第六話 霊界局長、サボりの神様、そしてガンダム
名古屋のネットカフェで一夜を明かした翌日、二人は再び東へ向かう列車に乗っていた。
前夜、世界の山ちゃんで手羽先を堪能した二人だったが、慣れないネットカフェでの寝泊まりは、思ったほど快適ではなかったらしい。シャワーこそ浴びられたものの、疲れが抜けないまま、今日も長い普通列車の旅が始まっていた。
阿忠は窓にもたれて眠り、阿強もパーカーのフードを目深にかぶって、座席に身体を沈めている。足元には徳川家康のしかみ像が入った六袋が、いつものように整然と並んでいた。
二人とも眠っているのだから、静かな旅になるはずだった。
ところが、そうはいかなかった。
「なあ、佐吉。お前、その話し方、どうにかならねえのか」
阿忠の口から、福島正則の声が漏れた。声量こそ控えめだったが、その口調には相変わらず遠慮がない。
「何を言ってもお奉行様のお達しみてえでよ。聞いてるだけで頭が痛くなるぜ」
『私の話し方のどこが気に入らんのだ。お前が人の話をまともに聞かぬだけだろう』
肉体を離れた三成が、すかさず言い返した。
「聞いてるさ。ただ、最後まで聞いてられねえんだよ」
『それはお前の問題だ』
「いや、お前の問題だろ」
しばらく、二人とも口を閉じた。
列車が線路の継ぎ目を越えるたび、規則正しい振動が座席に伝わってくる。三十秒ほど経った頃、福島が再び口を開いた。
「……佐吉」
『何だ』
「お前、あの帳面……まだ持ってるのか」
三成の返事が、わずかに遅れた。
『……あるが』
「そうか」
また少し間が空く。
「……伏見でのあの件も、書いたんだよな」
『書いた』
「やっぱりか」
福島は小さく息を吐いた。
「……何て書いた?」
『知りたいのか』
「別に。どうせ碌なこと書いてねえんだろ」
『ならば聞くな』
「いいから言えよ」
三成はしばらく黙っていたが、やがて古い記録を読み上げるような調子で答えた。
『……福島市松。気性は豪放にして勇猛、戦場における働きは目覚ましい。ただし、思ったことをすぐ口にし、酒席では礼を失することも少なくない』
福島は何も言わなかった。
三成は、そのまま続けた。
『されど、太閤殿下への忠節に疑うところなし』
列車が、小さく揺れた。
「……それだけか?」
『それだけだ』
福島はしばらく黙っていた。
やがて、窓にもたれた阿忠の口から、ぽつりと声が漏れた。
「……佐吉」
『何だ』
「ありがとよ」
三成はすぐには答えなかった。
しばらくして、わざと素っ気なく言った。
『……もう寝ろ』
それきり、二人の声は聞こえなくなった。
車内には列車の走行音だけが残り、窓の外の景色がゆっくりと後方へ流れていった。
◇
その頃、阿忠は奇妙な夢を見ていた。
気がつくと、あたり一面が白い霧に包まれていた。普通の夢とは違う。幼い頃から乩童として神霊と接してきた阿忠には、それが自分の意識を別の場所へ引き込まれるときの感覚だとわかった。
霧の向こうに、誰かが立っている。
最初はぼんやりとした輪郭だけだったが、やがて一人の男の姿がはっきりしてきた。
年の頃は四十代から五十代ほどだろうか。
仕立てのよい黒いスーツを隙なく着こなし、磨き上げられた革靴を履いている。手には一本の黒いステッキを持っていたが、どう見ても歩行を助けるためのものではない。
それを手にしていること自体が、この男の地位を物語っているようだった。
眼差しは鋭く、長く高い地位にあり、人を見上げるより見下ろすことに慣れている――そんな印象を受ける目だった。
阿忠は相手を見た。
別に怖くはなかったが、初めて東京都知事と対面した一般市民のような気分にはなった。相手が偉そうなのはわかるが、だからといってこちらが取り乱す理由もない。
日本の偉い人に会う機会などそうそうないが、台湾では神様と日常的につき合っている。
相手の国が違うだけだ。
「……どちら様ですか?」
男は、落ち着いた声で答えた。
「久那斗神だ」
そして、わずかに顎を上げる。
