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魔獣

 ザクザクと草木を掻き分けながら進んでいく。最初の方こそ木漏れ日があって神秘的な雰囲気だったが、奥に進むにつれて光が届かなくなり一気に怪しげな雰囲気になった。


 鳥どころか虫さえいない。完全に一人ぼっちだった。


 本当にこんなところにクロードはいるのだろうか。

 もしかしたら、私はリュークベルトに騙されたのかもしれない。無駄に犬の真似をさせられて、勝手に点数を付けられて、間抜け面を見せただけの可哀想なヤツになっただけ?そうだとしたらかなり終わっている。時間を返してほしい。


 そもそも裏庭にクロードがいるなんて情報ゲームには無かったし。今からでも引き返して他の場所を探した方がいいだろう。

 私は校舎の方へ戻ろうとしたところで、ふと立ち止まる。


「……私、どこから来たっけ」


 ……うそうそうそ。あんな短時間しか歩いていないのにもう道に迷ったの?ここただの裏庭だよ?流石にポンコツ過ぎない??


「落ち着け。まずは状況整理だ。私はどこにも寄り道せずに真っ直ぐ歩いてきたはず……」


 つまり、クルッとUターンしてそのまま直進で元の場所に帰れるということだ。何も難しいことではない。

 しかし、歩けど歩けど、最初の場所に戻るどころか全く知らない道を歩いている気がした。最初にあった木漏れ日もないし、蝶や鳥たちの気配もない。何の変哲もない木々と暗い獣道が続いているだけだった。


「そ、そんな……行く時はここまで暗い道は無かったし、すぐに日差しが通る明るい道を歩いていたのに……」


 何かがおかしい。まるで、裏庭の木々が招かれざる客を帰らせないようにしているみたいだった。


 ど、どうしよう。もしこのまま寮に帰れなかったら……──考えるだけでゾッとする。しかし、確実に命に関わる事態になるのは目に見えていた。


 どうしようと辺りを見回していると、すぐそこにあった茂みが不自然にザワザワと揺れた。


「!?」


 私はすぐに飛び退き、その茂みから距離をとる。未だにそこは動いており、私の知らない"ナニカ"の存在を体現していた。


「ま、まままままさか、幽霊……!?」


 本当にいたの!?と茂みを凝視する。


 この裏庭は木が生えすぎていて風が一切入らない。その上、揺れているのは目の前の茂みだけ。私を恐怖させるには十分な要素だった。


「なんか飛び出してきたら何かしらの魔法唱えてバッと殺るなんか飛び出してきたら何かしらの魔法唱えてバッと殺るなんか飛び出してきたら何かしらの魔法唱えてバッと殺るなんか飛び出してきたら───」


 最早念仏のように口が回り、腰が無意識に低くなり臨戦態勢になる。リリクの中身が今は平凡な女子高生だったとしても、元は『完璧令嬢』と持て囃されてきた超人だ。いざとなったとき、元の部分が反応して咄嗟に『一瞬で敵をぶっ倒す魔法』的な何かを出してくれると信じている。私的な魔法の使用は禁止されていると口酸っぱくハルベルトが言っていたような気がしたが、今は緊急時だ。ハルベルトも多分許してくれるはず。まぁ、そもそも魔法の出し方がよく分かってないんだけど。


 ──そのとき、ガサガサと揺れていた茂みが突然静止した。次の瞬間、ざっと三メートルほどのゴキブリのような生き物が飛び出してきた。


 ──もう一度言おう。三メートルのゴキブリのような生き物が飛び出してきたのだ。


「ぎゃああああああああ」


 デカイデカイ無理デカイ怖い無理何アレG!?!!?!!?


 咄嗟に魔法は出なかった。出たのは私の叫び声だけ。


 ゴ(略)は私の真横を滑空すると器用に木々を避けて再び私を目掛けて突撃しようとする。

 私は急いで木の影に隠れた。今度はその木の真横をゴ(略)が通り抜ける。


 自分の身長ほどの大きさのゴ(略)は初めて見た。あの光沢感、羽音、細い足。全て記憶の中にあるゴ(略)とは大違いである。南国でもあのレベルの大きさのゴ(略)は存在しないだろう。南国行ったことないけど。


 というか、今は冷静に分析している場合ではない。あのゴ(略)は確実に私の命を狙って来ている。なんでそんなことをしてくるのか分からないけど、魔法が使えない今、逃げるしか対抗策はない。


 そもそもなんで魔法が使えないんだ。リリク!アンタ『完璧令嬢』なんでしょ!中身が変わったくらいでポンコツにならないでよ!


