29 窮地
R15程度の性描写を含みます。
苦手な方はご注意下さいませ。
私は今まで父や兄、多くの騎士たちに護られてきた。
王女である以上、身の危険を感じるような場面に遭遇することは皆無ではなかったが、私はそのどの場面でも一人ではなかった。常に私を護ってくれる人がいて、彼らはいつも私から危険を遠ざけてくれた。
だから、今の窮状は過去において全く経験がなく、私は恐慌状態に陥りそうな心を叱咤し続けて何とか正気を保っているような状態だった。
私の両手首を片手でまとめて掴み、シーツに押さえ込む力は確かに大人の男のもので、軟弱な貴族とはいえもともと非力な私の抵抗など意にも介さないことが悔しかった。
「嫌っ!やめてください!」
「諦めの悪い方だ、大人しくすれば悪いようにはしない」
私は渾身の力を振り絞って抵抗した。
こんな風にこの身が穢されるのを黙って受け入れられるはずがなかった。何よりも伯爵に触れられたところが耐えられないほどに気持ち悪くて、震えが止まらない。
とにかくどうにかして伯爵の腕から逃れなければ、それだけに必死だった。
またしても顔を近づけてくるので私は勢いよく体ごと捻って躱す。王族の娘にとって唇への口付けは婚姻の証であり、夫になる者にしか許されない。こんなところで、しかも伯爵に許す訳にはいかなかった。
「接吻を拒みますか、いいでしょう。それは結婚式までの楽しみにとっておいて差し上げますよ」
耳元でゆっくりと告げられる言葉に、ぞくり、と悪寒が走る。
思わず伯爵の動きを確かめようと顔を向けると、その隙に伯爵の唇が私の首筋に触れ、私の手首を戒めていない方の手でドレスの上から胸を弄りはじめる。
「ん……あ…………っ、やめて………」
余りのおぞましさに、私の目から涙が溢れだした。伯爵に対して負けを認めているようで、その屈辱感にどうにかなってしまいそうだった。
一方で私の涙に気をよくしたのか、伯爵は恋人気取りで私の涙を口付けて拭い、笑った。
「美しい人、今宵貴女は私の腕のなかで歓喜の涙を流すことになるでしょう」
何を戯言を、誰が貴方なんかに……、とは言えはしなかったが、私は伯爵の手管に流されないように、のまれないように唇を強く噛む。
何とか隙を見つけてこの状況から抜け出さないといけない。
私は意を決して全身の力を抜いた。
「従順にしていれば優しくしてあげましょう」
私が屈服したと思ったのか、機嫌をよくした伯爵は、私の手首の戒めを解き、その手を私の背中に回してドレスを脱がしに掛かった。手慣れているからか、私が戸惑っている間にあっと言う間に下衣をも剥ぎ取られ、素肌を晒す羽目になってしまう。私は余りに居たたまれなくてぎゅっ、と目を閉じた。
「ああ、思ったとおり――いや、それ以上だ。貴女は素晴らしい……」
伯爵の手と唇は私の肌を這いまわり、まるで蛆虫に食まれるような感覚に固く噛み締めていた唇から無意識に声が溢れだし、私は必死にそれを飲み込む。
「…………っ、や、あっ……」
「もっと可愛い声を聞かせてください、フィリアリーゼ……」
甘ったるい声で名を囁かれ、私の意識が急に鮮明になる。
貴女は誰?
貴女はそこで何をしているの?
私は無意識にシーツを握り締めていた手を自分の髪に伸ばした。その先にある、ヒヤリとした感触に神経を集中させる。ゆっくりとそれを髪から引き抜き、機を待つ。
伯爵の手が私の足に触れ、膝に手が掛かったその瞬間――――
「――――――つ!!」
私は手にした簪を伯爵の腕に突き立てた。
肉を貫く鈍い音の後、簪をゆっくりと引き抜くと、じわりと伯爵の腕から真っ赤な血が流れ出す――伯爵は突然のことに刮目し、硬直していたがすぐに腕を押さえて悲鳴を上げた。
「うわああああっ!!!」
私は痛みに転げ回る伯爵を冷めた目で見やり、こんな軟弱な男に父は陥れられたのかと思うと、いいようのない怒りすら込み上げてきた。
「私は騎士王の娘……」
その矜持は父亡き後も忘れてはいない。
忘れてはいけないのだ、絶対に。