「日本霊界入国管理局、局長を務めている」
阿忠はうなずいた。
「あ、どうも。お世話になっております」
久那斗神は、わずかに目を細めた。
どうやら、予想していた反応とは違ったらしい。
「お前の主神、趙公明について話がある」
「はい」
「不法入国未遂のため、現在も当局の収容施設に留め置かれていることは承知しているな?」
「知ってます。稲荷の神様が書類の件で来たときに聞きました」
「そうか」
久那斗神は傍らの革鞄を開き、書類の束を取り出した。そして一枚目を確認すると、事務的な口調で読み上げ始めた。
「まず、趙公明に科された罰金についてだが、収容中に新たな違反が確認されている。現在、処分の対象となっている行為は三件だ」
阿忠は黙って聞いていた。
「第一。不法入国未遂」
「はい」
「第二。収容施設内における秩序の妨害」
「……秩序の妨害?」
阿忠は首を傾げた。
「何したんですか、うちの元帥」
久那斗神は書類から目を上げた。
「趙公明は、ほかの収容中の霊体を集めて麻雀大会を主催した」
「……麻雀?」
「そうだ。しかも、霊力を賭け金として徴収していた」
阿忠は一秒ほど黙った。
「……中で麻雀やってるんですか?」
「今、そう説明した」
「どのくらい勝ってます?」
久那斗神の手が止まった。
「……そこは問題ではない」
「いや、ちょっと気になりまして。元帥、いまお金に困ってないのかなって」
「金銭の問題ではない。霊力を賭けた賭博行為だ」
「なるほど」
阿忠は真面目な顔でうなずいた。
久那斗神は、これ以上話を広げるまいとするかのように、次の書類へ視線を落とした。
「第三。収容施設内における無許可の布教活動」
「……布教?」
「台湾の民間信仰を、ほかの収容者に教え始めた。その結果、施設内で複数の霊体が独自の祭祀を行うようになり、管理に支障が生じている」
「それも駄目なんですか?」
「収容施設は布教の場ではない」
「……ああ、そういうことですか」
阿忠は納得したようにうなずいたが、久那斗神には、本当に理解しているのか判断がつかなかった。
「で、全部合わせると、いくらになるんです?」
久那斗神は書類を確認し、罰金の総額を告げた。
阿忠はその数字を頭の中で台湾ドルに換算した。さらに、草屯玄武宮で自分が一か月働いた場合の収入に置き換えてみる。
……なるほど。
結構な額だった。
「……それ、何で払えばいいんですか?」
久那斗神は静かに答えた。
「お前たちの宮廟にある、百年の香灰だ」
「……はい?」
「長年にわたって香炉に蓄えられてきた香灰には、相応の霊力が宿っている。それを担保として差し出せば、釈放に向けた手続きを進めることができる」
阿忠は黙った。
三秒間、何も言わなかった。
その間に、頭の中では凄まじい速さで計算が進んでいた。
草屯玄武宮の百年香灰。
それは単なる燃えかすではない。
百年もの間、人々が祈りを捧げ、線香を供え続けてきた。その祈りと霊力が積み重なった香灰は、玄武宮にとって何ものにも代えがたいものだった。
勝手に持ち出してよいはずがない。
それどころか、趙公明本人でさえ、そんな取引には同意しないだろう。
もし自分が局長に香灰を渡したと知ったら、帰国した趙元帥は間違いなく怒り狂う。
いや、帰国を待つまでもない。
霊界から雷を落とされ、阿忠のほうが先に灰になる可能性すらあった。
阿忠は顔を上げた。
「無理です」
久那斗神が、わずかに眉を動かした。
「……何?」
「それを渡したら、元帥が帰ってきたとき、俺が殺されます」
「では、どうするつもりだ?」
阿忠は少し考えた。
そして、きっぱりと言った。
「……そのまま収容しておいてください」
霧の中が、静まり返った。
久那斗神は阿忠を見つめた。
「……何だと?」
「俺たちのほうでも方法を考えますんで、とりあえず元帥はそちらで預かっておいてください」
久那斗神は、しばらく言葉を失った。
何百年もの間、この職務に就いてきた。
泣いて釈放を求める者もいた。
