70 名付け
トムスカナを巡回するにあたり、巡回班を分けた方が良いのではないか、との意見が出た。
トムスカナと言っても広いので、魔獣が何処に出るか分からないなら手分けした方がいい、という意見は最もだ。
ただ、私が見た光景が真実なら、分散していては手に負えない。魔獣の数が多いから漏れが出るのだ。
今、商会の主力は本来行く予定だったモンテネロにいるので、ここにいる全員で対処しないと難しいだろう。
本当にいざとなったら、威圧するという手段はあるけど、極力したくない。
多分、魔獣だけでなく、人間も威圧を受けて使い物にならなくなる。
固まっている人と魔獣の中で、ただ一人延々と魔獣のみ倒していく作業を考えると気が遠くなりそうだ。
それなら、むしろ一人で行った方がいい。
「最もな意見だわ。
でも今回の規模を考えると、一緒に行動した方がいいのよね。
それに多分、この魔獣が連れて行ってくれると思うのよ」
スピード狂の魔獣は胸を張り、任せろ、という風に頷いた。
「お嬢様、その魔獣、本当に魔獣ですか?
どうも言葉を理解していて、おまけに何だか偉そうで。
それと、流石にそろそろ名前でも付けたらどうです?
もうお嬢様専用ですし、お嬢様以外乗せようとしないんですから」
「それもそうね。
いつまでもこの魔獣とか、あの魔獣とか、スピード狂の魔獣じゃ面倒ね。
そうねー、スピコってどう?」
魔獣はツンとそっぽを向いた。
従業員たちも、それはないよ、という顔をしている。
そうは言っても、私にネーミングセンスはない。
スピードが好きだからいいと思ったんだけどなー。
スピードが駄目なら、そうね、速いのが好きだから、
「速いといえば、はやて、ひかり、こうそく、じんそく、マッハ、ワープ、しゅんかん、せつな、うーん...」
魔獣はそっぽを向いたままだ。
そう言えば、以前追い駆けてきた伝説級は速かったわね。
名前を教えてもらったけど、呼ぶことはないと思っている。それを拝借したらいいかも。
あの伝説級は、ヒュストカイレエリリャカンタルーフアワドニースラトゥマルムという、長くて呼びにくくて呪文のような名前で、聞いた瞬間覚えられないと思ったけど、何故か脳裡に刻み込まれているのよね。
「じゃあ、ヒュストでどう?」
そう言うと、ちょっとビックリしたように頷いた。
何だか人間みたいで、魔獣ってこんな風にビックリするんだ、と意外に感じた。
「では、あなたをヒュストと命名します」
そう言った途端、ヒュストと私を包むように空気がうねった。
ヒュストの額に紋様が出て消えた。
私の額も熱くなったけど、直ぐに治まった。
自分で自分が見えないから分からないけど、多分ヒュストと同じような紋様が額に出て消えたんだろう。
次にヒュストは淡い光に包まれた。
灰色だった毛が白く艶やかになり、額に金色の短い角が一本生えて、光の翼が生えた。体も一回り大きくなり、金色の鬣らしきものが生えてきた。尻尾の毛もフサフサになって金色になった。目の色が薄い灰水色から輝くエメラルドに変わった。
私は愕然とした。
これじゃ特別感ありまくりで、目立ち過ぎるじゃないのー!!
商会の皆が、おー、とか、まー、とか声をあげる中、
「ヒュスト、ちょっと目立ち過ぎ。これじゃ乗れない」
とクレームをつけた。
すると思念のようなものが来た。
『我は我のことが見えぬのだ。どうなっている?』
「誰か、大きな鏡持ってきて。ヒュストが映るくらいのやつ」
全身が映る鏡を持ってきて設置すると、ヒュストはその前に移動して自分をシゲシゲと眺めた。
『おー、やるではないか主。我の姿は主によって変わるのだ。中々格好いいではないか』
「いや、目立ち過ぎでしょう。私は目立ちたくないのよ。前の姿に戻ってちょうだい」
『前の姿が分からぬ』
「色は灰色で、角も翼も鬣もないわ。目は薄い灰水色で、体も一回り小さくて、尻尾の毛量は半分ぐらいよ。尻尾の色は体と同じ色よ」
ヒュストはムムと唸るようにして、体色を灰色にして角と翼と鬣を消し、尻尾を元に戻し、目の色は薄い水色にした。
でも以前と比べると灰色が明るいし、目の色は違うし、体は大きいままだ。
『今は変装しておるのだから、これくらいでいいだろう?』
確かに変装中だから、身バレしないためには却ってこっちの方がいいかもしれない。
「そうね。この変装の時はその姿でお願いするわ」
『分かった。そろそろ行こう。諸々のことは後にせぬと助けが間に合わぬ』
「ああ、そうよ。何故そんなことが分かるの?
ま、それも後で聞くわ。取り急ぎ出発しないとね」
私は皆に合図を送ると、ヒュストに乗った。
『他の魔獣たちでは、我のスピードに追い付けぬ。
主、魔力を借りるぞ。他の魔獣たちも魔力で補助して連れていく。
使役している者たちにも伝えてくれ。スピードが出るから落ちぬように』
「分かったわ。
皆、これからヒュストの能力で、魔獣たちのスピードをあげるわ。落ちないようにしっかり掴まってちょうだい」
私たちは出発した。
私にとってはいつものスピードだったけど、従業員の皆にとっては未知の世界だったようで、速すぎて死ぬかと思った、と後程言われた。




