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ぐうたら三男は古代魔語で悠々自適生活を目指す  作者: シロネル
4章

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第九十九話 ぐうたら三男、仕方なく世界級術式を展開する

 橋が軋んでいた。


 いや。


 正確には、空間そのものが悲鳴を上げていた。


     ◇


 未到達地帯。


 中央領域。


 古代文明管理区画。


 その深部で、巨大侵食個体が完全に目覚めようとしている。


     ◇


 霧の奥。


 黒い瞳がこちらを見ていた。


 あまりにも巨大。


 山脈をそのまま生物へ変えたような存在感。


 しかも、あれでまだ全身ではない。


     ◇


「いやほんとさぁ……」


 レイは頭を抱えた。


「なんで毎回こうなるんだよ……」


「レイ様が首を突っ込むからでは?」


 セシリアが疲れ切った顔で言う。


「違う違う。俺は平和に暮らしたいだけなんだって」


「説得力皆無ですね」


     ◇


 橋の上では、侵食波動の余波で騎士たちが結界維持に追われていた。


 空気が重い。


 黒い霧が肺へ入り込むような不快感。


 普通の人間なら、長時間いるだけで精神汚染を起こしかねない。


     ◇


 だが、レイの周囲だけは違った。


 淡い光。


 古代術式。


 日本語で構成された異常高密度の魔法陣。


 それらが周囲の侵食を強引に押し返していた。


     ◇


 教授が静かにその光景を見ている。


「……改めて見ても規格外だね」


「教授までそんなこと言うんですか」


「いや、本当に規格外だからね」


 教授は苦笑した。


「空間侵食を個人で押し返している時点で、古代文明側の想定を超えているよ」


     ◇


 レイは露骨に嫌そうな顔をした。


「褒められてる気がしない」


「実際かなり危険だからね」


「教授が言うと怖いんだよなぁ……」


     ◇


 その時だった。


 巨大侵食個体の瞳が明滅する。


 次の瞬間。


 橋全体へ、黒い衝撃波が叩きつけられた。


     ◇


「――っ!」


 騎士たちが吹き飛ぶ。


 結界が軋む。


 橋の側面に巨大な亀裂。


     ◇


「空間固定が崩れます!」


 結界班が叫ぶ。


     ◇


 白い管理機構が即座に反応する。


『管理領域維持開始』


『出力不足』


『追加権限要求』


「だから毎回俺を見るな!」


 レイが思わず叫ぶ。


     ◇


 アリアが淡々と説明する。


「現状、レイが最適解」


「嫌すぎる」


「同意」


「お前も同意するのかよ」


     ◇


 橋の崩壊が進む。


 空間断裂が拡大していた。


 このままでは橋そのものが消える。


     ◇


 セシリアが歯を食いしばる。


「レイ様!」


「分かってる分かってる!」


 レイは面倒臭そうに前へ出た。


     ◇


 黒霧が吹き荒れる。


 だが。


 レイの一歩ごとに、空間が安定していく。


     ◇


 古代魔法陣。


 それも、今までとは比較にならない規模。


 空中を埋め尽くすように日本語術式が展開され始めた。


     ◇


 騎士たちが息を呑む。


「なんだあれ……」


「古代魔語……?」


     ◇


 教授が真剣な顔で観測している。


「……世界級術式」


「分かるんですか?」


 セシリアが驚く。


「いや、分からない」


「分からないんですか」


「だが危険なのは分かる」


「研究者の勘みたいに言わないでください」


     ◇


 レイは大きく息を吐いた。


「はぁ……」


 本当に気が進まない顔だった。


     ◇


「レイ様」


 エミリーが静かに呼ぶ。


 今はドルーゴ姿ではない。


 黒衣も仮面もない。


 遠征用装備姿のまま、彼女はレイを見ていた。


     ◇


「壊しすぎないでくださいね?」


「努力はする」


「毎回それで済まないんですよ」


     ◇


 レイは苦笑する。


 だが次の瞬間。


 表情が変わった。


     ◇


 黒い瞳。


 巨大侵食個体。


 その周囲で、侵食空間が拡大している。


