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24 夜の庭

 フィリアがアレスに付き添われて会場を退出したあと、私はオルフェリウスの後を追うことにした。彼は私が知っている内乱の首謀者の一人だ。彼は王位簒奪を狙い、フィリアリーゼ王女を監禁した人物と記憶している。フィリアに対する求婚者であることは知らなかったが、彼の家が内乱の後、一族全て処分されているところを見ると、他にもお父様――フィラルラーズ王子の相当な怒りを買うようなことをしたに違いない。


 その彼は中庭から会場へ戻ったあと、取り巻きらしい貴族や令嬢たちに取り囲まれて機嫌よさげに会話を楽しんでいた。その様子を見る限りでは、さっきの中庭の件は一体何だったんだと思ってしまうほどだった。しかし、すぐに会話を切り上げて取り巻きの輪から離れていく。名残惜しそうにしなだれかかる令嬢の肉厚的な体を躱し、既に酔っぱらっている貴族の青年の腕を華麗に振り払って、そのまま会場の外へ出て行ってしまった。


 会場を退出したあと、オルフェリウスは迷いのない足取りで一人何処かに向かっている様子だった。今日の夜会では参加者が休むための部屋もそれぞれ用意されている。そこへ向かうのだろうかと思っていたら、客室のある棟には行かず、中庭に向かう扉の前で立ち止まった。

 慎重に周囲の様子を確認して誰も居ないこと確かめてから、彼はをそっと開けて中庭へと進んで行った。


 中庭は所々に外灯の灯りが見えるものの、先程夜会が開かれていた会場に接する中庭と比べれば昼と夜くらいに明るさが違う。そんな中、ここにも月華の花が植えられていて、月明かりの下で静かにその可憐な姿を見せていた。

 オルフェリウスは通りすがりざま月華の存在に気付いたのか、その前に立ち止まると手を伸ばして花弁に触れ、顔を近づけて純白の美しい姿をや香りを堪能しているようだったが、突然大きな手でグシャリ、と花を握り潰した。その表情には酷薄な笑みすら浮かんでいて、私はひどく不吉な戦慄を覚えて思わず身震いした。


「酷い方ね。月華は年に数日間しか咲かない花なのよ。それにこんなに美しいのに可哀想だわ……」

「幾ら美しくても我が物にならないなら、消し去るのみだ」

「まあ怖い。それではわたくしも貴方に背けばこの可哀想な月華のように手折られてしまうのね」

「そうならないように願いたいね」


 花影から現れた女は、20代中頃くらいのとても美しい女性だった。豪華としかいいようのない見事な金髪の髪を高く結い上げている。豊満な胸元を強調するような意匠のドレスを着て、大粒の宝石をあしらった首飾りや指輪を身につけ、妖艶な女性を気取っているようだが正直品がない。美人なのに勿体ないなあ、と思いながら見ていたら、彼女はオルフェリウスに親しげに近寄ると、そのまま彼の首の後ろに手をまわして抱きつき、強引に唇を重ねた。自分の唇に吸いつく彼女を冷めた目で冷静に見下ろして、しばらくオルフェリウスはされるがままになっていたが、そのうち彼女の肩に手を掛けて自分から引き剥がした。


「やめろ」


 ぞっとするくらいの冷たい目で見下ろす様子に艶めかしいものは微塵もなく、寧ろ侮蔑するような色さえ見てとれる。あまりのつれない態度に彼女はつまらなさそうに唇を尖らせた。


「ヴィルレスカ、それより首尾は?」


 こんな状況下で考えられないほどに事務的な態度のオルフェリウスは苛々と早口で問う。

 ヴィルレスカと呼ばれた女性はつん、と顔を背けて吐き捨てた。


「あんなお子様、好みじゃないのよ」

「失敗、ということか?」

「どうしようもないシスコン坊やだわ!」


 どうやら自分の失敗を棚上げしようとしている態度が見え見えである。役立たずめ、とオルフェリウスが舌打ちしたのを聞いてヴィルレスカは弁解しようと取り縋ったが、オルフェリウスは興味なさげに一瞥しただけで、さっさと彼女を置き去りにして無言で中庭の奥へと進んでいく。


 どうやらオルフェリウスは自分の愛人もしくは取り巻きの令嬢――というには少し年嵩だが――を利用して、誰ぞを籠絡しようとしたらしいが失敗に終わったようだ。坊や、シスコン、この二つの言葉から連想する人物とは――恐らくフィラルラーズ王子に違いない。……お父様の女性の趣味は実際良くわからないけれど、フィリアもお母様も先ほどのヴィルレスカという女性とは趣は大きく異なる。あからさまなほどに「女」を強調した女性よりは清楚で華奢な、庇護欲をかきたてられるような女の人が好みのような気がする。オルフェリウスはまだ少年と言っていい年齢の王子なら、大人の女性の誘惑には容易く惑わされるかと思ったのだろうけれど、あの人は多分色恋沙汰より愛用の槍を磨きながら武器談義する方が好きな人だから、明らかな失敗人事だろう。


 オルフェリウスはどんどんと中庭の奥へと進んでいく。その先に東屋がひっそりと佇んでいた。

 昼間は多くの宮廷人の憩いの場として活躍する場所だが、多くの貴族が夜会に参加している今、この場所は怖いくらいに静まり返っていた。

 そして東屋の影に差しかかった時、彼は不意に足を止めた。


「いるのか?」


 その声は押し殺したような小さな声だった。

 しばらく何の変化もなかったので何かの思い過ごしかと思っていたら、傍の茂みが微かに揺れた。


「ヴィルレスカは失敗だ。もともと期待してはいなかったが。アレがどこから漏れるかわからないから秘密裡に処分しておけ」


 抑揚のない口調で述べる内容は、残酷なものだった。かさ……、とまた茂みが揺れる。


「あの王子に色仕掛けは通用しない。やはり当初の計画通りに王女を……」


 オルフェリウスは唇の端を吊り上げてにやり、と嘲笑わらった。


「あんな上玉そうそういない。王女を手に入れて玉座ももらう。まさに一石二鳥だ」




 

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