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激励の薔薇

「えぇーーい!」

「はいダメー。てか何その謎の掛け声。遠吠えのつもり?出来てないよ?」

「……と、とりゃー!」

「はい全然ダメー。自ら駄犬っぷりを晒してどうするの。俺ちゃんと教えたよね?指先に意識を集中させろって」

「くっ……ぐおおー!」

「はぁ……まだ直ってないんだけど?ほんっと駄犬。いつになったら学習するの?」


 放課後、ようやくリュークベルトが魔法の扱い方を教えてくれる気になったので、現在魔法の練習をしている最中だ。


 しかし、奴は中々の毒舌&スパルタだった。


「──だからさぁ、なんでそこで集中が──」

「あのっ!エヴァント様!」

「何?」

「も、もう少しですね、真心というか、優しさというか、親切な気持ちを抱いて教えてほしいというか……!さ、先程から厳しいことばかり仰るので……!」

「それの何がいけないの。できない子に優しくする必要なんてないでしょ?」

「………………」


 私は膝から崩れ落ちた。この人はどうやら、他人に優しくするという気持ちを母体に置いてきてしまったらしい。確かに繰り返し同じことを言われてできない私も悪いが、だからと言って遠吠えやら駄犬やらで馬鹿にしてくる筋合いはない。


 だが、それを素直に伝えられたらどれほど楽なことか。悲しいかな、ボロカスに言い返された私の心は疲弊して、「………ハイ、オッシャルトオリデス」としか言えなかった。


「リュカの教育は厳しいって有名だからな。俺も何度コイツに馬鹿にされたことか……」


 すると、傍で妖精と戯れながらこちらを見守っていたクロードが近づいてくる。裏庭で練習を始める際、偶然出会ったのだ。彼はどこか遠い目をしながら、私の頭にぽん、と手を置いた。


「ま、コイツの教え方がキツかったら俺に言え。俺が助言してやるからよ」

「クロード様……!」


 私は手を合わせて目を輝かせた。たった今、私は大きな後ろ盾を手に入れた。


「はぁ?二人して大袈裟だろ。俺はちゃんとできるいい子には優しいよ?君たちが悪い子だったってだけでしょ」


 クロードに文句を言われたリュークベルトは少々不満げだった。こっちだって好きで悪い子になってるんじゃないというのに。


「お前は加減を知らねぇからそう言えるんだよ。お前のせいで、何人の女が泣かされたと思ってんだ。全部こっちに流れてくんだからな」

「知らない知らなーい。勝手にあっちが泣いてるだけだし、例えクロードに慰めてもらいに行ってたとしても、俺には関係ないもーん」

「ハァ……お前なぁ……」


 クロードは呆れたように頭を抱えた。クロードの周囲にいる妖精たちがクロードの様子を心配そうに飛び回っている。


「ねぇ、ポチもそう思うよね?」

「リリク、お前は俺の気持ちを分かってくれるよな?」

「……………は!?」


 突如振られた話題に、しかも究極の選択を迫られて頭が一瞬でパニックになる。


「えっとぉ……いやぁ……そのぅ……」


 結局どっちを選んだらいいか分からず、私は曖昧に頷いて後ろへ一歩ずつ下がった。

 しかし、私が一歩下がる度に、足の長い二人は二歩分詰め寄ってくる。そのまま私が木の幹に背をつけてしまい、見事に八方塞がりとなった。


 ど、どうしよう……逃げられない……。


 軽く絶望しかけたその時、鶴の一声が聞こえた。


「アンシュリー様……?それに皆さんまで!」

「!アイルさん!」


 ナイスタイミングでアイルが裏庭に顔を出した。

 私は忍者のようにアイルの背中に隠れる。アイルはとても困惑していたが、私は自分の身が守れたらそれで満足だった。


「あーあ、逃げられちゃった。……で、アイルくんだっけ。なんで君こんな所に来たの?」

「魔獣の様子を見に来たんです!あの事件以降、一度も様子を見に行けていなかったので……」


 アイルはあの『マグイ事件』の目撃者として、一週間は事情聴取に応じていたという。それが終わった次の日、ヘロヘロになった状態で学園へ登校していたことは記憶にまだ新しい。

