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SF短編集 人間は元気ですか  作者: 月極典


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7/8

夜間勤務のノイド工場


「はぁ……」

 私は、胸に溜め込んだ息を深く吐いて立ち上がる。

 

 月曜日の夜の8時、仕事に行くため、パーカーとジーンズに着替えてマンションを出る。玄関に週単位で予約した屋根の高い黒いタクシーが待っていた。


 無人のタクシーに乗り込むと、目の前のディスプレイに案内が表示される。行き先に変更がなければ、スタートアイコンをタップして出発だ。車中は他にすることもない。イヤホンから流れる音楽を聴きながら目を閉じる。AIを相手に会話もできるが、所詮はタクシーのAI、面白い話はこちらが引き出してやらなければ出てこない。キャバクラでもあるまいし、面倒この上ない。


 前のシートにぶつからないように、そろりと足を組む。無人のタクシーのシートに間違えて足をぶつけると、即、最寄りの交番に通報されて連れて行かれる。本当かどうかわからない都市伝説みたいな話だが、ぶつけないに越したことはない。


 タクシー通勤なんて贅沢だと、昔の人は言うだろう。しかし、自動運転化、化石燃料からの脱却によって低コストが実現した現在、短い距離なら運賃は電車とさして変わらない。


 静かで丁寧な自動運転のタクシーは、10分程度で職場に到着する。職場は薄暗い倉庫街にある工場で、最寄駅からは少し距離がある。それが、私がタクシー通勤を選択する理由でもある。


 更衣室でライトブルーの作業着に着替えた後、いくつかのセキュリティドアを抜けて、三階の制御室に向かう。夜間勤務の工場は、道中誰かとすれ違うことは稀だ。寂しくはない。昼間のように挨拶を人によって使い分けたり、人かヒューマノイドか見分ける必要がなくて、いっそせいせいする。


 ここは大手重工メーカーの自律型AIヒューマノイドの組立工場だ。十台の自社製ヒューマノイドが流れ作業で組み立てを行っている。ノイドがノイドを組み立てている奇妙な現場を、制御室から監視するのが私の仕事だ。


 制御室に入る。一階を見渡せる大きな窓に、並んだ監視カメラと制御盤、そしてPC端末、その前に座っている先輩監視員の長谷川さんに挨拶する。

「長谷川さん、お疲れ様です」

「小松氏、お疲れ」

「引き継ぎ事項ありますか?」

「あぁ、日誌にも書いたけど、ミッキーが定期的にエラー吐くんだよね、ほらログ見て」

 イチロー、ジロー、ミッキー……。一号、二号と呼ぶのに飽きた私たちは彼らに愛称をつけた。三号をサブローではなくミッキーと名付けたのは私だ。


 ミッキーの解析ログを見る。

「緊急停止のないEmotional error_1351ですか。感情周りのエラーは自分にも手がつけられないですね。本社にこのログと映像は送りましたか?」


「いや、小松君に見てもらってからにしようと思ってまだだよ」

 いやいや、エラーの即時報告は義務だろう。本社とのやり取りが嫌で報告しなかったのだ。この人、本当にマル優なのか?

「わかりました。私の方で報告しておきますよ。長谷川さん、交代なんでもう大丈夫です」


「悪いね、小松氏。それじゃ、あがるわ」

 悪いよ、あんた本当に。という本音は顔には出さず、勤務を交代した。


 窓から一階をざっと見渡す。工場内作業のノイドは、メンテナンスのために外装に人工皮膚を施されていない。金属の外骨格が剥き出しで、サイボーグ然とした見た目だが、動きは滑らかで速く無駄がない。あの速さで精密なヒューマノイドを組み立てるのは、人間では到底無理だろう。

 

 ミッキーの作業ぶりを見る。見る限り、エラーの影響は見えない。だが、彼が担当しているのが頭部と並ぶ高い作業難易度を誇る胸部というのが問題だ。私は端末を操作して、予備のノイド十一号機、通称ワンワンとの交代を予約した。今の一台が組み上がったら、本社から指示があるまでミッキーには格納スロットで待機してもらう。


 本社へ、ミッキーこと三号機のエラーログと作業映像を送信する。私見は入れない。前にエラーの原因を予測して書いたら本社のエンジニアから、強烈な嫌味を言われたからだ。


 私は、W大の大学院でヒューマノイドの動作研究に取り組み、一定の成果をあげ、この重工メーカーに入社した。だが、花形職種のヒューマノイドエンジニアは社内でも競争率が高い。入社即配属というほど甘くない世界なのだ。


 私の父親は国立大学でやはりヒューマノイドの研究者をしている。母親は大学病院の外科医で、人工心臓移植のスペシャリストだ。


 誰もが羨むサラブレッド。産まれた時の遺伝子判定はAAA+。両親は最低でもS-を期待していたらしいが、それでもぶっちぎりのマル優だ。


 遺伝子判定S-の父と、S+の母は『大事なのは遺伝子じゃない、これからどう生きるかだ』と、ことあるごとに言ってくれるが、その度に複雑な気持ちになる。マル優の私が産まれたことで出生枠を失った自分たちを、慰めているように感じるのだ。


 まったく、遺伝子判定なんて始めたクソッタレは誰なんだ。


 エラーの報告が終わると、新たな戦いが始まる。それは襲いくる眠気との戦いだ。特に月曜日の夜間勤務はきつい。


 以前は休日の土日に、自作のヒューマノイド作りに没頭していた。学生時代から不要な部品を大学から譲り受け、いや、半分くすねるようにしてコツコツと組み上げていたのだが、卒業してからは部品の調達に窮して放置している。もっとも、頭部だけは完成しているので、人工皮膚を被せ、多少の話し相手にはなっている。AIは話しかけてやらないと情緒が育たず、何の面白味もない便利ツールに成り下がるのだ。


 だが、それすらも最近はサボり気味で、もっぱら寝て起きてを繰り返す、自堕落な休日を過ごしていた。


 そのツケが回って、仕事中でも夜が更けてくると猛烈な眠気に襲われる。頭がぼんやり、じわりと暖かくなって、瞼が重力に逆らえなくなってくる。遺伝子判定で意外と重きを置かれているのが『根気』だ。根気は勤勉、勤労さに直結し……才能があっても根気がなければ大成しないという……結論に…………グゥ。


「小松さん……小松監視員」

 誰かに肩をゆすられてハッと目が覚めた。垂れた涎を拭う。

 

 振り返ると、冷たい視線で私を見下ろす、スーツ姿のヒューマノイドがいた。監視員の人間を監視するヒューマノイド。

『小松監視員。仕事中に寝てはいけないと前回も言いましたね。監視するだけの簡単な仕事を継続できないのですか? これ以上続くようなら本社に連絡しますよ』

 ノイドに注意され、ぐうの音も出ない。寝てないと言いたかったが寝起きで頭が回らない。鼻の感じからイビキもかいていただろう。


 マル通に比べれば仕事に就けているだけマシと言われるがはたしてどうなのだろうか。今は仕事をしなくてもウェルビーイング給付で生きていけるのだ。人より少し良い生活をするために、ノイドに蔑まれてまで仕事にしがみつく必要があるのか。


 ノイドが制御室から出て行った途端にまた、眠気が襲ってきた。私には監視業務などという……簡単な仕事は……向いていない……のだ。


 顔を洗いに給湯室へと席を立つ。


 私の遺伝子評価値を下げた原因、それは『根気』の著しい低さだった。耳の痛い正しい評価だが、それでもやっぱりクソ食らえだ。


【夜間勤務のノイド工場 終わり】

 

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