ポチ
本日のグループ活動は『共同魔法を成功させよう』だった。
その名の通り、四人全員の魔法を組み合わせて、一つの大きな魔法を生み出す練習だ。来る模擬試験の為にも、必ず成功させなければいけない。
ゲームでも攻略対象と同じグループになったアイルが、他のモブ二人とも一緒に素晴らしい共同魔法を成功させていた。ゲームでは攻略対象との好感度が高いと自動的に成功判定だったが、この世界ではどうなるんだろう。私とアイルが同じグループというイレギュラーがある以上、私が足手まといになって失敗することは許されない。曲がってしまった基軸を今回で更に湾曲させる訳にはいかないのだ。
「……って、思ってるんだけどなァー……」
「え?ど、どうかしましたか?アンシュリー様」
ジーニアス学園の演習場にて、私は頭を抱えて立っていた。
なんとこの私、転生してから一度も魔法を使えたことがないのである。魔法薬を作る時も、魔獣のお世話をするときも必ず誰かが手伝ってくれた。だから魔法を使わなくて良かったのだ。
しかし、一人でやるとなると途端に何も出来なくなる。『完璧令嬢』の名を意のままにしていたのに、今はただの『ポンコツ令嬢』だ。
「どうしよう……でも、頼れる人なんて……」
「何か困ったことでもありましたか?僕でよければ、何かお手伝いさせて下さい」
「…………」
……この際、アイルに魔法が使えなくなったことを言って教えてもらおうか。一応補足しておくが、魔導書なんかの知識は頭に入っている。人間の脳とは不思議なもので、例え別の人格に体を奪われたとしても、前の人格が記憶していた内容は思い出せるらしい。お陰で勉強には困らないので、その点に関しては『完璧令嬢』時代だったリリクに感謝だ。
だからこそ、どうして魔法"だけ"が使えないのか、疑問に思う。
ゲームでのリリクは難なく魔法を行使していたし、アイル達だってそうだ。セイラから聞くに、幼少期リリクもバンバン魔法を使っていたらしい。それなのに唐突に魔法が使えなくなったのは、やはり私がこの世界に転生してしまったから……?
「アンシュリー様?」
「……あ、す、すみませんアイルさん。お気持ちは嬉しいのですが、大したことでは無いので大丈夫ですよ」
危ない危ない。自分の世界に入り込みすぎている。目の前の天使を無視してしまうところだった。
「そうなんですか?……分かりました!何かあればすぐ僕に言って下さいね。アンシュリー様の力になりますから!」
「あはは……ありがとうございま──」
「なんだ、何か悩み事でもあんのか?リリク」
「!クロード様!」
クロードは背後から音もなく近づいてきた。驚いてすぐ飛び退き振り返る。
「アイルに相談できねぇことなら、俺に相談してみろよ」
「い、いえ……本当に大丈夫なので。クロード様のお手を煩わせるほどのものではございませんから」
オホホホと、誤魔化すように微笑む。「笑い方キモイぞ」とクロードから言われたのは解せないが。
「あっれ〜?俺抜きですんごい楽しそうじゃん。ねぇ、俺も混ぜてよ」
「え、エヴァント様……」
女子生徒たちの大群をかき分けて、リュークベルトが優雅にやってくる。それほど楽しそうに会話をしていたつもりはないのだが、傍からはそう見えていたらしい。
「クロードもすっかり馴染んじゃってさ。平和ボケでもしたの?」
「からかうのはよせ、リュカ。お前こそ、また今日も女たちを引き連れてるじゃないか。少しは自分のふしだらさを自覚したらどうだ?」
「別に俺が引き連れたくて引き連れてるんじゃないよ。周りが勝手に集まってくんの。ま、人相の悪いクロードくんには分かんないか」
「……俺は女が嫌いだから別にいいんだよ」
リュークベルトはクロードの肩に肘を置いて、クロードもそれを振り払わず会話をする。会話の内容はかなり不穏だが、それもいつものことなのか喧嘩には発展せずに会話を続けていた。
おお……こんなに近くでクロードとリュークベルトのやり取りを拝めるとは思わなかった。前世では、主人公と攻略対象とのカプが一番人気だったが、非公式ではあるものの、リュークベルトとクロードのカプもまあまあ人気があった。まあ、私はアイル右固定なんだけど。
「てか、こんな雑談より早く共同魔法成功させよーよ。早く終わらせて帰りたいし」