 その間、彼はずっと裏庭の様子を案じていてくれたらしい。わざわざ確認しにきてくれるなんて、やはりアイルは優しい心の持ち主だった。


「魔獣たちの様子は大丈夫だ。『マグイ』に心を乗っ取られてた妖精も今は無事に回復してきてる。だから安心しろ」

「!そうだったんですね……!それなら良かったです!ずっと気がかりだったので……」


 アイルは安堵したように息を吐いた。クロードはその様子を満足そうに見ている。

 ……もしや、クロードは既にアイルにそれなりの好感を抱いているのだろうか。この二人が親しく話していたところなんてあまり見かけなかったが、私の知らないところでストーリーが進行していてもおかしくない。だから共同魔法も成功した……?


「?……アンシュリー様?一人で考え込まれて如何致しましたか?」

「あっ……い、いえ。なんでもありません。少しぼーっとしてしまいました」

「そうなんですね。……ところでアンシュリー様たちは一体何をしていらしたんですか?」

「あぁ、それは───ぐぇ」


 アイルの質問に私が答える前に、割り込んできたのはリュークベルトだった。しかも、不躾にも私の頭に腕を置いて伸し掛ってくる。とても重かった。


「ポチちゃんは俺と一緒に魔法の練習してるの。でもポチちゃんは悪い子だから、全然上達しないんだよねー。アイルくん、良かったらアドバイスしてあげてよ」

「ぽ、ポチちゃん?」

「そ。この子の新しい名前。ピッタリでしょ?」


 一切の罪悪感を感じない笑顔で、リュークベルトはそう言い切った。アイルは困惑して、「そ、そうですかね……」と歯切れ悪く言った。こういう時、立場が弱いと安易に否定できないのが可哀想だと思う。


「えっと……アンシュリー様の渾名はともかく、魔法の練習をしていらしたんですね!アンシュリー様、何か疑問に思ったことはありますか?僕で良ければお答えしますよ!」

「あ、ありがとうございます、アイルさん……でも、今のところは大丈夫です。お気遣い痛み入ります」


 リュークベルトの教え方はとても厳しい。しかし、彼が指摘してくるところはどれも的確で、とても分かりやすい。つまり頭ではちゃんと理解できているのだ。それに技術が追いついていないだけで。


「エヴァント様。続きのご指導、よろしくお願いします!」


 ふんすふんすと息巻くと、エヴァントは無言でそれを一瞥した後、やれやれといった風に肩を竦めた。


「はいはい。……じゃ、さっき俺が教えたところからやってみて」

「はい!」


 その後暗くなるまでみっちり魔法の練習をしたが、悲しいことに、一度も魔法を出すことは叶わなかった。


 それから私は毎日第三音楽室で魔導書を読み耽り、放課後は裏庭でリュークベルトから魔法の指導を受ける日々が続いた。クロードもアイルも、ほぼ毎回様子を見に来てくれるが、一向に上達する気配はない。


 自分に対する不甲斐無さと、退学になるかもしれないという大きな不安が日に日に募っていった。




 *




 その日は、珍しくリュークベルトが放課後に不在で、クロードとアイルから指導を受けていた。

 相変わらず私の魔法は出現せず、暗くなる前に解散となった。


 ため息を吐きながら女子寮に戻る。腕には最近マストになりつつあった魔導書が三冊。どれも魔法の基礎本だった。


 こんな調子で本当に共同魔法が成功するのだろうか。アイルたちに迷惑はかけたくない。その思いとは裏腹に、魔法は全く形を成さない。そもそも共同魔法以前に、私が学園に籍を置き続けられるかも怪しい。漠然とした不安を抱えたまま、私は二度目の溜め息を吐いた。


