三回回ってワン
クロードの魔法瓶を壊した後、偶然様子を見に来ていたアイザー先生によって綺麗に教室は片付けられた。しかし、魔法薬だけは元には戻せないと言われた。
「この魔法薬は作り手によって効果が変化するんだ。唯一無二の魔法薬って訳だな。その効力のお陰で誰が作ったのか一目瞭然な上に、魔力がどれほど込められているかすぐに分かるから便利なんだ」
「はあ」
「……何も分かってないって顔だな。つまり、お前が代わりに魔法薬を作ったとしても、同じものは作れないってことだ。正直にクロードに言って、一から作り直してもらえ」
「そ、そんなぁ!」
正直に言ったりなんかしたら、確実に殺されるのは目に見えている。
「先生の鬼!人でなしぃ!」
「先生は鬼でも人でなしでもないわ!教室にまだ破片が残ってるかもしれねぇから、さっさと出て謝ってこい!」
教室にポイッと放り出されて、ピシャンと扉が閉まる。片付けの邪魔になるらしい。割れ物を箱入り娘の私に触らせないようにする配慮は素晴らしいと思うが、追い出し方が雑過ぎる。
「それにしても……どうしよう……」
あの鋭い目付きを思い出し、私はガタガタと身体を震わせる。本当は今すぐにでも逃げ出してしまいたいが、そんなことをすると更に恐ろしい事態になるのは分かっている。
…………早く言ってしまおう。先送りにすると更に憂鬱度が増して足が動かなくなってしまう。
クロードは既に下校してしまったので、おそらく学園にはいない。自身の寮の部屋にいる可能性が高いので、私は男子寮に向かって歩き出した。
男子寮の寮母さんから入室許可を貰い、初めて足を踏み入れる。すれ違う男子生徒全員にギョッとされたが仕方ない。早く用を済ませて出よう。
クロードの部屋がある五階にたどり着く頃には、私はハァハァになっていた。遠すぎでしょ、クロードの部屋!
私は息を整えてクロードの部屋の扉をノックする。他の生徒の部屋とは違い、金色のノブに美しい装飾が施された扉は、彼が公爵家の息子であることを物語っていた。
「アクシス様ー?いらっしゃいますかー?」
しかし、いくら名前を呼んでもクロードは返事をしない。まるで、部屋の中に誰もいないようだった。
おかしいな。部屋にいないとするなら、一体どこに……?
「あれ、なんで君がここにいるのー?」
「え?」
聞こえた声に顔を向けると、隣室の扉から顔のみを出したリュークベルトがいた。
「女の子の声がしたから何事かと思ったけど、アンシュリーさんだったんだ」
「えっと……すみません。お邪魔しています」
なんか少しだけ残念そうな声音で言われた。悪かったな嫌いな女で。
「もしかして、クロードに用があって来たの?」
「あ……はい!そうなんです。でも、呼んでも返事がなくて……」
「そりゃそうだろうね。クロードなら帰宅してすぐに出かけて行ったよ」
「え!?」
なんですとぉ!?もしやと思ったが本当に部屋にいなかった。そりゃ返事がない訳だ。
「あ、あの、エヴァント様。アクシス様がどこに行かれたのか、ご存知だったりしますか……?」
「えー、俺が知ってる訳なくない?アイツがどこ行こうと興味無いし俺」
「で、ですよね……」
淡い期待を抱いて聞いてみたものの、やはり結果は撃沈だった。仕方ない、こうなったら人に聞いて回るしか方法はないだろう。
私はリュークベルトに「失礼します……」とだけ言い残して去ろうとする。しかし、リュークベルトから「待って」と言われ手を掴まれた。
「一つだけアテがあるよ。多分、クロードはそこにいると思う」
「え!そうなんですか!?」
「うん。教えて欲しい?」
「はい!教えて欲しいです」
「じゃあ三回回って『ワン』って言って」
「分かりま───はい?」
耳を疑った。何を言ってるんだコイツは。
「い、いやいやいや、なんでそんなこと言わなくちゃいけないんですか?」
「えー、嫌?」
「嫌ですけど!?」
「そっかー残念。じゃ、クロード探し頑張ってね〜」
そのまま扉を閉めようとするリュークベルトに、私は慌ててちょっと待ったと腕を扉にねじ込んだ。
「ねぇ、腕挟まるよ?」
「挟まないでください!そして話を聞いてください!」
もー仕方ないなぁという風にリュークベルトは再び扉を開く。クッ、私が我儘を言ったみたいな雰囲気になってる!絶対違うのに!
