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4/10

クラスメイト

 急いで教室に向かうと、途中の廊下で別クラスのハルベルトとは別れて、アイルと共にBクラスへと入った。


 入学初日からギリギリ遅刻は免れたようで、教室に着いた途端、アイルと共に安堵の息を吐く。


「良かった……無事に間に合いましたね」

「はい……これで一安心ですね」


 さて、私の席は一体どこかなと辺りを見回すと、どうやら皆思い思いに座っているらしく、席の指定はないようだった。

 それなら私は丁度空いていた教室の端の窓際の席に着かせて頂こう。貴族の陽キャ共はみんな真ん中の席に座りたいようで、端の席はガラガラみたいだし。


 ルンルンで端の席を引くと、隣の席にも誰かが座ってきた。お隣さんどうぞよろしくー!の気分で見ると、なんとそこにいたのはアイルだった。


 あれっ。おかしいな。

 ゲームでのアイルの席は大体攻略対象と一番近い真ん中の席のはずなのに。どうしてこんな端っこの席に、しかも私の隣に座ってるんだ。


「?どうかされましたか?アンシュリー様」

「え、えーと……アイルさん、私の隣でよろしいんですか?」

「へ?だ、ダメでしたか!?」

「い、いえダメとかではなく!こんな端の席、黒板から遠いですし、人とあまり交流できないと思いますし……別の席の方が授業に集中できると思います」


 さりげなーく攻略対象たちの近くに移動させようとして言ったつもりだったのに、アイルはポカーンとした後、嬉しそうに破顔させた。


「僕の心配をしてくださっていたのですね。それなら大丈夫です!目は良い方ですし、あの中に入っても、あんまり馴染めないと思いますし……それに何より、僕がアンシュリー様の近くにいたいんです」

「え……」

「ええっと、その……仲良くしたい……と言ったらご迷惑でしょうか?」


 ───ズッッキューン。


 リリク・アンシュリー、クリティカルヒット!【頬染め上目遣い攻撃】に彼女は為す術なくひれ伏した!


「も、モチロンデス……」

「!ふふ、良かった!」


 なんなの、なんなのこの子!破壊力やばすぎるわ。一撃必殺高火力不可避攻撃勘弁して!半分くらい死んだから!


【可愛い】も度が過ぎるとナイフよりも鋭い攻撃になるのだと学んだ。


 そんなこんなでアイルと雑談を交わしていると、教室に担任の先生が入ってきた。紺色の正装に黒髪をオールバックにしている男性の先生だ。今日は入学式だったから、カッチリとした服装を着ているのだろう。


「担任のアイザーだ。魔法薬の授業を担当している。分からないことがあればすぐに聞くように。よろしく」


 爽やかな雰囲気で自己紹介を終える。ゲームではそれほど登場しなかったが、怖そうな先生でも無いし、この一年間は無事に乗り越えられるだろう。


「それじゃ、クラスメイトの自己紹介をしていくぞー。そっちの席からやってくれ」


 アイザー先生の指示に従い、クラスメイトたちが一人一人自己紹介をしていく。といっても、大体は顔見知りの貴族なので名前は把握していた。流石社交性に優れたリリク。聖女を目指していたのは伊達ではない。


「次の人。クロード」

「はい」

「……!」


『クロード』という名前を聞いて、思考が一瞬で止まる。おそるおそる返事をした方を見ると、やはりというべきか、そこにはよく知った顔──攻略対象の姿があった。


「クロード・アクシスです。一年間よろしくお願いします」


 クロード・アクシス。セイバラの攻略対象その二。ミルクチョコレートのような茶髪に明るいオレンジの瞳。公爵家の長男であり、歳の離れた妹が一人いる。礼儀正しく責任感があり、アイルのクラスメイト。普段は人当たりがよくクラスの人気者だが、裏の顔は大の女嫌いでぶっきらぼうな性格。言葉遣いも荒いものとなり、アイルに対し棘のある言葉を吐く時もしばしば……。


 そんなクロードルートの一番のお気に入りの台詞は「バーカ。お前は俺の背中に隠れときゃいいんだよ。ぜってぇ指一本触れさせねぇから」である。クロードの頼りになる性格が表れているし、好きな子を守りたいという欲望が垣間見えて大変素晴らしい台詞である。


 あのクロードと同じクラス……なんだか夢を見ている気分だ。是非とも存分にこの教室でアイルとの愛を育んでほしい。


「次。リュークベルト」

「はーい」


 一人でニマニマしていると、再び知った名前が耳に入る。


「リュークベルト・エヴァントです。みんなよろしくね〜」


 ひらひらと手を振るリュークベルトに、数名の女子生徒たちが「きゃー!♡」と声を上げる。


 それもそうだろう。リュークベルト・エヴァントという男は、自他ともに認める美青年で、セイバラの攻略対象その三なのだから。


 コーラルピンクの髪色に一度目を合わせたら逸らせないほどに美しい金色の瞳。公爵家の一人息子で、彼のハニーフェイスはため息が出るほどに魅惑的だ。普段は軟派な性格で、よく女の子を取っかえ引っ変えしている。まぁ、要するにクズ男という訳だ。しかし、一度アイルと恋に落ちたら女遊びはきっぱりやめて、アイル一筋になる。ギャップというやつだろう。

