駄犬
「おっそーい。パン買うだけなのにそんな手間取ることある?」
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……す、すみません……」
リュークベルトに『忠犬宣言』をされた次の日、私は早速彼のパシリと化していた。
登校して早々、私の席にやって来たかと思えば「ポチちゃん。いつも三分で売り切れる幻のメロンパン、今日のお昼に買ってきて」と命令してきたのだ。そしてギリギリ最後の一個を購入することに成功し、肩で息をしながらリュークベルトを探し回ってようやく見つけたところだった。
遅いと思うなら最初から落ち合い場所を言えよと文句を言いたかったが、言ってしまえば最後、私の退学が確定してしまうため口を噤む。
結局リュークベルトがいた場所は、人気のない第三音楽室だった。自分でもよく見つけられたと思う。
「てかさー、これ俺が頼んだパンじゃないんだけど?」
「え?そんなはずは……」
「俺が頼んだのは、『三分で売り切れる幻のメロンパン』だよ?中にメロンクリームが入ってんの。でもアンタが持ってきたメロンパンは中身なーんも入ってない普通のメロンパンなんだけど?」
「い、いや……えぇ……そんなぁ……」
何かいい言い訳を考えようとしたが、何も思いつかずゴニョゴニョと口を動かす。リュークベルトは呆れたようにため息を吐いて、メロンパンをポイッと私に投げつけた。
「アンタもしかして駄犬?代わりにアンタがこれ食べてよ」
「え」
いや、食べかけなんすけど……。
しかし、まだ食べられるはずのメロンパンを捨てるのは憚られるので、紙の包に包んで持った。
「ねー、俺授業で疲れたから肩揉んでよ」
「え」
「早くして?」
こ、コイツ……。
私は文句を言いたい気持ちを抑えて、リュークベルトの肩を強めに揉んだ。
私の恨みの籠った力は、悲しいかなリュークベルトにとっては心地のよい強さだったらしく、「いいねー、そこら辺もっと強くして」と更なる要求をしてきた。
これも全て退学回避の為……社会的死を免れる為……と暗示のように何度も自分にかけながら従った。とても惨めだった。
「あ、あのぅ……エヴァント様」
「何?」
「一体いつになったら、魔法の出し方を教えてくれるんですかね……?」
このままじゃ良いように利用されるだけだと悟った私は、一か八かで聞いてみる。リュークベルトは「うーん……」と腕を組んで、少しわざとらしいくらいに考えていた。
そして。
「今日は気分じゃないから無理」
「は?」
「図書室にそういう類の本があると思うから、まずは自分で調べてみてよ。話はそれからっしょ。じゃ、俺もう行くから。バイバーイ」
「……っえ、ちょ、まっ──!」
リュークベルトはご機嫌な様子で第三音楽室から出て行った。取り残された私は、リュークベルトに言われた言葉が理解しきれずに固まる。
「き、気分じゃないって……はぁ……?」
リュークベルトの無責任さに、私は怒りを通り越して呆れてしまった。
仕方ない。リュークベルトが気分じゃないというのなら、彼が言ったように図書室で自分で調べてみよう。
私は疲れたように、ため息を一つ吐いた。
*
──放課後。私はお昼休みに決めた通り、図書室へ足を運んでいた。
ジーニアスの図書室はかなり広く、十メートル以上ありそうな壁にびっしりと本が詰まっていた。広い図書室を照らす橙色のランプが、規則正しく壁にぶら下がって本を照らしている。時々、空を飛んでいる羽ペンや本とすれ違う。おそらく何かしらの魔法で動かしているのだろうが、まるで意思が宿っているみたいでわくわくした。
「えっと……魔法に関する本は……」
本棚の前でウロウロしていると、ふと一冊の本が私の元へ目掛けて勢いよく飛んできた。
「ブッ!」
思いっきり本の表紙と私の顔面がぶつかった。痛い。
「な、何……?」
ぶつかってきた本の表紙を見ると、『基礎魔法の使い方』というタイトルが書かれていた。
なんと。私が丁度探していた本そのじゃないか。もしかしてこの図書室は、欲しいと思った本自ら手元にやって来てくれるのか。なんて便利でわくわくする仕組みなんだろう。
早速私は本を手に取って椅子に座った。長机に本を置いて座って読んでいる人は私の他にも数名いたが、私が席に座ると蜘蛛の子を散らすように皆消えていく。悪役令嬢と汚名高い私とあまり関わりたくないのだろう。ほぼ貸切状態となった図書室で、私はなんとも言えない気持ちになりながらも本を読み進めた。
ふむふむ……魔法の出し方はイメージが重要なのか……。
次のページには筋が良い人は幼少期から魔法を扱えると記載されていた。リリクは幼少期から魔法を使っていたから、筋が良い方だったんだ。……まぁ、今は使えないけど。
結局、閉館時間となった図書室の管理人が声をかけにくるまで、私は夢中になって読書を続けていた。
辺りはすっかり暗くなっていた。
次の日から、私は図書室に通いつめるようになった。魔法について勉強することは大変だったが、新鮮で面白くもあり、私の知的好奇心を刺激するには十分だった。
しかし、一つ問題があった。
「ねぇポチちゃーん。これまた違うメロンパンだよ?中身カスタードなんだけど」
「いや知りませんよそんなこと……」
「はぁ?飼い主の命令に従えない犬は駄犬だよ?ねぇ、聞いてるー?無視しないでポチちゃーん」
「…………」
なんッでわざわざここに押しかけてくるんだコイツ……!
