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クロード:清算

 

 俺はリリク・アンシュリーが嫌いだ。


 幼い頃、親しい縁を持った友人がいると母さんから聞いた。その家に、俺と同い年の女の子がいることも。


 ──アンシュリー家に行ってみようと話が決まったのは、そんなささいなことだった。


 当時の俺はそれほど人付き合いが苦ではなかった。貴族同士の腹の探り合いはあまり好きではなかったが、公爵家という俺の立場もあってか、皆一様に俺のことを褒め讃えてくれる。

 ハッキリ言って、たくさんの人間から称賛されるのは気持ちがいい。今振り返ってみれば、かなりの自信家だったと思う。


 アンシュリー侯爵家の娘、リリク・アンシュリーも、俺の中ではたくさんあるスポットライトの一つに過ぎなかった。


「リリク・アンシュリーです。どうぞよろしくお願いします」

「俺はクロード・アクシスだ。よろしくな」


 洗練された淑女の礼。一切の甘えを許さないピンと伸びた背筋。花が咲き綻ぶような笑顔。

 噂には聞いていたが、『完璧令嬢』の肩書きを持った彼女はやはり作法も完璧だった。


 俺たちの親同士は俺たちが仲良くなってほしいらしかった。俺たちが何かアクションを起こす度、大人たちは皆嬉しそうに微笑みあってくる。


 このままコイツと仲良くなったら、将来は俺の婚約者とかになるのだろうか。……いや、アンスリウム王国で一番爵位の高いご令嬢はコイツだけだ。おそらく、いずれハルベルト様の婚約者となるだろう。


「クロード様、ご趣味などはあるんですか?」

「趣味?あぁ、たくさんあるぞ」


 俺の話に食い付いた彼女は笑みを全く崩すことはなく、俺の話を聞き逃すまいと真剣に相槌を打っていた。

 俺はそんな彼女に調子に乗った。ペラペラと身の上話をして、洗いざらい話してしまった。彼女は会話テクニックでさえ、完璧だったのである。


 その中で、俺が魔獣が好きだということも話してしまった。思えば、そこが一番の大きなミスだった。


『魔獣使い』という役職がある。貴族の間では野蛮とされていて、嫌悪感を抱かれている役職の一つだ。

 その影響もあってか、魔獣の研究や観察をする者は距離を置かれている傾向があった。


 魔獣は危険なもの、という一方的な認識が俺は嫌いだった。

 魔獣の中には人間に恩恵を与えてくれる優しい奴もいる。無知は罪だ。何も知らないくせに、皆が糾弾しているからと言って自分も同じ行動をとるのは違う。


 リリクは俺の意見を真摯に受け止めてくれた。『私もそう思います』と言ってくれたとき、俺はすごく嬉しかった。親にさえ理解し難いと言われたのに、コイツは意図も簡単に共感してくれたのだ。


 そのときは、コイツとなら仲良くなっても良いと思えた。同じく俺とリリクの幼馴染であるリュークベルトも同じことを思っていたと思う。

 俺たちは三人でよく遊んだ。色んな場所に行ったし、色んな話をした。その度に俺達の両親は喜んだ。


 ───あの茶会が来るまでは。




 茶会にしては、随分人が多いなと思った。中流貴族を中心にお喋りするをする小さな貴族たち。俺はその輪の中から外れて、一人サイダーを飲んでいた。


 リリクもこの茶会に来ていると聞いた。中流貴族の奴らに興味はないが、アイツには一声掛けた方が良いと思った。

 そして、リリクは案外あっさり見つかった。彼女自身が俺を見ていたのだ。


 バッチリ合った目に俺は首を傾げる。彼女は気味の悪い笑みを浮かべた。そして、扇子で口元を隠して周囲にいる取り巻きのようなご令嬢たちに向かって何か話している。彼女たちもチラチラ俺を見て、くすくすと不快な笑いを零す。


 …………なんだ?なにか様子が変だ。


 俺は気になって仕方がなくて、リリクに近づいてしまった。

 あからさまに眉を顰めるリリクに、俺は理解が出来なかった。俺と会ってから今まで、そんな嫌悪感丸出しの表情はされたことがなかった。


「リリク……?一体俺になんの用が──」

「あら、卑しい魔獣使いの分際で、わたくしに話しかけないで頂けます?アクシス様」

「…………は」

「わたくし、ずっと我慢しておりましたわ。大して面白くもない魔獣の話を聞かされて、野蛮な行為を素晴らしいと絶賛する貴方に心底呆れました」


 クスクスと彼女の取り巻きが嗤う。


「これ以上、魔獣使いなんかと同じ空気を吸いたくないと思ったほどですわ。ああでも、ペラペラと自分のことを話してくれた貴方は面白かったです。あまりにも簡単に口を割ってくれたお陰で、こうして彼女たちに真実をお伝えすることが出来ましたし。……ね?皆さん」


 小さな嗤い声が次第に大きくなって、俺の耳を劈く。

 俺の脳は血が昇りすぎて沸騰しそうだった。裏切られた気持ちや魔獣を馬鹿にされた気持ち、そして何より、こんなにも簡単に人を信用してしまった自分に対する怒りで胸がぐちゃぐちゃだった。


