tame9 中立サキュバス
ログインして待ち合わせの洞窟前にテレポート用のアイテムを使ってきたけど昨日の夢が頭から離れない。
「あぁああああああああああできねええええええ」
それを誤魔化すようにルーさんが来るまでに何個かスキルを構築しようとメニュー画面を叩き続けているのだが、雑念が多すぎるせいか思ってたのと違うものばかりで、一向にまともなスキルが完成しない。
「ご主人、"向こう"で何かあったのですか?」
一緒に並んで待機しているロボや姉御には気づかれていなさそうだったが、流石に一番付き合いの長いティアの観察眼は誤魔化せなかったらしい。心配そうに顔を覗き込んでくる。
「あー……ちょっと変な夢を見てな」
流石にただの夢だと思いたい、だがこの引っかかるものは何だろうか……
「そう、ですか……ボクは夢と言うものを見ませんが、人間は考えさせられるものを見る時があるんですね」
夢と聞いて会話を続けられなくなりしょぼくれてしまうティア、やはり魔物は夢とか見ないのか……
お前は悪くないと口にするのが恥ずかしくて頭を撫でて誤魔化す。そこに
「ごめーん!」
と謝りながら駆け寄ってくるルーさん。単に俺が早く来すぎただけなんだよなぁ……
「っても待ち合わせ三十分前っすよ?」
時計を見せながらそう伝えると
「あれ? あはは……お互いに早く来ちゃったのね」
メニューから現実の時間を確認して苦笑いするルーさん。
「まぁ早いことに越したことはねぇ、さっさと行きましょうぜ」
少しだけ不良っぽい、ガラの悪い口調で喋り出すロボ。本人曰く、「ちょっと暴君みたいな強い雰囲気を漂わせておかないと、ウェアウルフ族の長なんてやっていけない」らしい。舐められたらすぐに若い奴らが頭領の座を狙ってくるという魔物界のシビアな事情があるようだ。
ただ、主である俺から見ると、無理して高校デビューした息子を温かい目で見守る父親のような気分になってしまい、最高に微笑ましくて可愛い。子供なんていたことないけど。
「うん、そうだね。じゃあ行こっか!」
ルーさんの合図とともに、俺たちは薄暗いインスタンスダンジョンの洞窟へと足を踏み入れた。
※※※
それから、行く手を阻むダンジョンの魔物たちと戦闘を交えながら進むこと数十分。
俺たちは、一時的に敵の再出現が止まる安全地帯と思われる広間に辿り着いたのだが――。
「挫けそう……」
俺一人だけ、広間の隅っこで体育座りをしてガチでいじけていた。
道中の戦闘、凄まじかった。前衛のルーさんをメインにして、ティアが上空から援護し、ロボと姉御が長年コンビを組んできたかのような完璧な連携を見せて敵を瞬殺していったのだ。
対して、この俺はといえば――ただの一歩も動かず、後ろの方で腕を組んで、偉そうにファミリアたちに指示を出していただけ。完全に寄生(お荷物)である。
「い、いやほら! テイマーって職の仕様上、メインの戦闘は全部ファミリアに任せるものでしょ? ニア君はちゃんと後ろで全体を見て指揮してたじゃない?」
ルーさんからの必死の慰めが、逆に今の俺の心に深くグサグサと突き刺さる。俺これじゃあ、戦いもしないで口だけ出すただの『指示厨』じゃねえか……
「マスター、俺様達にとってはマスターが高いHPをキープしてどっしり立ち続けていることが戦い続ける動悸になりやす」
「なのでニア様には出来れば後ろで立っていてください」
「ご主人の健在こそ、ボク達にとって最強のバフなんです」
「お前らぁあああああああ!!!!」
感極まって三匹の顔を抱き寄せる、そうだよな俺がこいつらに「信じろ」って言ったのに俺が信じられてないじゃないか。
「いい子達ね」
後ろで三匹の後ろで置いてけぼりを食らっていたルーさんも口を開く、ただ表情は怒っているというより羨ましそうな表情だった。
「――だからこそ、初連携の私の動きにも、あんなに完璧に合わせるように動けたのかな?」
「え?」
腕の中の三匹を見る。現在の俺のレベルは、内政放置の経験値のおかげであれからさらに少しだけ上がり、Lv.60。
対してルーさんは、廃人プレイヤーたちが到達している最高峰のLv.98よりは少しだけ低いが、それでも間違いなく最前線組のLv.95だ。35もの圧倒的なレベル差があるのに、こいつらがルーさんの超スピードの立ち回りに合わせていただって? いやいや、あの神速の剣劇に並走できる時点で、うちのファミリアたち、普通におかしいだろ!?
