tame5 ウェアウルフ/ミノタウロス 後半
町で解毒薬を大量に買い込み、大急ぎでミノタウロスの待つ森へと戻る。
遠目から指定の場所を探すと――彼はその巨大な身体を丸め、うまい具合に両腕を掲げて「木のマネ」をして周囲に溶け込もうとしていた。注意深く見ないと確かに気づかないレベルなのだが、あまりにもシュールなその光景に、見つけた瞬間、俺は思わず大爆笑してしまった。
「むぅ……笑わんでくだされ。こちらです」
そのせいでミノタウロスは少し落ち込んでしまったが、村まで案内してくれる。
「着きました」
そこはきっと人間と関わらずに、静かにミノタウロス達が自給自足で暮らしていた場所だったんだろう。
それが今では怪しい紫色の煙が立ち込め、この村の外を誰一人として歩いていない。
そういえば俺も麻痺毒の影響は受けてないように感じている、現に体は普通に動く。
「おそらく、[感覚共有]スキルの影響ですね。ボクは元々、あらゆる状態異常への耐性が極めて高いので!」
ずっと黙っていたティアが口を開くそういう事か、ティアがいてくれて助かった。もしいなかったと考えると……いややめておこう
「毒にやられたモノたちは、こちらです」
ミノタウロスに案内されたのはかなりデカイ木造の家だった役場か何かかここは? そこに大勢のミノタウロスが寝かされていた。
「一つだけ分かってほしいことがある、これでダメだったら原因を解決する以外手がない、それに、いつ身体が動き出すかは彼らの回復力次第だ」
「承知しております」
ここまで連れてきてくれたミノタウロスに解毒薬を渡す、それを別のミノタウロスに渡すと倒れている同胞たちの口元へ丁寧に流し込んでいった。
「うっ……」
体が頑丈そうな大人ミノタウロスにはすぐ効果が現れたのか起き上る、だが子供の方は回復力の問題かすぐ動き出したのは少ない。
「やはり、薬だけではキリがありませんな。大元を消し去る必要があります」
あの渋い声のミノタウロスが戻って来てそう零す
「だな、薬でどうにかなるけど…ずっとそれでどうにかできる訳じゃない」
――――クエストリストが更新されました―――
俺がそう言うと視界右下にそういう文字が見える。クエストリストのウィンドウを呼び出すと
【"ヴァルガ教"を討て
彼らの自由を奪う教団、ヴァルガ教の教団員を倒さなければこの霧は晴れない! 今すぐ森の奥にある教会の破壊と団員を倒そう! ※特殊条件:テイマー・ソロ限定】
というクエストが発生していた。テイマー限定の文字を見て思い出すのはルーさんとのメッセージのやり取り
※※※
『一番最初の町のすぐ横にある森って誰か住んでたりするんですか?』
『そう言う話は聞かなかったなぁ、というかあそこの森はテイマー以外だとシステム的に近寄れなかったし、テイマーになっても近寄ったらすぐ麻痺になって強制送還された場所だよ?』
『分かりました、ありがとうございます』
※※※
ヴァルガ教、これこそが全ての元凶だろう。だがこいつは恐らく強敵、下手すればレベルも上だ。
ゲームにおいてステータスという数字の羅列は絶対だ、1でも大きい方が強い、10も開いたらまず攻撃が通りにくくなる、100も離れれば一発もらって生き残ってたらラッキー、1000も離れたら撫でるだけで殺されそうだ。
「ティア」
「はい!」
肩に止まっているティアに呼び掛ける。
「今回もお前が頼りだ、しかも今回は俺が前衛の真似事できるかも分からねえ」
「お任せください」
力強く頷いてくれるティア、それに続いて
「ドラゴニア殿。一時的に、私も貴殿の指揮下に入らせていただきたい。同胞を傷つけた不届き者、この手で叩き潰さねば気が済まぬ」
渋い声のミノタウロスが殺意全開の雰囲気でそう言ってくる、これで前衛は心配なさそうだ。
「助かるよミノタウロス、ただ周りと見分けつかないし呼びにくいから今後は大将って呼んでいいか?」
「好きにお呼び下さい」
渋い声のミノタウロス、改め大将が一時的に仲間になってくれることになった。一方ウェウルフは……
「だ、大丈夫です……っ。囮、くらいなら……なんとか……っ」
声が裏返っている。だが、怯えながらも「役に立ちたい」という本人の確かな気持ちが伝わってきた。なら、マスターとしてやるべきことは一つだけだ。
俺は歩み寄り、怯えるウェアウルフの頭の上に、ポンと優しく手を置く
「ウェアウルフ、三つだけ絶対に守って欲しい命令を言うわ」
「はい?」
首をかしげるウェアウルフ、俺はそんなこいつの頭の上に手をポンと置く。
