71 トムスカナ領の魔獣討伐
ヒュストに乗って10分ぐらいすると、スピードが緩くなってきた。
どうやら目的地が近いようだ。
これから、他人の前で喋る時は男言葉にしないといけないから、極力喋らずにすませたい。会話はトムスカナの支所長に任せよう。
喧騒が近づいてきた。
ドリスデンで見た光景だ。
逃げ惑う人々と、魔獣を抑えようと戦っている人。ならば、転んだ子供と母親らしき人もいるのでは?
キョロキョロと探していると、目の端で子供が転んだ。子供を狙う魔獣に立ち向かう母親らしき人、その前に飛び込んで魔獣を倒し、なるべく低い声を出す。
「子供を連れて早く逃げろ!」
「ありがとうございます!」
その女性は、子供を引っ張り起こすと、急いで避難所に向かって走っていった。
私はホッとした。一番の目的は果たした。
後はいつも通りの討伐だ。騎士団の責任者は何処だろう?
倒した魔獣を持ち帰れるよう、予め話をしておかないとトラブルの元だ。
トムスカナの支所長に、騎士団の責任者と話をつけるよう伝える。きちんと話がつくまでは、被害が出そうな場合のみ、相手の了承を得て割って入る。助けが要らないならそれはそれでいいのだしね。
被害が出そうな人がいないか警戒しつつ待っていると、
「Sランクが出たぞ!」
と、怒鳴り声のような、悲鳴のような声がした。
そちらを向くと、ティラノサウルスとゴジラをミックスしたようなのが、尻尾を振り回していた。
何だか急に湧いたわね?
二足歩行の時の高さは約20メートル、頭から尻尾の長さは33メートルっていうところかな。
容姿はゴジラに近いけど、バランスでいうと顔がでかくてティラノサウルスっぽい。
どうやら、建物を壊して、中から逃げ出そうとする人を捕まえようとしている。非戦闘員を狙うところに知恵を感じる。
「おお、大物ですね!お嬢様、どうしますか?」
商会の従業員は、私なら楽に討伐出来るのを知っているから余裕がある。
「取り敢えず、捕まりそうな人の所に行っていなしておくわ。喋る方はお願いね」
「了解です」
私はヒュストに乗ったまま一気に駆け付けると、Sランクの腕を弾いた。
ヒュストの跳躍が予想以上でちょっと吃驚した。
ヒュストは、
『契約して主の魔力が自由に使えるようになったのでな』
と思念で伝えてきた。
こんなに動きが違ってくるなんて驚きだ。
何度かいなしているうちに、Sランクもイラついてきたようだ。
地団駄を踏むと、大きな声で吠えて威嚇し、私に狙いを変えて向かって来た。
‥‥生意気ねっ!こっちは倒さないように相手するのが面倒なのに!サクッと殺りたい、サクッとー!
素材に旨味がなければサクッと殺ったものを!
このSランク、通称を"昇天"と言うくらい美味しいらしいのだ。
勿論、超危険魔獣なので、味だけでなく討伐も命懸けだからの通称でもある。
そして、あの尻尾のゼリー質の所が、すごーく美容にいいらしい。
高級すっぽん以上に、お肌プリプリプルプルの効果があるらしいのよね。
あれが18メートルもあるのだ。うふふー。
同じ種類でこれより小型なのもいる。
Aランクでそれも十分に美味しいし、お肌はプリプルになったけど、Sランクになると次元が違うらしい。
世界グルメ百科に載ってた。
全身余すことなく高級素材だ。傷つけないように倒さないと。
それにしても、交渉に時間が掛かっているわね。
「交渉決裂です。すみません!」
トムスカナの支所長が駆けてきた。
ふーん、そっか。
誰が責任者なんだろうね。
欲深タイプか、プライドタイプか、このまま私たちに相手をさせて、弱ったところを騎士団で止めを刺して、手柄と素材の横取りってとこかな。
こういうことは初めてじゃない。私は右手を挙げて合図を送った。
喋るのを任せた従業員が、大声で
「交渉は決裂!撤収!」
と触れてまわった。
こうなると、商会の従業員は非戦闘員が逃げているのを確認、逃げ遅れている場合は逃がしてから撤収することにしている。
後味悪いのは嫌だからね。
私は昇天の相手を止めた。
バイバイ高級素材。運が良かったわね。
戦線離脱しようとしているのに気付いた昇天が、追い討ちをかけようとしたけど、目に魔力を込めてジロッと睨んだら、ビクッとしてそそくさと方向を変え、私から離れようと猛ダッシュで逃げ出した。
逃げるだけの余裕があるのは流石Sランク。
Aランクぐらいなら、一時的に金縛りされたみたいに動かなくなるからね。
逃げる方向が市街地なんだけど、まあ、もう避難は終わってるよね。
私たちが危ないところを助けた戦闘員(騎士団員・警備員・ギルドの人)からどうしたのか聞かれたので、正直に討伐と素材採取の許可が貰えなかったので引き上げると言った。
非戦闘員が逃げるまでのサポートはしたし、素材がもらえないのにこれ以上戦う義務はない。
商会は戦闘職と違うからね。戦闘職の人たちの健闘を祈ってお別れした。
私たちは商会に戻った。
素材を捌くために待機していた従業員たちに経緯を説明して、折角集まってもらったのにごめんね、と謝った。休みだった人にはあとで特別出勤手当でも出そう。
私は着替えて一息ついた。ああ、お茶が美味しい。
そこでヒュストから思念が届いた。
『主、別の場所に魔虫の大軍が押し寄せているらしい』
そして目の前に光景が映し出された。
ここは風の谷か!というくらいに蠢く魔虫の大群にゾッとする。
虫は苦手なのよー。