 その思いも虚しく、ゴ(略)は私を容赦なく襲う。私は必死に奴の直線から逸れて、周囲にある木々を使いながら避ける。もう今まで歩いてきた方角も、行こうとしていた方角も分からない。

 ただ、ゴ(略)に殺されるのだけは嫌だという一心で、私は木々の中を駆け回った。


「──っあ」


 しかし、途中で頭と同じくらいのサイズの石に足がひっかかり転んでしまった。真後ろにはゴ(略)が私目掛けて飛んできている。


 あぁ、ここまでか……と思い、せめてもと目を瞑った。

 ──そのときだった。


「おい!何やってるんだ!」

「!」


 グイッと体が起こされたと思ったら、景色が一変していた。

 私が先程、裏庭へ入ろうとする前の景色と非常に酷似している。日差しが入り込み草木を照らし、鳥は羽を休め蝶は蜜を求めて舞っている。

 そして唯一違ったのは、目の前に驚愕の表情でこちらを見下ろすクロードがいたことだ。


「助か……った………」

「……は?おい起きろ!おい!気絶すんな───」


 クロードの声が、どんどん遠く聞こえていった。




 *




「………ん……」


 微睡む視界の中、草と花の匂いが鼻をくすぐる。どうやら、私は倒木の幹に頭を預けて寝かされていたようだった。


「ハァ……やっと起きたか」

「…………………え」


 目の前に、クロードがいる。一瞬パニックになりかけたが、そうだ私、クロードに助けられたんだった。


「お前、妖精に幻覚見せられて気絶したんだよ。足の傷は手当てした。それほど酷くなかったし、跡は残らんだろ」

「妖、精……?幻覚……?」

「コイツらのことだ」


 よく見ると、クロードの周りに小さく光る物体がちらほらいるのが見えた。光る物体はクロードの顔の周りを中心に飛び回り、光の軌跡を残す。


「この裏庭の妖精が迷惑をかけたな。お前のことを侵入者だと思って排除しようとしたらしい。子供のイタズラだと思って許してくれ」

「子供のイタズラ……」


 それにしてはかなり酷いイタズラだった。三メートルのゴ(略)に襲われることが、イタズラという可愛いもので済むならかなりイカれている。

 しかし、それを妖精に伝えても意味は無いだろう。『もう二度とやらないでね』という意思は念じた。


「あ、あの、助けてくださりありがとうございました。命拾いしました……」


 私は正座をして深々と頭を下げる。原因が分かったにせよ、クロードに助けてもらった事実は変わらない。どれだけ感謝してもしきれないだろう。


「…………」

「…………」


 しかし、一向にクロードからの返事が来ない。何か失礼をしてしまったかと心配になり、少しだけ顔を上げると、そこには目を見開いて固まるクロードの姿があった。


「あ、アクシス様……?」

「…………お前」


 呟かれた言葉に、「え?」と思わず聞き返す。


「……本当に、あの『リリク・アンシュリー』か?」

「…………えっと………はい」


 なんか疑われてるんですけどぉ!?真面目に感謝を伝えただけなのに!


「……まさか、何か企んでるとか……」

「企んでません企んでません!!そんなこと滅相もございません!」


 慌てて大否定した。未だにクロードは怪しんでくるが、愛想笑いを浮かべてやり過ごした。冷や汗かきまくりだったけど。


「ハァ……じゃあ、なんでこんなところに来たんだ」

「え?」

「裏庭なんて、普通の生徒が来る場所じゃないだろう」

「ええっと……私、アクシス様に用があってここへ来たんです。アクシス様ならここにいるかもしれないって、エヴァント様に教えてもらいました」

「リュカ……アイツ余計なことを」


 クロードはため息混じりに頭を抱える。よほどここにいるのがバレたくなかったんだろう。


「……で、一体俺になんの用で──」

「悪霊退散ーーー!!!!」

「ゴフッ」


 突然、私の背中に勢いよく何かがぶつかってきた。背中を擦りながら何事かと振り向くと、そこには手のひらサイズの小さな人間──いや、妖精がいた。


 エルフ耳のように耳の先端が尖っていて、草木を彷彿とさせる黄緑の髪色。ヤンチャなのか所々毛先が跳ねている。そして何より目を引くのが、光の角度によって虹色に輝く透明な羽。


 ほぅ……と私は息を吐いた。あまりの美しさに言葉が出て来なかったのである。それにしてもこの子、他の妖精より少し身体が大きいような……?