「一つ、仲間を信じろ、敵が強くてもお前は一人で戦うわけじゃない。二つ、マスターである俺を信じろ、俺はお前を見捨てない、捨て駒にするつもりはない。三つ、お前自身を信じろ、確かにお前はティアより弱かったかもしれない。だが事態をここまで早く解決一歩手前まで持ってこれたのは紛れもなくお前という存在がいたからだ、だからこれからもできる範囲でいいから力を貸してくれ。」
実際問題、俺はこのゲームを始めたばかりの初心者だし、ティアも世界の知識には乏しい。彼の持つ野生の知識と鋭い観察眼は、俺たちにとって最高の武器なのだ。あとは、彼が自分に自信を持ってくれれば――。
「分かり……ました」
まだ少し縮こまってはいるものの、その瞳には確かに小さな光が灯ったように見えた。
「よし、行くか」
今は事態を終息させることが先決だ。
※※※
紫色の不気味な煙が、徐々に濃くなっていく方向へと足を進める。
歩くこと数十分。森の最奥の開けた場所に、ついに元凶を発見した。鬱蒼とした木々の間にポツンと佇む、ボロボロの廃教会。いかにもな雰囲気が漂っている。
「大将、ウェアウルフ、準備はいいか?」
「私はいつでも」
と言って斧を構える大将に対して
「……」
「ウェアウルフどうした?」
反応が無いと思ったら突然ウェアウルフがパタリと倒れる。それと同時にこいつのアイコンの上に麻痺状態を表すアイコンで出てくる。
「おい!」
紫色の不気味な煙が、徐々に濃くなっていく方向へと足を進める。
歩くこと数十分。森の最奥の開けた場所に、ついに元凶を発見した。鬱蒼とした木々の間にポツンと佇む、ボロボロの廃教会。いかにもな雰囲気が漂っている。
「悪い……」
隠密失敗、間違いなく戦犯俺です。
「謝罪など後です! 貴殿はウェアウルフ殿の治療を! ティア殿、背中は任せますぞ!」」
「はい!」
大将は俺に代わって素早く的確な指示を飛ばすと、すぐさま突撃を開始した。
「オオオオオオオオオオオ!!!!」
持っていた斧をまるで棒きれの様に振り回しながら突撃する大将、ティアはその大将にヒーリングオーラを掛ける体制に入っている。
「マス……ター……」
ウェアウルフの弱々しい声が聞こえる、と同時に何かがぶつかり合う音がする。教会の方を向くと黒い聖職衣を着た人間が一人立っていた。体格的に男か? 顔はフードのせいで良く見えない。
「騒がしいと思ったら森の動物がちょこまかと……」
状況を確認して、俺は目を見張った。男はなんと、大将の渾身の斧の一撃を、自身の『腕』だけで、平然と受け止めて止めていたのだ……まじかよ。
そこにすかさずティアがレイ・ブレスを放つが。
「ふん」
男が鬱陶しそうに手を一振りしただけで、光のブレスはあっさりと霧散した。あのカソック、あるいは男自身の魔法防御力が異常に高いのか。
俺は焦る気持ちを抑え、ウェアウルフの口に解毒薬を流し込みながら、奴を倒す算段を必死に考える。
「マス、ターこちらに、構わず、他の……」
「黙ってろ!」
「おやおや。素晴らしい手駒をお持ちのようですな。であれば、そちらの地を這うだけの『雑魚』など、もはや不要なのでは?」
……見下したような目で見る相手をよそに解毒を続ける、一々癇に障る声だ、人の神経逆撫でするのが大好きらしい。
「おっと失礼、吾輩ヴァルガ教七司教が一人、ベインでございます」
「んで、その偉そうなベイン様がこんな辺鄙な場所で何してるんですかねぇ?」
精一杯の皮肉を込めて煽り返すが、ベインは表情(フードの奥)を一切変えない。効いていない。
「それはもちろん、ヴァルガ様に仕える"手駒"を増やすためでございます!」
「へぇ その後どうするの?」
そう言いながら小声でティアと覚醒の詠唱を始める。最悪ブレスが撃てなくてもあの状態なら爪や牙で何とかできるだろうという考えだ。
「無論、ヴァルガ様の祝福を受けない異教徒の掃除ですよぉ! 欲とは素晴らしい! 欲それはすなわち生物の動力源であり根源、欲!欲!欲! ヴァルガ様が再び降臨されれば全ての生物は我慢なんてくだらない枷から解放されるのでございます!」
……狂信者のご高説、どうもごちそうさま。
だが、その狂った演説のおかげで、こっちの準備は100%整った。
「ミノタウロス、下がりなさい!」
「承知した!」
ミノタウロスが大きく下がると、覚醒したティアがその爪でベインに斬りかかる。が
「無駄ですよぉ? 無駄無駄ぁ!」
直撃したと思ったのに効いていない。どうなってるんだこいつは。幻影か何かの類か?