 放置すれば危険。


 ここで止めなければ、多分もっと面倒なことになる。


     ◇


「……ほんと、仕方ないなぁ」


 小さく呟く。


     ◇


 そして。


 レイは古代魔語を発動した。


     ◇


『領域封鎖』


     ◇


 世界が止まった。


     ◇


 空間断裂全体へ、巨大な光が走る。


 橋。


 霧。


 侵食空間。


 その全てを覆うように、日本語術式が展開された。


     ◇


 黒い霧が押し戻される。


 侵食波動が停止する。


 巨大侵食個体の動きが鈍る。


     ◇


「な……っ!?」


 騎士たちが絶句する。


     ◇


 教授が静かに呟いた。


「……空間そのものを閉じたのか」


「できるものなんですかあれ」


 セシリアの声が引きつる。


「普通は無理だね」


「ですよね!?」


     ◇


 だが。


 巨大侵食個体は止まらない。


 黒い瞳がゆっくり開く。


 次の瞬間。


 橋の向こう側空間が、黒く染まった。


     ◇


 侵食が術式へ食い込んでいる。


     ◇


「うわ」


 レイは露骨に嫌そうな顔をした。


「侵食耐性高っ」


「超大型個体」


 アリアが淡々と言う。


「管理領域侵食能力確認」


「確認しなくていいから止めてくれ」


     ◇


 その時だった。


 黒い瞳の中心。


 そこに、人影が浮かぶ。


     ◇


 仮面。


 黒衣。


 そして。


 静かな声。


     ◇


『久しいな、継承者』


     ◇


 空気が凍った。


 レイは顔をしかめる。


「……お前か」


     ◇


 仮面の男が、巨大侵食個体内部からこちらを見ていた。


 まるで最初からそこにいたかのように。


     ◇


『ようやく辿り着いたな』


 その声は静かだった。


 だが。


 どこか嬉しそうですらあった。


     ◇


『未到達地帯中央管理領域へ』


 霧の奥。


 黒く染まった空間の中心。


 巨大侵食個体の内部に、その男は立っていた。


     ◇


 仮面。


 黒衣。


 感情の見えない声。


 王都地下封印区画。


 封鎖遺跡アストラ。


 何度も現れ、侵食を導いてきた存在。


     ◇


『久しいな、継承者』


 静かな声が、空間そのものへ響いた。


     ◇


 騎士たちが息を呑む。


 侵食個体の中に人影が存在している。


 それだけで異常だった。


     ◇


 セシリアが険しい表情を浮かべる。


「……仮面の男」


「知り合い?」


 教授が聞く。


「知り合いたくなかった相手です」


 セシリアは即答した。


     ◇


 レイは露骨に嫌そうな顔をする。


「ほんと、しつこいなぁ……」


『それはお互い様だ』


 仮面の男は淡々と返した。


『お前は何度も管理領域へ干渉した』


「そっちは勝手に巻き込んできただろ」


     ◇


 黒い霧が揺らぐ。


 巨大侵食個体の内部で、侵食魔素が脈動していた。


 まるで、この空間全体が一つの生物になっているようだった。


     ◇


 教授が低く呟く。


「……侵食と融合しているのか」


「可能性高」


 アリアが答える。


「侵食側管理機構との接続率極大」


     ◇


 教授は静かに眉を寄せた。


「人の形を維持しているだけでも異常だな」


「普通は侵食で自我崩壊しますからね……」


 セシリアの声にも緊張が混じる。


     ◇


 だが。


 仮面の男は平然としていた。


 むしろ、その姿は以前より安定して見える。


     ◇


『継承者』


 再び、声が響く。


『お前は理解し始めているはずだ』


「全然」


『この世界は既に限界だ』


「聞いてない」


『管理領域は崩壊寸前』


「聞けよ人の話」


     ◇


 レイは本気で面倒臭そうだった。


 だが。


 その視線だけは鋭い。


     ◇


 巨大侵食個体。


 空間断裂。


 管理機構。


 そして仮面の男。


 全部繋がっている。


     ◇


『古代文明は失敗した』


 仮面の男が静かに言う。


『故に世界は停滞した』