怒鳴り散らす者も、脅迫する者も、賄賂を差し出そうとする者もいた。
中には死んだふりをして処分を免れようとする者までいた。
だが、収容している神の関係者に事情を説明した結果、
「そのまま収容しておいてください」
と言われたのは初めてだった。
「……お前はわかっているのか」
「何がです?」
「収容期間が延びれば、罰金はさらに増えるのだぞ」
「どれくらい増えるんですか?」
「一か月ごとに、未納分に応じた霊力の加算金が――」
「じゃあ、引き続きお願いします」
阿忠はあっさり答えた。
久那斗神の手が止まった。
「……何?」
「ある程度たまったら、元帥に自分で払ってもらいます。中で麻雀してるんですよね? 結構勝ってるみたいですし、たぶん何とかなると思います」
久那斗神は、長い沈黙の後、手にしたステッキで霧の地面を軽く叩いた。
こつん、と乾いた音が響いた。
「……何百年もこの仕事をしているが」
「はい」
「お前のようなことを言った者は、初めてだ」
阿忠は少し考えてから、真面目な顔で答えた。
「俺も、日本の霊界のお偉いさんと交渉するのは初めてです」
「……」
「お互い初めてですし、そこは大目に見てください」
再び、沈黙が訪れた。
久那斗神は阿忠を見つめたまま、何かを考えていた。
その表情が、わずかに変わる。
優しくなったわけではない。目の前の男を、別の角度から値踏みし始めたような変化だった。
やがて、久那斗神が口を開いた。
「……わかった。では、条件を変えよう」
「条件?」
「お前たちに、一つ仕事を頼みたい」
阿忠は目を瞬かせた。
「何の仕事ですか?」
久那斗神は書類を鞄にしまい、静かに言った。
「須佐之男命だ」
その名を口にした瞬間、霧の中の空気がわずかに張り詰めた。
阿忠は首を傾げた。
「……スサノオノミコト?」
「そうだ」
久那斗神は、いかにも苦々しげに続けた。
「会議が退屈だという理由で神務を放り出し、無断で人間界へ遊びに行ってしまった」
「……遊びに?」
「休暇の申請も、外出の届け出もない。完全な無断離脱だ。高天原では総出で捜索しているが、いまだに居場所がわからん」
阿忠は黙って聞いていた。
「お前たちには、その須佐之男命を見つけ出してもらう」
「……見つけたら、どうなるんですか?」
「見つけ次第、趙公明の釈放を認めよう」
阿忠はうなずいた。
「わかりました」
久那斗神が、わずかに目を細めた。
「……引き受けるのか?」
「はい。引き受けます」
あまりにもあっさりした返事だった。
久那斗神は何か言いかけたが、結局それ以上は何も言わなかった。
「……よかろう」
そう告げた次の瞬間、男の姿が消えた。
霧の中へ溶けていったのではない。そこに立っていた人物が、突然、最初からいなかったかのように消え失せたのだ。
同時に霧も晴れ、阿忠は真っ白な空間に一人取り残された。
「……あれ?」
そこで初めて、いくつもの疑問が頭に浮かんだ。
須佐之男命は、いま日本のどこにいるのか。
何か手掛かりはあるのか。
見つからなかったら、どうなるのか。
そもそも期限はいつまでなのか。
「……あの、局長さん?」
返事はなかった。
「もしもーし?」
何も聞こえない。
阿忠はしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて、どうしようもないことに気づいた。
……しまった。
何も聞かずに引き受けてしまった。
◇
阿忠が目を開けると、列車の天井が見えた。
窓の外には、見覚えのない住宅街が流れている。
しばらくぼんやりしていたが、やがて隣で眠っている阿強に気づき、その肩を揺すった。
「阿強。おい、阿強」
「……んだよ」
阿強は顔にかぶせていたパーカーのフードを引き下ろした。
「俺、さっき変な夢を見た」
「……夢?」
「黒いスーツを着て、杖を持った神様が出てきたんだ。何か交渉しに来たみたいでさ」
阿強は眠そうな目をこすった。
「……どこの神様?」
「日本の霊界入国管理局の局長。久那斗神って名乗ってた」