「では、ここで野垂れ死んでいただきましょう……さぁ、晩御飯ですよ手駒達!」
そう彼が叫ぶと茂みの影から現れたのは二足歩行の狐、コボルトと呼ばれる狐型の魔物やウェアウルフ、それに……ミノタウロスが複数姿を現すが全員立ち方がおかしい、操られてるのか? そいつらは一斉にこちらに襲い掛かってくる。
「原因の調査に出てた村の若い衆です! まさかこんなことになっているとは」
大将が悲痛な声をあげる。
ティアに「全員まとめて消し飛ばせ!」と命じれば一発だ。だが、ここで大将の村の若い衆を巻き込んで消し飛ばしたら、後味の悪さは最悪だし、何より今後の関係(クエストの派生フラグ消失とか)に関わるって!
敵集団が目の前に迫る。クソ、どうする――。
「ありがとうございましたマスター、そして一つお願いがあります」
不意に、背後から凛とした声が響いた。
見やると、麻痺から完全に回復したウェアウルフが、その鋭い眼光をベインへと向けて立ち上がっていた。
「心の枷を打ち破るために力を貸してください」
"ウェアウルフに新たなスキルが追加されました"
【進化:新たな姿へと変わる】
彼の言葉と共に無機質なシステムメッセージの音声が鳴り響く
「オーケー」
ならば思いっきり背中を押してやろう
『私は敗者だ、牙は届かず、己すら守れなかった』
―――自信なんて後からついて来る、だからこそ
『それでもまた立ち上がるんだろ?』
彼の詠唱を詠唱で否定する
「大将、すまないが我は主とウェアウルフの護衛に徹する! 下手に攻撃すると、爪が掠めただけで貴殿の村の人たちを殺してしまう!」
「承知した! ならば私は同胞含めて、片っ端から峰打ちで殴り倒して目を覚まさせてやろう!」
感覚共有のお陰かティアと話さなくても意図が通じるのが心強い。そう言った瞬間にはティアはすぐにこちらに来るとその大きな翼で俺達を覆う。
『敗北を知った、喪失を知った』
『だが挫折を知ったものは二度と失わない』
――だからこそ今一度。
『意地を示せ』
『意地を示す』
『『――進化』』
詠唱が終わった瞬間ウェアウルフの身体が爆発的な純白の光に包まれた。
光の中で、彼の四肢が、骨格が、凄まじい密度で巨大化していく。
光が弾け飛んだそこにいたのは、全長5メートルを超える、圧倒的な威風を纏った巨大な狼。
くすんだ灰色だった毛並みは、一点の汚れもない神聖な雪景色のような純白へと変わり、覗く牙は鉄をも容易く噛み砕くほどに太く強靭に。そして、かつて恐怖に染まっていた赤色の瞳は、今はどこまでも深く、澄み渡った『蒼』へと変貌を遂げていた。
、――大急ぎで彼のメニュー画面を呼び出す。
【ヴァウガルム:
パッシブスキル(常時発動)
[感覚共有]:召喚者とすべての五感・ステータスを共有する。
[迅雷]:自身のAGI(敏捷性)ステータスを極限まで上昇させる。
[狼達の王]:自分より弱い周囲のウルフ系の魔物を、自身専用の配下ファミリアとして強制的に従える。
[先駆け]:戦闘における自身の初撃が、確定でクリティカルヒットになる。
アクティブスキル(任意発動)
[スタンチャージ]:超高速の突進により、高確率で対象にスタンを付与する。
[シャウト]:3分間、パーティーメンバー全員のAGIを大幅に上昇させる。
[ファントムリッパー]:自身のAGIを爆発的に上昇させた後、広範囲の敵を高速で切り裂く。
[ブラッディ・イェーガー]:自身のAGIを超極大上昇させ、単体ターゲットを確実に仕留める。
】
これが『進化』……ファミリアには覚醒以外に、こういうルートもあるのか!
