
教授が静かに言う。
「……だが、開けなければ侵食は止まらない可能性が高い」
「教授までそういうこと言う」
「事実だからね」
◇
橋が再び大きく揺れた。
巨大侵食個体が動いている。
黒霧が管理領域へ食い込んでいた。
◇
このままでは崩れる。
誰の目にも明らかだった。
◇
レイは長く息を吐いた。
「はぁ……」
本当に、本当に面倒臭そうだった。
◇
だが。
その目だけは、既に覚悟を決めている。
◇
「レイ様」
エミリーが静かに呼ぶ。
遠征用装備姿の彼女は、どこまでも落ち着いていた。
◇
「……やるんですよね?」
「まぁ……」
レイは頭を掻く。
「ここで放置すると後で絶対もっと面倒になるし」
「そう言うと思っていました」
◇
セシリアが苦笑した。
「本当に難儀な性格ですね」
「自覚はある」
◇
アリアが静かにレイを見る。
淡蒼色の瞳。
感情は薄い。
だが。
どこか安心したようにも見えた。
◇
「レイ」
「ん?」
「適性、極大」
「嬉しくない」
「でも行動する」
「……まぁな」
◇
レイは門へ向き直る。
巨大な古代文明の遺産。
世界の中心。
未到達地帯中央管理領域。
◇
ゆっくりと手を伸ばした。
◇
その瞬間。
門全体へ、日本語の、古代魔語の、術式が走る。
光。
振動。
共鳴。
◇
空間そのものが震えた。
◇
レイは静かに古代魔語を紡ぐ。
◇
『開錠』
◇
世界が光に包まれた。
◇
巨大な門が、ゆっくりと開き始める。
◇
白い光。
無限にも見える通路。
その奥。
都市が見えた。
◇
古代文明都市。
未到達地帯中央。
千七百年以上封印され続けた、人類未踏の領域。
◇
そして。
その都市の上空には――。
巨大な黒い“月”が浮かんでいた。
◇
誰も言葉を失う。
あまりにも異様だった。
◇
仮面の男が静かに呟く。
『ようこそ』
『世界の中枢へ』
◇
レイは嫌そうな顔のまま、ぼそりと呟いた。
「……帰りたい」
だが。
その足は止まらなかった。
ついに100話に到達!!
キリよくできなかったので短くなってしまいました…
どこまで続けるかわからないですけど、引き続きよろしくお願いします。