 ──ふと、私の顔の真横に白い花弁がふわりと通過する。風の流れによって舞う花弁は、自然体というよりかは、どこか意志を持って舞っていた。

 その証拠に、花弁数枚が私の体をくるりと回って、学園の薔薇園の方へ飛んでいく。まるで私をそこに誘っているかのように。


 好奇心を抱いた私は、駆け足で花弁を追う。歩いていた石畳の道は、レンガの道に。生い茂った緑の草木は、美しい薔薇の園に変化する。


 薔薇園の中央にある噴水に、一人見知った影を見つけた。


「──……エヴァント様……?」

「よく来たね、ポチちゃん。ちゃんとご主人様の匂いを辿ってこれた?」


 リュークベルトの周囲には美しい花弁が舞っていた。彼の指先が一振りされると、呼応するように花弁が舞う。そうか、花弁が独りでに動いているのではなく、リュークベルトの風魔法で花弁が舞っていたのか。


 彼の魔法技術の高さに驚かされる。あんなに小さな花弁を、しかも複数枚風に乗せて自由自在に操れるなんてすごすぎる。


「すごいでしょ。俺の風魔法。でも魔力操作が苦手だからさー、集中してないとたまーに変な方向に飛んで行っちゃうんだよね。……──例えば、こんなふうに」

「え」


 突然、私の体が浮遊した。重力に逆らって、私の足がみるみる地面から離れていく。


「は!?ちょ、ちょちょちょ、う、浮いて──……っ!?」

「あ、ごめ〜ん。魔力操作ミスっちゃった」

「は?」


 てへぺろ、とでも言いたそうにリュークベルトは舌を出して笑った。彼の些細なミスのせいで、こちらの人生が鳥人間として生きるか、人として生きるかの究極の二択を迫られることになった。ほぼ死亡フラグである。


「ちょ、お、下ろしてくださいよ!」

「えー?せっかく飛んでるんだし鳥の気分味わってみれば?普段は犬なんだし」

「私人間なんですけど」


 とんでもない提案をしてくるな。人権侵害も甚だしいところである。


 リュークベルトは私を下ろしてくれることもなく、かといって飛んでいかないように腕を引っ張ってくれるとかでもなく、ただ空へ風船を飛ばす時みたいに、手を振って送り出した。


「エヴァントさまぁぁぁぁ〜!!」


 私の悲鳴も虚しく、私の体は浮いていき、薔薇園を越えて学園の塀まで越えてしまった。風によって飛ばされる花弁のように、もう自分の力ではどうもできない。私は諦めて、風に吹かれるまま、夜の街を飛んでいくことにした。


 アンスリウム王国の夜景は美しかった。都会の光とまではいかないが、複数の家々の明かりが大きな塊となって光を生み出している。遠くの方には時計塔があって、十九時の鐘を鳴らしている。


 この世界に転生して数週間が経過したが、改めて街を見渡してみると、本当に異世界に転生してしまったことが実感できる。知らない土地、知らない人、知らないルール……そんな世界で、私は強制的に鳥にさせられた。一体私は何をしているんだろう。


 突風が吹いて再び私の体は違う場所へ飛ばされる。次に訪れた場所は、月明かりが満ちた夜の海だった。


 かなり高い位置まで飛ばされたのだが、ここからでも漣の音がよく聞こえる。月の光に反射して、暗くても波の形が少し分かる。私は静かで悠然とした海をしばらく見つめていた。