「よしヴァウガルムやっちまえ…って」
……って感覚共有?
「――っっっ!? ぐ、あぁあ……!?」
急に視界が歪む、360度世界が見える感覚が気持ち悪い視界から入ってくる様な感覚だ。情報が、情報が多すぎて気持ち悪い。
「行くぞオラァ!!」
これまでのオドオドした態度が嘘のような、天地を震わせる咆哮を上げてロボが突撃する。
ロボの身体が『迅雷』の速度によって青い残光へと変わり、俺の脳内視界の中で世界が超高速で回転し始めた。敵集団の間をジグザグに駆け抜け、突進一発でコボルトや操られた魔物たちをボーリングのピンのように次々と吹き飛ばし、スキル[スタンチャージ]で綺麗に気絶させていく。
強い。圧倒的に強い。――強いのだが!!
「あ、頭が割れるぅううう! 目が回るぅうううう!! 吐く、これマジで吐くってぇええええ!!」
これは正直目が回る!!
「っあぁああああああああああ!?」
「主!?大丈夫ですか、しっかりしてください!?」
ティアの心配する声がする、だがこのままだとこいつはロボを止めにかかってしまう
なんとか声を絞り出してティアを制止する。冷や汗が止まらない。ここは俺のリアルな忍耐力がすべて。耐えろ俺の三半規管!
「と、止めるなティア……ッ! ロボ、そのままいけぇ!」
ウェアウルフにも名前つけてやらないとって思ったら自然とその名前が出てきた
「応!!」
と言った瞬間、ロボはベインの背後にいた。
「は?」
フードの奥で、ベインの余裕に満ちた声が初めて驚愕へと染まった。
ああ、もう、クソ喰らえだ! この凄まじい気持ち悪さのケジメは、テメェに取らせる。
「雑魚って言った奴に食われて逝っちまえ!!」
それが合図だった。ロボは巨大な顎を開くと、ベインの身体をカソックごと容赦なく一口で喰らいつき、そのまま上空へ跳躍。落下の勢いを利用して、その牙でベインの身体を完全に噛み潰した。
これが単体超特化スキル――『ブラッディ・イェーガー』か。
当然、ゲーム的な配慮により過度な流血描写などは一切ないが、ベインの身体は盛大な光の粒子となって四散し、完全に消滅した。
「ロボ」
彼がドスドスと大きな足音を立てて近寄ってきた。以前のなよなよした雰囲気は微塵もなく、堂々とした風格だ。
「呼んだか?」
名前を呼べばすぐに来る。以前とは違ってもうなよなよしてはいない。
「もう前を向けるか?」
「マスターが信じてくれる限り、永遠の一番槍ならぬ一番牙になりましょう」
荒々しい口調が一転、どこか茶目っ気のある笑みを浮かべるロボ。デカくなっても、強くなっても、根っこにある俺への信頼と優しさは進化前のままでいてくれたらしい。
「進化、覚醒、貴殿のファミリアはホントに無限の可能性を秘めていますな……」
そう言いながら現れたのは痣だらけになった大将だ、どこかに行ってたかと思えば背後には大将が若い衆と呼んでいたミノタウロス達と洗脳されていた魔物の集団がいた。
「少しこいつらと話しておりました」
そういうことか、納得。そこに
「いやーすごいね君、こんな短期間にファミリアを二体も可能性の先に届かせるなんて」
――――パチパチと拍手しながら喋る中性的な声、これは……上か!!
「初めまして未来の魔王、ボクは抑止力の一人"神楯のゼウス"」
廃教会の上、十字架の上に銀髪の人間が張り付いたような笑顔をしながら立っていた。




