31 反撃
王都陥落の数日前、フィラルラーズ王子は国境地帯を脅かす隣国ザカの軍を迎撃するため、精鋭部隊を率いて王都を出立した。その際、王の体調が思わしくなかったため以前のような出立式は行わなかったが、王と妹王女であるフィリアは正門まで見送りに出ていた。その時のフィリアの不安げな表情は、今のこの惨劇を予見していたのかもしれない。王子に抱き締められた彼女の体は小さく、震えていた。
今回、斥候より国境地帯は今までになく緊迫状態であるとの報告があったためか、フィラルラーズ王子はいつもよりも進軍を急がせた。その矢先に王都が逆臣に占拠され、王は討たれて王女は捕らわれたとの報告が王子に届けられた。
その時の彼の絶望と怒りは今まで誰も見たことがないないほどのもので、同行の騎士たちの中には王子の様子に震え上がるものもいた。王子はまだ若干16歳の少年だったが、彼の身に纏う威圧感は既に王者のものだった。
王都に戻り妹王女の救出に当たるか、国境を治めるか。軍を二分する余裕はなくフィラルラーズ王子は苦渋の選択を迫られた。そして彼はそのまま国境へあり得ないほどの強行軍を強いて進め、情け容赦ない戦法でザカの大軍を返り討ちにし、その勢いのままに王都に引き返した。後にも先にもないと騎士の間で語り継がれるだろう過酷な進軍は、フィラルラーズ王子の気持ちをこれ以上になく表現していた。
この進軍が過酷だったのには、他にも理由がある。
騎士の中に逆臣の側についた内通者がいた。内通者の存在は早くからフィラルラーズ王子も感づいていたが、誰と特定するには至らなかった。そして、今回の進軍の最中にようやく突き止めることができたが、意外すぎる人物の裏切りに、もしかしたら王子の心が折れてしまうのではないかと危惧するような状態にまで陥った。しかし、彼は自らの立場をよく自覚していたので表面上は動揺を見せないように装うことには成功したようだった。
内通者は、フィラルラーズ王子の側近の一人で、アレスディールの友人でもあったユミルジェイドという貴族階級の騎士だった。少し軽薄なきらいはあるものの、任務には忠実で正確な仕事をするユミルジェイドは、王子からの信も厚く、アレスディールとも同じ年に騎士の叙任を受けた同期であり、お互い将来の将軍候補でもあったので切磋琢磨してきたよきライバルでもあった。当のユミルジェイドは捕らえられ、処分は内乱を制した後とされたが、彼は虜囚の立場をよしとせず、警備の隙をついて自害して果てた。
ユミルジェイドは高位貴族である公爵の嫡男で、幼い頃からその才覚を持て囃されてきた。けれども同期のアレスディールは、貴族としての爵位は彼より低いものの、騎士としての力量は全くかなわなかった。その上、アレスディールは次期王位継承者であるフィラルラーズ王子の最も厚い信頼を一身に受けていた。そのことが、ユミルジェイドの高すぎる自尊心をいたく傷つけ、結果愚かとも言えるゼノーシス伯爵たちの甘言に乗せられてしまったようだ。
彼の裏切りは全くの寝耳に水で、その衝撃の影響は甚大だったが、フィラルラーズ王子は一旦状況を受け止めた後の対処は極めて冷静であった。ユミルジェイドが王都に送った『王子の軍が進軍途中に奇襲され、連絡が途絶えた』との誤情報についても、要所に伝令を飛ばして修正し、混乱を収めていった。だが肝心の王都への連絡は途絶えたままで、フィリアリーゼ王女の安否も掴めない。国境を制してから数日後、ようやく王都に迫るところまで辿りついたとき、逆臣ゼノーシス伯爵の即位とフィリアリーゼ王女の婚約が発表されたことを聞いて、フィラルラーズ王子の怒りは頂点に達した。
フィラルラーズ王子は王都を囲むように騎士の精鋭部隊を配置し、王都奪還に向けて進撃する機会を計っていた。私がフィラルラーズ王子の姿を確認したのはこの地点だ。