図書室に通うようになって三日が経った頃、図書室へ行く廊下の途中で偶然リュークベルトと出会った。言われた通り図書室で魔法に関する書物を読み漁っていると彼に伝えたら、「へぇ、そうだったんだ。面白そうだから俺も着いてくね」と言われ、ほぼ邪魔しかされないまま更に三日が経った。毎日幻のメロンパンを要求されて、本を読む邪魔をされて、私は日に日にストレスで疲弊していた。
「あの、リュークベルト様……」
「ん?なぁにポチちゃん」
「本を読む邪魔しに来たんなら帰ってくれませんか?他の方も迷惑してるでしょうし。あと図書室は飲食禁止です」
すると、リュークベルトはつまんなそうな顔をして、「ハァー」とため息を吐いた。なんだコイツムカつくな。
「邪魔なんてしてるつもりないし、集中できてないのはポチちゃんの責任だよ。俺のせいにする前に、まずは自分のことを見つめてみたら?」
「は、はぁ……!?どう考えてもエヴァント様が──!」
「オッホン!」
口喧嘩になりそうになったその時、私とリュークベルトの間に図書室の管理人さんがいた。普段は眼鏡をかけて穏やかな顔で本の整理をしているのに、今はその顔で厳しくこちらを睨みつけている。一目で怒っているのが分かった。
「図書室は私語禁止飲食禁止喧嘩禁止です!守れない生徒は即刻退出願います!」
「「…………は、ハイ」」
私たちは二人とも図書室を追い出された。
「エヴァント様のせいですからね!?」
「は?絶対俺のせいじゃないよ。ポチちゃんが無駄に騒いだからでしょ?」
「根本は全部エヴァント様ですよ!……はぁ、どこで勉強しよう」
教室で勉強するにしても、人の目がある。あの『完璧令嬢』が魔法の基礎中の基礎の本なんて読んでいたらすぐに噂が広まってしまうだろう。そして、今までリリクが下に見てた奴らから絶対に馬鹿にされる。かといって、図書室は追い出されてしまったし、一体どうすれば……。
「第三音楽室」
「え?」
「俺がいつもいる場所。人もほとんど来ないし静かだから、勉強するには打って付けなんじゃない?」
「………よ、よろしいのですか?」
「いいよ別に。俺も伸び伸びできるし丁度いいでしょ」
意外だった。まさか、リュークベルトから提案されるなんて思っていなかった。ちょっとは自分が悪いと思っているのだろうか。
「にしてもお腹空いたー。ポチちゃんなんか買ってきて」
「…………」
……いや、そんな訳なかったわ。悪いと反省してる奴がこんなすぐパシリにしてくるはずないもの。
*
その日から、私はリュークベルトに言われた通り第三音楽室で勉強をしていた。第三音楽室は彼が言った通り人が全く来訪せず、喧騒すら遠いものだった。第三音楽室には古びたピアノと黒板、そして簡易的な椅子が数席あるだけだったが、勉強するには十分なスペースだった。
「ポチちゃんさぁ」
そこで、今日も今日とて勉強していると、隣の席に座って頬杖をついていたリュークベルトが話しかけてきた。リュークベルトとの会話は八割くらいどうでもいいことばかりで、毎回勉強を邪魔されていた。だから、また私は今度はなんだと思いながらリュークベルトを見ずに耳だけを傾けた。
「なんでそんなに頑張るの」
「…………はい?」
今まで会話してきた内容の中で、一番意味の分からない会話だった。案の定その思考が伝わったのか、リュークベルトは変わらぬ表情で言葉を紡ぐ。
「それ。魔導書の基礎本でしょ。人前でそれ読んでて、恥ずかしくないのかなーって」
「…………馬鹿にしてます?」