 しかし次の瞬間、途端に体が揺れて、真っ逆さまに海へ落下していった。


「は?え、ちょ、ギャアアアアアア!!」


 半分涙目になりながら私の体は垂直落下していく。魔法の効果が切れたのか知らないが、このままでは海の藻屑となってしまう。


 恐怖でぎゅっと目を瞑ったそのとき、誰かに抱き留められる感覚がした。


「よっ──と。ふぅ、セーフセーフ」

「………ぁ……エヴァント……さま……?」


 私を海面スレスレの位置でお姫様抱っこをして、リュークベルトは余裕そうな笑みを浮かべた。


「間一髪だったねー」

「!………エヴァントさまあああ!!」


 私は泣きながらエヴァントの体をぽこすか殴った。


「死ぬかと思いました!冗談ではなく、本気で!」

「ちょ、殴んないでよポチちゃん。落とすよ?」

「やめてください」


 切実だった。私は殴るのをやめた。


「はいはい怖かったねーポチちゃん。ごめんね、一人にさせちゃって」

「私が最高権力者ならエヴァント様を斬首してました」

「いや怖。いつから狂犬にジョブチェンジしたの?」


 軽口を言い合いながら、リュークベルトは海面からすうっ、と浮き上がる。彼の風魔法の影響で、海面には波が出来ていた。


「ほら見てポチちゃん」

「はぁ……今度はなんで──ぇっ!?」


 下を見ると、海面に一面の花が咲き綻んでいた。……否、花が咲いているように見えて、実際は花が海面に浮いているのだ。波の動きによって、花が四方へ流れていく。その量は少なくとも、私の視界いっぱいに映るほど。


 色とりどりの花々が視界を覆い尽くし、白い満月と相まって幻想的な雰囲気を作り出す。花の柔らかな香りが潮風に乗って鼻を擽った。


「綺麗……」


 ぽつりと零れた言葉は紛れもない本音だった。しばらく見惚れていると、頭上からくすりと楽しそうな笑い声が聞こえる。リュークベルトだ。


「ポチちゃん楽しそう。俺の魔法、お気に召してくれたのかな?」

「は、はい……気に入りました。とても……」

「そりゃ良かった。……ここまでポチちゃんを飛ばしてきた甲斐があったよ」

「……え?飛ばしてきたって……?」


 思わずリュークベルトの顔を見上げた。するとそこには、妖艶な笑みを浮かべてこちらを見下ろすリュークベルトがいた。私は呼吸すら忘れて、その美しさに魅入る。


「……飼い主として、飼い犬の機嫌を取るのは当たり前でしょ?」


 ……思えば、最近の私は眉間に皺を寄せてばかりだったかもしれない。全く成長を見せない自分に焦って、呼吸がしづらくて、自己嫌悪に苛まれていた。

 自分自身ですら気付けていなかったことを、リュークベルトだけは見抜いたのだ。だからこんな風に、彼は私を励ましてくれている。やり方に強引さはあれど、それは彼なりの、不器用で優しい気遣いの形だったのかもしれない。


「………ありがとうございます、エヴァント様。私、諦めずに頑張ってみようと思います」

「いいねー、やる気が出たようで何より。俺も今までよりもっと厳しく指導してあげるから、そのつもりでいてね」

「………が、頑張ります!」


 不安混じりの返事に、リュークベルトはもう一度愉快そうに笑った。


「……ほんと、そっくりだね」

「?何か言いましたか?」

「………ううん。なーんでもないよ、ポチちゃん」


 リュークベルトは私を抱き抱えたまま、空高く飛んでいき、元いた場所──薔薇園にようやく私を下ろしてくれた。


 久々の地面に私は感動する。やっぱり私に鳥は向いていなかった。こんなにもレンガの道を望んだことはない。


「ほら、もう外も暗いし帰るよ。明日も練習、するんでしょ?」

「あ、はい!今行きます!」


 私は彼の後を追う。もう、最初の頃のような圧のある空気は消えて、ただ今は、穏やかな空気が私たちを包んでいた。




 ──一方その頃。薔薇園の隅では、複数の影が二人の姿を捉えていた。


「………どうして今になって、あの方がリュークベルト様に近づいているのよ……!?」

「許せない……私のリュークベルト様だったのに……!」

「離れさせなきゃ……!絶対に……──」



 ───渡してやるものか。



 その大きな嫉妬心は、何も知らないリリクへと一心に向けられていた。


不穏な影が……?

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