王子は進軍の疲れを微塵にも感じさせず、王都を見下ろす高台から、王宮をじっと睨んでいた。気持ちは逸っているに違いないのに、彼の様子はむしろ冷静と言えるもので、改めて一軍を預かる将軍としての彼の振るまいには感心させられる。昔、お父様の護衛を務める騎士から、戦場での王はこの上なく沈着冷静な策士で、どの騎士よりも勇敢だと誇っていた。
それは私と変わらない歳から既に備わっていたのかと思うと、改めて凄い人なんだと実感する。若いお父様の『妹王女溺愛しすぎ』『色恋よりも訓練好き』な痛い姿を見てきただけに、やっぱり私のお父様は格好いいと思った。
「俺たちが目前まで迫って来ていることはいい加減感づいているだろう」
主だった騎士を集めて、フィラルラーズ王子は厳しい表情を崩さないまま口を開いた。
「王宮を乗っ取り、王を討ち取ったまでは奴の策略にまんまと嵌められた失態は認めざるを得ない。だが所詮、実戦を知らないお貴族相手にこれ以上遅れを取るとは思えないが、こちらもこの強行軍で余裕がなく、王宮にはフィリアリーゼがいる」
居並ぶ騎士たちも、疲労は相当なものだろうにその目に宿る光は強さを保っている。主君を卑怯な手で喪ったことは、彼らの騎士としての誇りをこれ以上なく傷つけた。今は遺された王子の元で主君の無念を晴らすことが、彼らの目下の使命だ。そして、捕らえられの王女を何としても救出しなければならない。
「籠城戦に持ち込まれると、万一のこともある。短期決戦で決めるぞ」
王子の力強い言葉に、騎士たちは一斉に声を上げる。
「一気に逆臣どもを掃討する。どうやら奴等は王宮に揃っているようだ。俺たちが戻る前にゼノーシス伯爵を王へ即位させるつもりで準備しているようだが、その前に王位の正統性を明らかにし、即位を阻止する」
フィラルラーズ王子はこの進軍中常に携えていた愛用の槍を強く握り締めた。
「アレスディール」
常に傍らに控えていた側近騎士を呼ぶと、彼は王子の正面に進み出て跪く。二人の視線が静かにぶつかると、王子は縋るような眼差しを側近に向けた。
「俺は父上の仇を取り、王宮を奪還しなければならない。逆臣どもを一掃するのに戦力も割けない。でも、終わってからでは間に合わないかもしれない。だから……」
フィラルラーズ王子が一旦言葉を切る。彼が言わんとすることを、アレスディールは察したのか大きく頷いた。その瞬間、王子の顔が一瞬泣きそうに歪められた。
「騎士アレスディールに命じる。俺たちとは別行動の上、王宮へ単騎で潜入し妹を、フィリアリーゼ王女を救出せよ」
「御意」
「お前の場合単騎の方がやり易いと思う。俺たちの進軍もお前にとっては陽動になるだろう。頼む、どうかフィリアリーゼを」
「はい、必ず無事に御前へお連れいたします」
アレスディールは膝を付いて騎士の礼を取ると、直ぐに立ち上がった。そのまま外套を翻して軍議の場を後にする。
本当は誰に託すでなく自分でフィリアを助けに行きたかっただろうに、でも王子は自分の立場を弁え、最も信頼する騎士に大切な妹の命を託した。その想いを受け取ったアレスディールも、そのことの重みを十二分に理解しているようだった。
王宮へ向けて本隊よりいち早く潜入するアレスディールを、どうにかしてフィリアの元へ導く方法はないかと私は必死に考えていた。
そんな時、王子の陣に近づく影が見えた。それに他の騎士たちが気づいている様子はない。
私はその影の正体に気付くと、ありえないはずの人物の登場に思わず叫び声をあげてしまった。
「誰だ!!」
今まさに馬に飛び乗ろうとしていたアレスディールが動きを止めて低い声で誰何する。
「?!」
今この場所には私とアレスディールしかいない。『影』もまだ少し離れた場所にいる。勿論声を発していないから、今声を上げたのは私だけだ。
「……アレスディール?」
恐る恐る呼び掛けると、彼は私の姿を探すように首を巡らせた。
私の声が届いているの?! 私は興奮して叫んだ。
「アレスディール、どうか私の声を聞いて!!」