その瞬間、阿強の眠気が吹き飛んだ。
「……は?」
「久那斗神」
「いや、名前は聞こえた。で、その局長が何だって?」
阿忠は少し姿勢を正した。
「須佐之男命を探してほしいって」
車内に、妙な静けさが訪れた。
それは周囲の乗客が黙ったわけではなかった。さっきまで小声で何か言い合っていた三成と福島が、そろって沈黙したのである。
阿強は阿忠を見つめた。
「……何で?」
「須佐之男命が会議をサボって人間界へ遊びに来たんだって。高天原の神様がみんなで探してるのに、見つからないらしい」
阿強はゆっくり瞬きをした。
「……それで?」
「うん」
「お前、何て答えた?」
阿忠は少し黙った。
「……引き受けた」
阿強は動かなかった。
「……引き受けた?」
「うん」
「俺が止める暇もなく?」
「お前、寝てたじゃん」
「…………」
阿強は顔を覆った。
一体、何から突っ込めばいいのかわからない。
そもそも、自分たちは趙公明のパスポート問題を何とかするために日本へ来たのではなかったか。
それがいつの間にか秀吉に命じられて徳川家康のしかみ像を千枚印刷し、日光東照宮へ向かう羽目になった。
しかも今度は、日本の神様が無断で休暇を取ったから探してこいという。
……神様の人事問題まで、台湾人が処理しなければならないのか。
そのとき、阿忠の肩がぴくりと動いた。
次の瞬間、自分の意思とは関係なく口が開き、福島正則の声が飛び出した。
「……ちょっと待て」
阿忠は驚いて目を瞬かせた。自分の口から突然別人の声が出たのだから無理もない。
しかし、福島が何か重要なことを確かめようとしていると気づき、ひとまず口を閉じて待つことにした。
福島の声には、いつもの豪快さがなかった。
「お前、いま須佐之男命と言ったか?」
福島が口を閉じると、阿忠は自分の意思で答えた。
「うん、そうだけど」
すると、福島が再びその口を借りた。
「天照大神の弟神……あの須佐之男命か?」
「……たぶん」
今度は阿忠自身の声だった。
その返事を聞いた福島は、ようやく黙り込んだ。
阿強には、三成まで言葉を失っているのがわかった。
いつものように相手を罵るための言葉を探しているのではない。名前の持つ重みに、二人とも圧倒されているのだ。
「……佐吉」
福島が、珍しく小さな声で呼びかけた。
「お前、あの神様がどういうお方か、知ってるよな?」
『……もちろんだ』
三成の返事も、いつもほど勢いがなかった。
『天照大神の弟神にして、八岐大蛇を退治された神だ。高天原を離れ、出雲に数々の神話を残されたことでも知られている』
そこで少し言葉を切る。
『……我々が軽々しく関わってよいお方ではない』
「だよなあ……」
福島は低くうなった。
「俺もそれなりに戦場をくぐってきたが、相手が須佐之男命となると……」
言いかけて、口を閉じる。
「……どうしたらいいか、わからねえな」
阿強は思わず二人を見た。
福島正則と石田三成。
この二人がそろって「わからない」と言ったのは、旅が始まってから初めてのことだった。
「……そんなに怖い神様なのか?」
福島が口を閉じた隙に、阿忠が尋ねた。
三成が答える。
『怖いというより、何をなさるかわからんのだ。自由奔放で、誰の言うことにも従わず、気の向くままに行動されるという』
「……へえ」
『高天原の神々でさえ手を焼いておられるというのに、ましてや――』
そこで三成が言葉を止めた。
阿強が、その続きを引き取った。
「……俺たちじゃ、どうにもならない?」
『……そのとおりだ』
福島はそれ以上何も言わず、阿忠の身体を借りていた気配も静かになった。
阿強も阿忠も、しばらく何も言わなかった。
列車は淡々と走り続けている。
ようやく阿忠が、ぽつりと口を開いた。
「……なあ、阿強」
「……何?」
「何かさ、この旅行、どんどんおかしな方向へ進んでない?」
阿強は足元を見た。
六袋のしかみ像が、相変わらず整然と並んでいる。
窓の外には、日本の見知らぬ街並みが流れていた。
