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30 侍女の報告

 フィリアリーゼ付きの侍女であるエディナは、泣きながら牢獄に捕らわれているかつての同僚たちにことの経緯を話していた。


 静かすぎる王宮の地下には、時折生温い風が吹き抜けていて、今その身に受けている状況をさらに際立たせ、気持ちまで陰鬱なものにしてしまう。

 地下牢の中には女ばかり五人が捕らわれていた。彼女たちは薄汚れた麻の簡素な服を身に付けているものの、その身に纏う高貴な佇まいは打ち消すことができない。いずれもフィリアリーゼ王女付きの侍女たちで、貴族の令嬢だったり、騎士の娘だったりで出自はしっかりしている。年齢も王女に近く、いわゆる『嫁入り前の行儀習い』や、王女の侍女をすることで箔をつけようとした親たちによって王宮に上がることになった少女たちだが、皆はじめは腰掛けのつもりで王宮に上がったものの、王女の人柄に触れるにつけ心酔し、王女のためなら命も惜しまないほどの忠義を持つに至った。その彼女たちは内乱の際に逆賊たちに捕らえられ、王女や彼女たちの親に対する人質に、またいずれも見目麗しい姫たちでもあるので今後の戦功者への褒美のためにと、今も虜囚の憂き目にあっている。


 エディナはフィリアリーゼ付きの侍女の中でただ一人、捕らわれることなく今も王女の侍女としてその世話の任を担っている。エディナは自分の家族を質にされ、王女の王宮からの脱出を阻んだ、いわば裏切り者であるが、捕らわれの侍女たちにとってはエディナが唯一の外との窓口であり、貴重な情報源だった。エディナ自身も自ら望んで反乱貴族についたわけでも野心があった訳でもなかった。彼女は彼女なりの考えでこの地下牢へ、危険を承知でやって来る。エディナは家族のために反乱貴族――ゼノーシス伯爵に従ったことを、心から激しく後悔していた。エディナの母親はゼノーシス伯爵家の遠縁で、エディナ自身もゼノーシス伯爵ことオルフェリウスとは以前より面識があった。彼の貴族らしい貴公子然とした美麗な外見と、人当たりのいい他所向きの『誠実』そうな所作に騙されたのがそもそもの間違いの発端で、伯爵から話を持ち掛けられた当初はこんな事態は想像もしていなかった。伯爵が王女に想いを寄せていて、その橋渡しをするくらいの考えだったのだ。それが、国民の尊敬を集めていた騎士王を弑し、王子を罠に嵌め、王女を……、エディナは自身の罪に酷く打ち震えた。

 エディナはかつての同僚たちに、忍んで会いに来ては状況の報告をする。そのことがきっと必ず帰ってくる王子の役に立ち、王女を救うものだと信じているみたいだ。


 今日のエディナの報告に、侍女たちをはじめ、横でいつものように様子を見ていた私も驚愕して声を失う。私は身動きの取れないフィリアに代わって、王宮での情報収集に掛かりきりだった。昨日の夕方にフィリアに会った時は何の変わりも無さそうで、静かに読書をしていたのに。


 今日はまだフィリアに会っていない。ちなみに今の時刻は昼の一刻だ。


「それでは、フィリアリーゼ様は…………」

「はい、こことは違う、西側の地下に」


 エディナからもたらされた報告は、フィリアの身の上に昨日の夜起きたことについてだった。

 そして、その内容が大問題だった。


「ゼノーシス伯爵がフィリアリーゼ様の寝所に押し入り、無体を働いたと……!」


 何ということ、お痛わしいと年長の女が青ざめながら涙ぐむ。王女の身に起きた凶事を嘆いているようだ。隣に座り込んだ少女は、女の腕をつかんだまま、震えている。反応は皆違うけれど、王女の痛みを思い、伯爵の所業に怒りを感じていることは同じであるみたいだ。


「はい、フィリアリーゼ様の機転で貞操は辛うじて守られたご様子ですが、伯爵はフィリアリーゼ様を西の地下へ投獄してしまわれて……っ」

「西の地下牢は高貴な身分の罪人が投獄される場所で、王宮の最奥といっても過言ではない場所。入り組んだ迷宮のような場所だし、お救いするにも難しい場所だわ」


 あのか弱いフィリアがどのようにオルフェリウスの凶行から逃れたのか。


「フィリアリーゼ様はどうやら簪を使って伯爵をに退けたようなのです。あの時、伯爵の悲鳴がフィリアリーゼ様の部屋から聞こえてきて……。明け方には今まで監視に付いていた女騎士に護送されて西の地下へ移られました」


 私の独り言を聞いていたのか――そんなわけはないけれど、エディナが悲痛な面持ちで言った。簪は女性の護身用に使われる武器として、王侯貴族の女性の間では一般的であるが、実際に使いこなしている姫は少ない。使いどころが難しいからだ。かくいう私も使えない。私はどちらかといえば短剣の方がまだ使える。

 簪を使った護身術はフィリアを溺愛する兄王子がいざという時のために教え込んでいた。それが効を奏したのかもしれないが、フィリアを救出するのにより困難な環境が追加されたことは間違いない。


「それでフィリアリーゼ様のご様子は?」

「地下牢へ入って間もなく高熱を出されて、今も臥せっていらっしゃいますが、頑なに侍医もお近づけになりません……」

「どうして?! いつもの侍医ではないからなの?」


 フィリアは病弱だから侍医の診察を受けることは日常で、それを拒んでいる姿を侍女たちは見たことがない。


「恐らく……」


 エディナは俯きながら重くなりがちな唇を何とか開いた。


「肌に付けられた凌辱の痕を見られたくないからなのだと思います」


 エディナは見たんだ。

 高熱に苦しむフィリアの服を着替えさせようとして、その首筋や胸元に刻まれたたくさんの赤い花を。


「このままではフィリアリーゼ様は……っ!」


 堪らずエディナが漏らす慟哭に、牢内の侍女たちは一様に言葉を失う。


「フィラルラーズ様は?!」

「私たちの耳には何も。万一討たれてしまわれたのなら、あの伯爵のことだから声高に触れ回るでしょうから、どこかでご存命かとは思われますが……」

「あんなにあからさまに溺愛なさっておいて、今フィリアリーゼ様のお側にいらっしゃらないなんて!」

「騎士たちもそうよ、何のための騎士なの?」


 侍女たちは口々に非難していたが、もはや縋るのは彼らだけだから、言葉の裏には切実な願いが込められていたようだ。


 私はそっと地下牢から離れた。

 もはや時間はない。早くしなければ取り返しのつかないことになってしまう。

 私の行くべきところは一つだ。


 アレスディールの元へ!




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