「……覚えていろよ。いつか絶対、復讐してやる」

「あら、できるものならやってみればいいですわ。ま、無理でしょうけど。オーホホホ!」


 そうして俺は、二度とアンシュリー家に行くことは無かった。また、『完璧令嬢』と呼ばれているアイツに復讐することも叶わずに、時は過ぎていった。




 そんな因縁の相手に、俺は今スライディング土下座をされていた。


「その節は、たいっへん申し訳ございませんでしたァァァァァァ!!!!」

「…………あ?」


 深々と頭を下げて、雑草も少なくない地面に額を擦り付けるリリク・アンシュリー。数年前の彼女と本当に同一人物なのかと見紛うほど、その態度はかなり変貌していた。


「ずっと謝りたかったんです!アクシス様に失礼なことを言ってしまったこと、そのせいでアクシス様の心に大きな傷を付けてしまったことを!」


 この女は一体、何のつもりでこんなことを言ってきているんだ。


「本当はもっと早くに謝罪をするべきだったんですが、タイミングが全然無くて……な、なにかお詫びの品を次の機会にお持ち致します。あ、もちろんそれで許されるだなんて思っておりませんので!アクシス様に謝罪したいという意志を知って欲しかっただけですので……」

「…………」


 一向に返事をしない俺にリリク・アンシュリーは疑問に思ったのか、ぎゅうっと小さく縮こまる。何も知らない奴から見たら、俺が一介のお嬢様をいじめているような光景だろう。


 しかし俺は、コイツがどうしても他の何かを企んでいるとしか思えなかった。


 つい最近まで、俺たちが幼馴染という関係性だと忘れていた女だ。どうせ、何が原因かわかっていないまま謝罪したに違いない。どういう意図でこんなことをしているのかサッパリ分からないが、そんな簡単に信用してやるものか。


「……お前、何に対して謝罪してるのか、理解してないだろ」

「えっ」


 弾かれたようにリリク・アンシュリーは顔を上げて、次第に目を逸らしていった。コイツ……。


「はぁ……お前な……」

「も、申し訳ございませんアクシス様!あ、あの、教えて頂くことって……」

「俺がそんなお人好しに見えるか?」

「…………」


『見えない』と顔で雄弁に語っているようなものだった。リリク・アンシュリーはこんなにも分かりやすい奴だっただろうか。


「で、でしたら、せめて何か、アクシス様の為になることをさせて下さい。何でもやります!」

「…………何でも」


 どうやらコイツは本気らしい。逸らされた目が元の位置に戻り、ウザったいほど真っ直ぐ俺を見つめてくる。


 ……これはチャンスだ。俺の長年の夢だった、『リリク・アンシュリーに復讐すること』がようやく叶う日がきたのだ。


「分かった。何でもやるんだな?」

「は、はい!私に出来ることであれば」

「そうか。だったら、もし俺からの頼みをちゃんと果たせたら、お前が過去に俺を散々侮辱してきたことを許してやるよ」

「え」


 彼女の表情がパッと明るいものになる。


「ただし、出来なかったときは──」


 俺はリリク・アンシュリーと同じ目線まで腰を下ろす。奴の茶色の瞳に俺の顔が映った。


「二度と俺に話しかけるな。視界に一切入ろうとするな。この裏庭にも立ち入るな。……分かったか?」

「は、はい……」


 リリク・アンシュリーは戸惑いがちに頷いた。よし、これで言質はとった。泣き言を聞く日が楽しみだ。


「そ、それで、私は一体なにをすれば……」


 俺はしばし考える。正直に言って、信用が一ミリもないコイツにやってほしいことなんて一つもない。だが、生ぬるいことをやらせるのは癪に障る。


 ……そうだ。どうせなら、コイツが一番嫌がることをさせればいい。どうせ途中で音を上げて諦めさせるつもりなのだから。


「お前にはしばらく、この裏庭で魔獣の生態について俺と一緒に調査してもらう。この裏庭は広いからな。少なくとも百種類以上の魔獣が存在している。やめたいと許しを乞うなら今のうちだぞ。ま、そのときは俺がさっき言った通りにしてもら──」

「えぇっと……それだけで良いんですか?」

「……あ?」


 ……『それだけ』?貴族共が皆嫌悪する魔獣を相手に、『それだけ』?思っていた反応と違う。コイツはもっと嫌がると思っていたのに。


「す、すみません!流石にそれだけじゃないですよね、は、早とちりしました。許してもらうまで何でもしますので!」


 勝手に解釈をされた。先程の『頼み事』だけで音をあげさせるつもりだったのに。

 ……まぁ、こちらとしてもその方が都合がいいので何も言わなかったが。


 早くコイツが苦しむ姿を見たい。想像するだけで胸の内がスカッとする。


「……今日はもう遅い。調査は明日からだ。明日の放課後、遅れずに来いよ」

「は、はい」

「……行くぞ、ディオン」


 俺たちの様子をハラハラとしながら見守っていたディオンに声をかけ、その場にリリク・アンシュリーを置いていく。もうアイツに用はない。明日からの復讐劇が楽しみだ。


「あの!待ってくださいアクシス様!」


 背を向けたはずの彼女に、また呼び止められた。今度は一体何の用だ。


「じ、実は私、アクシス様にもう一つ謝らなければいけないことがあって……」

「…………なんだ」

「今日のグループ活動で作った魔法薬、誤って落として割ってしまいました………本当にすみません!!」

「…………」


 絶対復讐を成功してやる、と俺は心の中で再度誓った。

こちら補足なのですが、リリクの容姿は腰あたりまである甘栗色の髪に茶色の瞳で、大体ハーフアップにして白のリボンで髪を纏めています。ですが、それほどリリクの容姿は重要ではないので、ぼんやーりとイメージして下さるだけで大丈夫かなと。読者様がリリクになって楽しむやり方でも全然構いません^^お好きなやり方で物語をお楽しみくださいm(_ _)m


また、こちらを投稿しましたら、次はサイドストーリーになります!一週間以内には投稿すると思うので気長にお待ちくださいm(_ _)m

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