「おい侵入者!はやくこの場所から出ていけ!」

「ちょ、や、やめ、体当たりしようとしないで……!」


 どうやら、私が勝手に裏庭に入ったことに大変ご立腹らしい。一応この庭は、ジーニアス魔法学園の生徒のものなのだが。


「ディオン。やめろ。コイツは俺のクラスメイトだ」

「む、クロードの友人か?」

「……………………そうだ」


 うわぁ、すごく嫌そうな顔された。とても間があったし。嘘であっても私と友人になるのが嫌なのか。


「そうだったのか!それは悪かったな!おいニンゲン!おいらの名前はディオン。この裏庭のリーダーだ!」


 羽をパタパタさせながら尊大に自己紹介してくるディオン。私は戸惑いつつもペコリと頭を下げた。


「私の名前はリリク・アンシュリーです。よろしくお願いします、ディオンさん」

「硬っ苦しいのはナシだ!クロードの友人なら特にな。おいらのことは、ディオンで良い!敬語も不要だ!」

「わ、わかった。ディオン」


 どうやらクロードは、随分妖精に懐かれているらしい。初対面なのにかなり信用されている。

 当の本人は不服そうだけど。


「……自己紹介は終わったか。それならもう──」

「リリク!せっかくクロード以外のニンゲンが久々に来たんだ。おいらが直々にこの『ウラニワ』を案内してやるよ!」

「は?おいディオン、そいつは魔獣のことが──」

「ありがとう、ディオン。じゃあ、お言葉に甘えて」

「おう!着いてこい!」

「…………」


 何やら背後から不服そうな空気を感じるが、ディオンがこっちこっちと私の小指を引っ張って飛び回るので振り向けなかった。


「見ろ!ここにはたくさんの魔獣が住んでるんだぞ!」

「魔獣………」


 存在は知っている。実際に目にするのは初めてだった。


 角の生えたウサギや、虹色の羽を持つオウム。頭が三つあるダチョウだったり、見たことない生き物がたくさんだ。

 皆それぞれ、木にとまって休んでいたり、小さな湖の水を飲んでいたりしている。サフ〇リパークを思い出した。


 ゲームでも、アイルが様々な魔獣と触れ合っているシーンがあった。確かそのシーンは、攻略対象との距離が縮まる重要なシーンで──……あれ。このシーンって、攻略対象の誰を選んだときのシーンだっけ……。


 何か大切なものを見落としているような気がしたが、思い出そうとする前にディオンに再び小指を引っ張られる。


「次はおいらたちの住んでるところを教えてやるよ!」


 妖精の住処。なんとも興味深い名前だ。是非ともこの目で一度見てみたい。家具とか小さいのかな。変に壊したりしないようにしないと。

 ルンルンでディオンに着いていくと、「ちょっと待て」と後ろから割と強めに肩を掴まれた。


「え?アクシス様?」

「…………お前、一体どういうつもりだ」

「……え?」


 なんだか、クロードの様子がおかしい。冷えた空気を纏って、私を見つめる瞳は射殺さんばかりに鋭い。怒っているのが一目で分かった。


「……俺の知る限り、お前は魔獣が嫌いだったはずだ」


 私は目を見開いた。私が魔獣を嫌い?………いや、違う。『リリク・アンシュリー』が魔獣を嫌いなんだ。


「吐け。何を企んでここへ来きた。……まさか、裏庭を撤去しようと企んでるのか?」

「え……?ち、違います!」


 裏庭がザワザワと揺れる。隣にいるディオンが困ったような表情で私とクロードを交互に見ていた。


「なら何の用でここへ来た?また……──俺を笑い者にしに来たのか」


 え……笑い者……?


 その瞬間、セイラが言っていた言葉を思い出す。


『あの時のお嬢様は凄まじかったですねー。クロード様のご趣味を馬鹿にし周囲に同調圧力をかけたり、リュークベルト様を騙して『心優しいご令嬢』を周りにアピールしていたり。今までお嬢様が刺されて来なかったのが不思議なくらいです』


 ……もしかしなくてもクロードは、このことを言っているのか。


 クロードと目が合う。怒りで歪んだ瞳は鋭くて、心の臓が冷えていくのを感じる。しかし、彼の表情はどこか泣きそうで、何かを堪えているように見えた。


「言え、リリク・アンシュリー。お前は一体、何のつもりでここへ来た?」


 私は真っ直ぐに彼を見つめ、その姿と向き合った。

次回、クロードside

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