「で?話って?」
「アクシス様の居場所についてですよ!」
「それはさっき言ったでしょ?三回回って『ワン』って言ったら教えてあげるよって」
「ぐ………!」
やはり言わなきゃダメなのか……!よりにもよって、どうしてそんな屈辱的な行為をしなきゃならないんだ。
「ねーやるなら早くしてー?俺も暇じゃないんだけど。やらないならもうこの話は終わりで──」
「やります!やりますから閉じようとしないで!」
再び扉を閉めようとするリュークベルトを慌てて引き留める。
リュークベルトはうんざりするほど綺麗な笑顔を浮かべて、「じゃあ、どうぞ?」と嫌味ったらしく言ってきた。
「っ……………………わ、……ん」
くるくるくる、とぎこちなく三回回って、リュークベルトから目を逸らしながらこれまた聞き取れるか怪しいくらいの音量で『ワン』と言った。
頼む、誰か私を殺してくれ。今の私の姿は、目を逸らしたくなるほど滑稽で哀れだろうから。
そして、私にこんなことをさせた当の本人は、驚いたように目を見開き固まっていた。いや、なんでだよ。
「エヴァント様……?」
「………あ」
私が声を掛けると、ようやくその瞳を動かし口元を抑える。そして何故か、リュークベルトはそのまま俯いてしまった。
「え、あ、エヴァント様!?だ、大丈夫ですか?どこかご気分が優れないのですか?」
様子を見るために慌てて体をしゃがませると、愉快そうに弧を描いた金色の瞳と目が合った。
「三十点」
「え?」
「さっきの君の犬真似。三十点ってところかな。全然似てなかったよ」
「……………」
なんだコイツ。ぶっ飛ばしたろかな。
リュークベルトは俯いた体を起き上がらせる。しかし、その顔はまだ笑顔を浮かべたままで、楽しそうにニヤニヤしていた。とてもムカつく。
「まーでも、ちゃんとやってくれたからご褒美はあげる。クロードは多分、学園の裏庭にいると思うよ。木の上で本でも読んでんじゃないかな。ま、後は頑張ってね」
リュークベルトはヒラヒラと手を振りながらそう言い残して、パタンと扉を閉めた。残された私は悶々とした気持ちを抱えつつ、学園の裏庭へと足を動かした。
*
ジーニアス魔法学園の裏庭は、思いの外荒れていた。草木は生い茂っていて、鳥が止まり木に止まっており、蝶は蜜を求めて舞っている。最早森と言っても過言ではない量の木々に、私は呆然と立ち尽くしていた。
──ここはかつて、ジーニアスの生徒たちの憩いの場だった。しかし、次第に人の出入りが少なくなり、手入れする人もいなくなった裏庭はまるで学園から切り離されたように変貌していた。ゲームでアイルが「まるで僕の村にある森みたいだ……」と呟いた言葉を思い出す。
本当にその通りだと思った。まるで別世界のような裏庭に、私は興奮よりも驚きが勝る。
「ど、どうしよう。全然アクシス様がいる気配がしない……」
鬱蒼とした木々は奥に行く度光が入りにくく、暗闇を現していた。視界が悪い上に人の気配すらない。
ゲームでこの裏庭は、攻略対象とアイルの肝試しとして度々登場していた。平民という立場でありながら、攻略対象からチヤホヤされているアイルが気に入らない他生徒が、この裏庭に生えている『エリウムの花』をアイルに採って来いと命じる。しかし、一人で裏庭に入ろうとしていたところを攻略対象が偶然見つけ、一緒に採りにいくことになるのだ。
暗闇の中、年頃の男子が二人きり。何も起きないはずもなく──といったように、攻略対象とのイベントが発生する。
しかし、私はアイルではなく彼を虐めるモブ悪役令嬢だ。偶然ここを通りかかる攻略対象もいなければ、肝試しに行って愛を育む訳でもない。ただ単に、クロードに半殺しにされに行くのだ。
「がーーー…………行くしかない、よね……」
本当はすごく行きたくない。霊の類はどうも苦手なのだ。しかし、行かなければお化けよりももっと恐ろしい目に遭うことは分かっている。仕方なく、私は大きく項垂れて、嫌々ながらも裏庭へ足を踏み入れた。
──リリクは知らない。彼女の背後で、目を細めて嗤う影の存在がいたことに。