そして、自分たちは神様の入国問題を解決するどころか、いつの間にか日本の神話でも名高い神様を探しに行くことになっている。
阿強はしばらく考えた。
「……最初からおかしかっただろ」
「……そうかな」
「そうだよ。今はもっとひどくなっただけ」
阿忠は返事をしなかった。
列車が小さく揺れた。
二人を乗せた東海道本線は、なおも東へと進んでいった。
◇
岡崎駅に着くと、二人は荷物と六袋のしかみ像を抱えて改札を出た。
この先も普通列車で長い距離を移動しなければならないが、腹が減ってはどうにもならない。
駅前の広場に出たところで、二人はそろって足を止めた。
「……腹減った」
阿忠が言った。
「俺も」
阿強はスマートフォンを取り出した。
「どっかで食おうぜ」
「何食べる?」
「何でもいい。安いところ」
二人は駅前を歩きながら飲食店を探した。しばらくして、通り沿いに一軒の定食屋を見つける。
店先に並んだメニューを見る限り、値段も手頃そうだった。
「……ここでいいんじゃない?」
阿強が言うと、阿忠もうなずいた。
「うん。もう何でもいい」
二人が店へ入ろうとした、そのときだった。
阿強は、奇妙な気配を感じた。
風が吹いたような感覚だったが、頬に触れる風ではない。何かがすぐそばを通り過ぎ、空気そのものが変わったような、あの感覚。
阿強が足を止めて振り返ると、定食屋の入口に立つ阿忠の表情が、いつの間にか変わっていた。
秀吉が憑いたときの、人懐っこくも騒々しい熱気ではない。
三成のような、冷静で融通の利かない気配でもなければ、福島の豪快さとも違っていた。
そこに立っているのは、もっと静かで、もっと重い何かだった。
凜として、揺るぎがない。まるで一座の山が、突然目の前に現れたかのような威圧感だった。
阿強はその姿を眺め、深いため息をついた。
……またか。
もはや驚く気力もない。
「……今度はどなたですか?」
阿忠の身体が、ゆっくりとこちらを向いた。
「拙者……」
低く、落ち着いた声だった。そこには、幾多の戦場をくぐり抜けてきた武士の、静かな自信が宿っている。
「本多平八郎忠勝」
阿強は目を見開いた。
「……え?」
本多忠勝。
徳川四天王の一人。
徳川家康に仕え、生涯五十七度の合戦に出陣しながら、一度も傷を負わなかったと伝えられる猛将。
戦国最強の武将とも称される男である。
その名前を聞いた瞬間、阿強の脳裏に、いくつもの映像が浮かんだ。
全身を覆う甲冑。
巨大な鹿角を掲げた兜。
戦場で敵を寄せつけず、長槍を振るって進む姿。
そして、圧倒的な強さ。
……待てよ。
あの甲冑。
あの鹿角。
あの異様な存在感。
何かに似ていないか。
阿強の頭の中で、二つのイメージが重なった。
「徳川の……」
口が、勝手に動き始めた。
「ガ……」
本多忠勝は微動だにしなかった。
凜然とした姿勢のまま、阿強の言葉を待っている。
「ガ……ガ……」
阿強はついに叫んだ。
「ガンダム!?」
沈黙。
本多忠勝は、わずかに眉を動かした。
阿強の頭の中で、三成の声が響く。
『……ガンダムとは何だ?』
続いて、福島の声も聞こえてきた。
『……おい、俺も知りてえんだが』
福島は阿忠の身体からいったん離れたものの、三成と同じように、まだ二人のそばにいるらしい。
阿強は口を開いた。
しかし、何も言葉が出てこなかった。
……どう説明すればいい?
四百年前の武将に、巨大ロボットの概念を?
しかも、目の前にいるのは本多忠勝本人である。
阿強は考え込んだ。
三成は答えを待っていた。
福島も答えを待っていた。
そして本多忠勝は、定食屋の入口で背筋を伸ばしたまま、静かにこちらを見つめていた。
岡崎駅前では、人々が普段どおりに行き交っている。
街路には穏やかな陽射しが降り注ぎ、定食屋からは食欲をそそる匂いが漂ってきた。
そんな何でもない街角で、戦国最強と謳われた武将は、ただ黙って、ガンダムとは何かを説明してくれる者を待っていた。
**第六話 終**




