28 守るべきもの
父が討たれ、国境での隣国ザカの侵攻を迎え撃つ為に出陣した兄の消息がつかめなくなり、私は逆臣に捕らえられるまま、監禁されている。
監禁されているのは今まで私が生活していた私室であるので、いくらかマシな待遇ではあるが片時も離れることなく監視の目が向けられている状態は、常に張りつめた緊張感の連続で正直息をすることも辛い。
天使様は自由のない私に代わって外の様子を教えてくれるけれど、私以外に見えない天使様と会話することは叶わない。時折少し唇を動かして短い伝言を伝えるのみだ。
私はイグニスの王女としての矜持を保たなければならない。
逆臣に、弱みを見せてはいけない。
それに私の存在は、外で闘っている兄にとってはとても重たい存在だろう。兄は私を見捨てられないだろうから、私は枷でしかない。こうなることは絶対に回避したかったのに、一番最悪の事態に陥ってしまった。いざとなれば自害も考えなければならないだろう。けれど、それはあくまで最後にしなければならない。
私に出来ることを、王族として、国の為にできることを。
最後の一瞬まで足掻かなければならない、それが王女としての私の務めだ。
私室に閉じ込められてもう数日が経っただろうか。
相変わらず、私のところには何の情報も入ってこない。
「フィリアリーゼ様、お食事をお持ちいたしました」
侍女のエディナが、冷めた食事を運んでくる。
彼女は家族の命を盾にされているらしい。私をここから出すことができないと、監禁初日に涙ながらに詫びてきた。エディナがわたしの侍女として王宮にあがってからはもう2年ほど経つ。私より少し年上のよく気の付く心優しい少女であったが、家族の命と天秤にかけたとき、彼女は家族を選んだ。そして私は彼女に阻まれて王都を脱出する唯一の機会を失った。そのことは私にとって大きな災難ではあるが、私は彼女を恨んではいない。国のことを考えるなら、たとえば私の側から考えれば彼女は大きな罪を犯しただろう。けれど、その罪の根源はゼノーシス伯爵をはじめとする逆臣たちにある。エディナやその家族もイグニスの民なのだから、本来なら私たちが守ってやらなければならない存在だからだ。
偽善かもしれない、けれど、彼女まで憎んでしまっては私の心も折れてしまう。
「ありがとう、そこに置いておいてもらえるかしら」
「はい、フィリアリーゼ様……その……」
歯切れの悪いエディナの様子に、私は向き直って次を促す。
「毒味は致しました。どうか、少しでも構いませんからお口になさってください」
父は、毒を盛られて衰弱したところを討たれた。
私はそのことからか、監禁されてからほとんど食事を口にしていない。こんなことを続けていれば体が参ってしまっていざという時に使えなくなってしまうことは分かってはいたが、どうにも怖くて喉を通らなかったのだ。彼女はそれに気づいていて、私の身を案じてくれているのだろう。
「そうね、少し頂きます。ありがとう、エディナ」
今にも泣きそうな顔をしたエディナは、テーブルに運んで来た食事の用意を整えると小さく礼をして部屋を後にした。
エディナが去ると、部屋には私と二名の護衛の女騎士が残される。
一応王女である私に配慮したのか、室内の護衛という名の見張りは女性だった。交代制であと数名の女騎士が私に就いているが、彼女たちは一様に口を閉ざし、彫像のように扉を守っている。私は未だに彼女たちの声を聞いたことがない。
女騎士たちの目もあるので私は冷めたスープを匙ですくい、恐る恐る口にする。野菜をすりつぶして作ったスープは見た目よりもどろっとしていて濃厚な舌触りだ。恐らく食事を摂らない私の胃を案じてこの献立にしてくれたのだろう。私は感謝してもう一口、匙にすくった。
食事の後、特にすることもなく手持無沙汰にしていた私は何気に本を手に取った。
昔読んだ他愛無い童話だった。
騎士と姫君の恋物語。囚われの姫を騎士が助けに来てくれて、姫は騎士と結ばれるのだ。
私は自嘲した。私とこの童話の姫は境遇が似ている。けれど、私は…………
夜も更けた頃、不意にノックの音がした。嫌な胸騒ぎがして、私は本を机の上に置くと朝方自分で結いあげた髪に挿した簪に触れ、もう一度整え直す。
ノックの音に気付いた女騎士が扉の外を確認すると、そこにはゼノーシス伯爵の姿があった。父を陥れて亡きものとした仇、私がこの世で一番憎んでいる人物だろう。
扉の向こうで、女騎士と伯爵は何事か話していたが、そのうち二人の女騎士は揃って伯爵に騎士の礼をとって部屋から静かに退出する。入れ替わりに入ってきたゼノーシス伯爵は嫌味なくらいに優雅な足取りで近づいてきた。
「夜分遅くに申し訳ない」
伯爵はいつもにも増して酷薄な笑みを浮かべ、私の傍まで来ると私の手を取りその甲に口づけた。
「わたしはこの国の王となることはご存知かと思うが、わたしは正妃に貴女を迎えることにした」
「なっ……!」
伯爵は私の手を引く。私は突然のことに対応が遅れ、引き寄せられるままに伯爵の腕の中に閉じ込められる。
「ようやく手に入れたよ、わたしの月華」
「や…っ、離してください!」
「貴女は既にわたしのものだ、拒否権はないよ」
伯爵は暴れる私を抱え上げて、そのまま寝台の上に自分の身ごと倒れこむ。
そのまま私の体に乗り上げ顔を近づけてきたので私は咄嗟に顔を背けた。
伯爵の唇が頬を掠め、私はその感触に悪寒が走って肩を震わせた。
「逃げ場はない、観念しなさい」