「「「いえ、付いて行くのがやっとです」」」
三匹の口調が綺麗にハモる。あ、やっぱりそうですよね、うん。
こうしてファミリアたちが他のプレイヤーとも打ち解けているのを見るのは純粋に嬉しいが、同時に、主としてちょっとだけ妬けるな……なんて、他愛もないことを考えていた、その時だった。
不意に、奇妙な感覚が走る。
ルーさんでも、ファミリアの三匹でもない――どこか別の場所から、なんかねっとりとした『第三者の視線』を感じる。だが、周囲を見渡しても誰もいない。
「ご主人?」
当たりをきょろきょろ見回す俺に気付いたのはティア、続いてルーさんが刀を構えロボが辺りのニオイを嗅ぎ始め、最後に姉御が弓を構える。
「何かいる?」
ルーさんも何かがいることを察知しているが姿までは捉えていない様子。
「……部屋の空気に、僅かですが『人間』でも『魔物』でもない、妙に甘ったるい臭いが混じってやす。恐らく、姿を消した襲撃者かと!」
ロボがそういうならきっとそういう奴の臭いなんだろう、半分人間で半分魔物……と考えるか?
「……そこか!!」
目を閉じ、音を聞くことに集中していた姉御が矢をこちらに放ってくる。
……こっち!?
「ニア君動かないで!!」
ルーさんが叫ぶのとほぼ同時だった。
姉御の放った矢が、俺の顔面のわずか数センチ右側の空間で、何かに突き刺さるようにしてピタリと止まる。すかさずロボが俺の左側へ、ルーさんが右側へと肉薄し、それぞれ鋭い爪と鞘に入った刀を、俺の『背後の空間』へと突き出して動きを止めた。
「動かないでください、既に貴女は詰んでます」
終いにはティアが上空からその空間に向かって魔方陣で狙いを定めている。
何がいるんだ?
「へぇ、分かるんだ」
鼓膜を優しく撫でるような、ここにいる誰のものでもない妖艶な女性の声が響いた。これが、敵の声か。
と同時に、俺の視界の端に変なものが映り込む。俺の左肩に回される、白く滑らかな女性の細い腕。右側では、その女性の手が姉御の矢を素手で掴んで止めている。
さらに、俺の背中に、じわりと柔らかくて、かつ、少しだけ弾力のある二つの肉球のような感触が押し付けられた。
……柔らかい感触と、めちゃくちゃ柔らかい感触。
「な……」
ルーさんが驚いたような声を漏らす、まさかだけど……
「魔王ちゃんに問題でーす、この背中の感触は何でしょうーか?」
耳元でフゥ、と甘い吐息を吹きかけられ、俺こと17歳一般男子高校生はすべてを察した。
この背後にいるのは、間違いなく人間型グラフィックの魔物――『サキュバス』だ。ロボが「人間でも魔物でもない」と言ったのは、そのあまりに人間に近すぎる外見のせいだろう。そしてサキュバスといえば、大抵のネットゲームにおいて「お色気・エロ担当」のポジションがお約束。つまり、今俺の背中にダイレクトに当たっているのは――。
「……生」
「ピンポーーーン! 正解は、サキュバスのお・ね・え・さ・んの、な・ま・ち・ちでーす♥」
まだちゃんとした容姿は見えていないがルーさんが驚いた理由はこいつがほぼ裸同然だったからだと予想する、そりゃ誰だって目の前にいきなり女性の裸体が出てきたら驚くって、と思う。とりあえず……
「ロボ、俺ごとぶっ飛ばせ」
さっき「後ろに立ち続けて」とあんなに優しい言葉を掛けてもらった直後に、これである。簡単に背後を取られた挙句、サキュバスの生乳の感触に硬直しているとか、主としてのプライドが完全に粉々だ。ぶっちゃけ恥ずかしすぎて死にたい。
「し、しかし……」
涙目で躊躇するロボ。こいつは本当に優しくて良い奴だな、全くもう……と感動しかけた、その瞬間。
――ガツゥッ!!! と、俺の後頭部に凄まじい衝撃が走った。
視界が激しく火花を散らし、俺の身体はサキュバスもろとも地面から一瞬で引き剥がされ、前方へと派手に吹っ飛んだ。
ルーさんが赤面したまま、もの凄い形相で、腰の刀の「鞘」を使って俺ごとサキュバスを引っ叩いたのだ。
……だがそれでだけでHP満タンから8割削れるとかどんなSTRしてんだこの人