「違う。純粋な疑問なの。………普通努力ってのは、他人が知らないときにやるもんでしょ。俺に見られてて恥ずかしくないの?って思っただけ」
「えぇ………」
いや、別に恥ずかしくはないな。
「恥ずかしくないですよ。別にいいじゃないですか、努力してる姿を人に見せつけても」
「いや、かっこ悪いでしょ。そんなの自分から、『俺は努力しないといけない人間なんです』って言ってるようなもんじゃん」
「それのどこが悪いんですか?」
「…………」
私の言葉を皮切りに、リュークベルトは黙ってしまった。私は魔導書から顔を上げて、ようやくリュークベルトと目を合わせる。彼は驚いた表情をしていた。心なしか、リュークベルトの金色の瞳が揺れた気がした。
「……はぁ?かっこ悪いでしょ。何もせずとも完璧にできるよう見せた方が人は関心するし、一目を置く。尊敬だって簡単にしてくれる」
リュークベルトはどこか焦ったように早口でまくし立てる。その姿はまるで自分に言い聞かせているようだった。
「確かにすごいですし格好良いですけど、必死に努力して頑張っている姿も十分格好良いと思います。というかそもそも、エヴァント様の考え方は根本が間違っていると思います」
「……根本が間違ってる?」
「はい。本当に努力している人は、人の目なんて気にしないものですよ。だって、その人が本当に望んでいるものは他人への評価じゃなくて、自分の目標を叶えることなんですから」
「……………」
それきりまたリュークベルトは黙ってしまった。ようやく静かになったと私は再び魔導書に目を通し始める。
それから数分後、リュークベルトがまた口を開いた。
「……俺は、魔力操作が苦手なの。だからいつも寮の屋根の上で練習してる。あそこは風がよく通るから。………ダサい?」
突然振られた質問に、私は一瞬虚を突かれる。しかしすぐに首を横に振った。
「いいえ。とても素晴らしいことだと思います。エヴァント様が努力する姿を、私は尊敬します」
「………そう」
リュークベルトはそれだけ言うと、ガタリと椅子を引いて立ち上がり、私が座っている席の前に立つ。何事かと見上げると、リュークベルトは視線を逸らしながら、私のノートを指さした。その耳が僅かに赤い。
「ここ、間違ってる。魔素じゃなくて魔力式だから」
「え。…………あ、ほんとだ」
私は急いで間違ったところを訂正する。そして改めてエヴァントを見上げた。
「ありがとうございます、エヴァント様」
礼を言って、私はすぐさま魔導書に目を向ける。すると、書き写していたノートにバシッと白い角張った手が置かれ、ペンが止まる。手を置いた張本人であるリュークベルトを見ると、バチッと目が合った。
「……エヴァント様?」
「……明日」
「え?」
「明日の放課後、裏庭に集合ね。……ようやく気が向いたから、教えてあげる。魔法の出し方」
「…………え」
私は耳を疑った。あのリュークベルトが、自ら私に魔法を教えると言ってきたのだ。リュークベルトはそれだけ告げると、スタスタと第三音楽室を出ていった。去り際、彼はもう一度振り返って「遅刻したらメロンパン二個に増やすからね?」と言い残していった。
「…………えっと……?」
取り残された私は未だ脳の処理が追いついていなかった。どうして突然やる気に満ち溢れたのか、理由は定かではないが、今の私にとってはとても都合のいい状況だった。
「………まぁ、いっか」
その後私は昼休みギリギリまで勉強に費やし、授業に遅れないように慌てて教室へ向かったのだった。




