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SF短編集 人間は元気ですか  作者: 月極典


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最後のタクシードライバー 2

 

 茂森は迎車のタクシーを予約客の元へ走らせる。ロンドンタクシー風の黒く、高い屋根を持つ車両だ。車内には、FMの音楽番組が流れている。今、話している落ち着いた声の女性パーソナリティ。人間だと勝手に思っていたが、ヒューマノイドであることを最近、何かで知った。だからどうということはない。ただ、そうだったというだけの話だ。


 茂森は、気まぐれに思い出話を添えてリクエストメールを送ったことがある。それが読まれ、恥ずかしながら乗客がいるのに「これ、私の送ったやつです」と、柄にもなくはしゃいだこともあった。読んだのが感情を持たない機械だとも知らずに。


 

 都内の道路は渋滞することなく、流れている。走っている車は輸送トラック、タクシーやバス、社用車、たまに自家用車。運転席に人間が乗っているのは、よほどの運転好きが乗る自家用車くらいだろう。輸送トラックは自動運転で、助手席に荷物の上げ下ろしを行うAIヒューマノイドが乗っている。


 茂森のタクシーが赤信号で停車する。右車線にコンビニの配送トラックだ。


 助手席のヒューマノイドが運転席の茂森を見た。茂森はヒューマノイドのこの見方が苦手だ。人間なら相手に悟られないよう、頭を僅かに動かし、視界の端で見て、すぐに視線を外すだろう。だが、ヒューマノイドは、体を前に向けたまま、首から動かすようにこちらを見る。見るでもなく、というようなチラ見ではなく「見る」のだ。


 それはロボット然とした動きではなく、人間同様のスムーズな動作だ。だからこそ、違和感がある。不躾というか、不気味に感じるのだ。


 もちろん悪意はなく、隣に人間が運転している車がいる、事故の発生確率が上昇した、くらいにしか思っていないだろう。いや……単に茂森がヒューマノイドかどうか確かめるため、個体情報を受信しようとしているのかもしれない。


 実際、自動運転の車は事故を起こさない。自動運転同士は、皆無といっていい。事故は、人間が運転する車に巻き込まれた場合に限られるのだ。ついには、人間に車を運転させるべきではないという論調も出始め、運転していると、歩行者から白い目で見られることもある。


 まぁいい。それも今日で終わりだ。帰庫したらもう車を運転することもない。


 予約時間の五分前に、常連の顧客、白井のマンションに着いた。端末を操作し到着を知らせる。到着は早過ぎてはならない。お客様をせかすことになるからだ。五分前がちょうどいい頃合いだろう。


 やがて、スーツを着た白井がマンションの正面玄関から出てきた。手を挙げて挨拶する、ふくよかな六十代の男性、中小の物流会社を経営しているそうだ。


「おはようございます。いつもご予約ありがとうございます」


「おはようございます、茂森さん。いよいよ今日ですか」


「ええ、お陰さまで、なんとか。会社の方でよろしいですか?」

 出張でない限り、行き先は物流会社だ。通い慣れたルートを頭に浮かべながら茂森は言った。


「あぁ、お願いします。……いやぁ茂森さんの引退試合に予約できてラッキーでしたわ」

 引退試合、野球好きの白井らしい表現だ。


「ありがとうございます。最近、贔屓のチームはいかがですか? 調子の方は」

 茂森はタクシーを発車させながら、世間話を振る。


「いや、もう全然。今年入った助っ人ノイドの性能がイマイチでね。人間相手に打てない、投げれない。もう散々ですわ」

 助っ人外国人ならぬ、助っ人ノイド。各球団が一人ずつ、というか一台ずつヒューマノイド選手を登録できる。優れたノイド選手は性能と球団のカスタム次第で投打に圧倒的な成績を叩き出す。

 

「そうですか。それは困りましたなぁ。確かシーズン中はノイドの入れ替えはできない決まりでしたか。チームのエンジニアがなんとかするしかありませんなぁ」

 茂森はそう言って、いつものようにメイン通りから裏道へ曲がる。メイン通りは渋滞こそないが、多少混み合う。車通りのない、裏道を行った方が早く到着するのだ。


「うーん、調整でどうにかなるレベルかなぁ……あっ、茂森さん、ごめん。そっちの道、工事中で通れんわ。言うの忘れとった」


「そうですか、失礼しました。では別ルートで行きます」

 茂森は難なく別ルートを思い浮かべて、十字路を右折した。


 すると、白井が言いにくそうに間を置いて、

「ごめん、茂森さん。この先の抜け道も工事中だわ」


 キッという僅かなブレーキ音。少し停車が急になってしまった。なにより、お客様に二回も謝らせてしまったことに、茂森は動揺した。

「白井様、私の下調べが足りず、申し訳ありません。諦めて、メイン通りに戻らせていただきます……」

 きっと、自動運転のナビゲーションなら、どんなに小さな工事でも情報が反映されていただろう。


 茂森は動悸を落ち着かせようと、ふぅと深呼吸をした。メイン通りに戻るべく、先の十字路をゆっくりと右折しようとしたその時、曲がる先の通りから自転車が猛スピードで飛び出してきた。


 キキッ!

 驚き、タクシーを急停車させてしまう。飛び出した自転車は、間一髪、激突を避けて、何も言わずに行ってしまった。


 ぜぃ、ぜぃ、ぜぃと荒くなる呼吸。急停車など、何年振りだろうか。ハンドルに両手を置き、塞ぎ込む茂森。額とこめかみから汗が流れた。


 後部座席から白井が心配そうに声を掛ける。

「茂森さん……大丈夫かい? 気にしないで、ゆっくり行けばいいよ。多少遅れたって私は構わないから」


 お客様に気を遣わせている。これが潮時ということか、茂森は苦渋の決断をした。

「本当に申し訳ないことですが、白井様……この後は自動運転に切り替えても、よろしいでしょうか?」


 紅潮し汗をかいた、悲痛な笑顔の茂森を見て、白井はただ頷くしかなかった。


【最後のタクシードライバー 終 】

 

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