『侵食は破壊ではない』


『再構築だ』


     ◇


 その瞬間。


 黒い霧が大きく脈動した。


 橋が軋む。


 空間そのものが侵食へ引き込まれていく。


     ◇


「……っ!」


 騎士たちが顔を歪める。


 精神圧迫が強い。


 意識を持っていかれそうになる。


     ◇


 レイは小さく舌打ちした。


「思想語り始めるタイプだったか……」


「レイ様、そこなんですか」


 エミリーが呆れたように言う。


     ◇


 彼女はレイの隣へ並んでいた。


 遠征用装備。


 だがメイド服を基調にした独自仕様で、動きやすさと防御性能を両立している。


 腰には魔道具収納。


 短杖。


 補助術式用魔石。


 完全に実戦仕様だった。


     ◇


 エミリーは静かに周囲を観察する。


「侵食濃度が上がっています」


「だなぁ……」


「長引くと遠征隊が持ちません」


     ◇


 騎士たちの消耗も激しい。


 結界班は限界が近い。


 普通の人間が耐えられる領域ではなかった。


     ◇


 その時。


 仮面の男がゆっくり手を上げた。


     ◇


 黒い空間が裂ける。


 そこから現れたのは――。


     ◇


 白。


     ◇


 白い管理機構だった。


 ただし。


 こちら側とは違う。


     ◇


 全身に黒い侵食紋様が走っている。


 瞳は濁り、術式は歪み、周囲へ黒霧を撒き散らしていた。


     ◇


「……うわぁ」


 レイは本気で嫌そうな声を出した。


「絶対厄介なやつじゃん」


「侵食型管理補助機構」


 アリアが淡々と言う。


「危険度、高」


     ◇


 侵食された白い管理機構が、こちらを見た。


『管理権限確認』


『継承者確認』


『侵食対象認定』


「理不尽だなぁ……」


     ◇


 次の瞬間。


 侵食型管理機構の周囲へ、黒い古代術式が展開された。


     ◇


 騎士たちがざわめく。


「古代魔法……!?」


「いや、あれは……」


 教授の顔が険しくなる。


     ◇


「術式構造が歪んでいる」


「侵食による変質でしょうか」


 セシリアが問う。


「おそらくね」


 教授は静かに答えた。


「本来の古代術式を侵食側が無理やり改変している」


     ◇


 黒い術式が起動する。


 瞬間。


 橋の空間が歪んだ。


     ◇


「空間侵食来ます!」


 セシリアが叫ぶ。


     ◇


 レイは即座に前へ出た。


 ため息を吐く。


「はぁ……ほんと忙しいな」


     ◇


 そして。


 空中へ指を走らせた。


     ◇


 古代魔法陣。


 高密度。


 多重構造。


 現代術式ではあり得ない規模。


     ◇


 教授が小さく息を呑む。


「……また新しい構造か」


「観察してる場合ですか!?」


 セシリアが叫ぶ。


「いや貴重だからね」


「研究者だからね、で済ませないでください!」


     ◇


 レイはそんなやり取りを聞き流しながら、静かに古代魔語を紡ぐ。


     ◇


『侵食分離』


     ◇


 瞬間。


 黒い術式が砕け散った。


     ◇


 侵食魔素だけが切り離され、霧のように消滅していく。


 空間歪曲が停止した。


     ◇


「なっ……!?」


 侵食型管理機構が僅かに揺らぐ。


     ◇


 教授が目を見開く。


「侵食だけを切除した……?」


「相変わらず無茶苦茶ですねレイ様……」


 セシリアが頭を抱える。


     ◇


 レイは嫌そうな顔のまま答えた。


「だって侵食部分だけ邪魔だったし」


「その発想がおかしいんですよ」


     ◇


 だが。


 仮面の男は動揺していなかった。


 むしろ。


 静かにレイを見ていた。


     ◇


『やはりお前は適合している』


「だから嫌なんだってその言い方」


『継承者』


 黒い霧が揺れる。


『中央管理領域は、お前を待っている』


     ◇


 その瞬間。


 橋のさらに先。


 霧の奥で、巨大な“門”が姿を現した。

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