 ちなみに、クロードとリュークベルトは幼少期から交流があって、幼なじみという関係だ。一件真逆の性格だが、意外と仲が良くペア授業のイベントでは度々ペアを組んでいるところをゲームの中で見かける。あ、もちろんアイルが二人のうちどちらかのルートを選んだらペア相手はアイル固定になるんだけどね。


 そして!リュークベルトのルートで私の一番お気に入りの台詞は「ほんと……君は俺の心を乱してばかりだね。これ以上君のこと好きにさせないでよ」である。愛しい人を見つめる瞳で、アイルに優しく微笑むのだ。その時のスチルがどれほど美しいか……言葉で表現するのが難しいほど心揺れるシーンなのだ。


 もちろんリュークベルトにも、アイルとこの愛の箱庭(教室)で愛を育んでもらって頂きたい。なんならクロードと取り合いになってもらっても構わない。セイバラには【逆ハーレムルート】も存在するのだから。


「次、アイル」

「は、はい!」


 隣の席から慌てて椅子を引いた音が聞こえた。


「ええっと、僕は特待生としてこの学園ににゅぐっ……ぅ……」


 噛んだ。おそらく『入学』という言葉を出そうとして、謎の擬音を発してしまったのだろう。アイルは顔を真っ赤にさせて、それきり黙ってしまった。

 教室に異様な雰囲気が漂う。謎の擬音を発して黙ったアイルを訝しげに思う者、それを小馬鹿にしたように笑う者、心配そうに成り行きを見守る者。今のアイルにとってはその全てが、パニックを助長させる要因の一つに過ぎなかった。


 こんなの、見ていられない。アイルがあまりにも可哀想だ。


 私は俯いてしまったアイルの視界に入るようにそっと椅子を近づけて、「アイルさん」と小さく名前を呼ぶ。


 すると、今にも泣きそうな顔をしたアイルと目が合った。アッ……可愛い……──じゃなくて!


「……アイルさん、大丈夫です。深呼吸をしましょう。何も怖いことはありません。私が側にいます」

「……!」


 アイルの瞳が大きく見開かれたかと思えば、「すぅぅぅーーー」と大きく息を吸って「はぁぁぁーーー」と同じように息を吐いた。


 そして、真っ直ぐと前を向いた。


「……僕は、特待生としてこの学園に入学してきました。アイルです。皆さんにご迷惑をお掛けしてしまうこともあるかもしれませんが、この一年間、どうぞよろしくお願いします」


 完璧に言い直せたアイルに、私はクラスで一番の拍手を送る。他の人の嘲笑なんて聞こえないくらいの大拍手だ。


 アイル、偉い。アイル、天才。アイル、最高!


「………アンシュリー様、ありがとうございます……!」


 席に着いたアイルに小声で感謝を言われる。いいえ、私は何もしていません。あなたが頑張ったからですよ。私は首を横に振った。


「アイルさんが頑張ったからですよ」


 私なんてただ一言言っただけ。アイルが一人で頑張ったからだ。感謝なんて伝えなくて良い。


「そ、そんなことないです!アンシュリー様のお陰で落ち着けました」

「そうなんですか?……それなら良かったです」


 ニコニコとお互い微笑みあっていると、「コホン」とわざとらしい咳払いをしたアイザー先生と目が合った。


「次。リリク」

「あ、はい!」


 そうだ。次は私の番だった。

 私は居住まいを正して、ぺこり、と淑女の礼をした。


「リリク・アンシュリーです。一年間、どうぞよろしくお願いします」


 ぽく、ぽく、ぽく、しーん。


 私が自己紹介をした瞬間、何故か教室が静まり返った。いや、なんで?なんか私変なこと言った?

 担任のアイザー先生も「おーい、お前ら拍手どうした」と怪訝に思っている。


 すると、一人の生徒が心底驚いたような声を出した。


「あ、あのリリク・アンシュリーが………──」

「「「「人に頭を下げた!?!!?」」」」

「だァ」


 ……っぶねぇー……!普通にずっこけるところだった。

 いや、ただの淑女の礼なんだが。そんなに私が人に頭を下げることが珍しいのか。一体今まで、どんな悪逆非道の限りを尽くしてきたらここまで驚かれるんだ。

 チラリと見ると、攻略対象であるクロードとリュークベルトでさえ驚きで目を見開いている。いや、大袈裟すぎるって!


 その後、一悶着はありつつも無事に自己紹介を終えて、今日は解散ということになった。


 初日から疲労感を感じる一日だった。

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