「そうだな。お前の嫌味に付き合ってると永遠に終わらない」
「えー?そんなことないけどなぁ」
そうして、私は一抹の不安を抱えたまま、共同魔法の練習をすることになった。
「それじゃあまずは、一人ずつ魔法を出して相性を確かめてみよーよ。相性の良かった人順で魔法を掛け合わせれば上手くいきそうじゃない?」
「なるほど……分かりました!それじゃあ、最初は誰と誰からやりますか?」
「最初は俺とクロードからっしょ。ほらやるよクロード」
「ああ」
そうして、クロードは自分の手のひらから小さな炎を、リュークベルトは柔らかいそよ風を指で指し示す。炎は風によって大きく揺らぎ、風は炎の力に相乗し、大きな青い炎へと変化させた。
「わぁ……!」
「す、すごい……」
アイルと私から感嘆の声が上がる。クロードとリュークベルトはなんてことの無いようにいつもの態度だった。
「昔っから俺とクロードで共同魔法やってたんだよね。今更成功させるのは朝飯前だよ」
「す、すごいですお二人とも!カッコよかったです!」
「ほんとー?ありがとー……えぇっと、何だっけ名前」
「アイルです!」
「ありがとーアイルくん」
ひらひらと手を振るリュークベルトは、まるで褒められるのに慣れているようだった。今までたくさんの女の子たちから称賛の言葉を浴びてきたに違いない。
そして、次に魔法の相性適正を行うのはクロードリュークベルトペアと、アイルだった。
「いきます!」
アイルの手のひらからパァっと明るい光が放たれる。クロードとリュークベルトの青い炎の中心に、更なる強い光が宿った。
「わぁ、流石特待生さん。ちょっと弱いけど、十分融合できてるじゃん?」
「あ、ありがとうございます!」
アイルはニコニコと嬉しそうに笑う。アイルが攻略対象との融合魔法に成功したということは、アイルは今、二人とまあまあ親密な関係になっているということだ。
アイル、いつの間に二人と仲良くなっていたんだ。基本私とずっと一緒にいるから全然分からなかった。ていうかなんで私は、アイルたちが仲良くしているところを目撃できていないんだ。
悶々とした気持ちを抱えつつ、名前を呼ばれた。
「最後は我らがリーダーアンシュリーさんだね。アンシュリーさんなら、こんなの楽勝だよね?」
「…………え?」
──ま、まずい!全然対処法を思いついていなかった!
呑気にアイルと攻略対象との好感度をチェックしてる場合じゃなかった。今の私は、魔法が使えないのに共同魔法を生み出そうとしてる大間抜けなんだった。
ど、どうやってこの状況を切り抜ければいいんだ……。
「さ、とっとと終わらせて早く帰ろ!」
私が魔法を使えないなんて露も思っていないであろうリュークベルトが早く早くと催促してくる。そんなに早く帰っても、どうせ女の子たちと遊んでいるだけなのに、何をそんなに急ぐ必要があるんだ。
というか本当にまずい。試しにこっそり全身に力を入れてみたり、魔法が出てきそうな動作をしてみたけど、全く出る気配がしない。アイルとクロードに首を傾げられてしまった。
「アンシュリーさん?何してんの。まさか準備体操?」
馬鹿にしたようにくすくすと笑うリュークベルトを一旦無視し、私は自分の手のひらに全集中する。リュークベルトもクロードもアイルも、自分の手を翳して何の呪文も唱えずに魔法を出していた。だったら私にだって出来るに違いない。……はず。
「アンシュリー様……?」
「……おい、大丈夫か?すごい汗だぞ」
「っだ、大丈夫、です……っ」
全然大丈夫ではない。しかし、これ以上先伸ばすとアイルとクロードにも怪しまれてしまう。
私は一度息を吐いて、ようやく決意を固めた。
──ええい!もう、どうにでもなれェ!
「ハァァァァァァ!!!」
私は腹の底から叫んだ。演習場にいた生徒全員が私の声を聞き、意図せず注目を浴びてしまう。
しかし、そんなことはお構い無しに私は青い炎に向かって手を出し叫んだ。
結果は────。
ぽく、ぽく、ぽく、ちーん……。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………あ、あれ?」
あの『リリク・アンシュリー』が魔法が使えないと、その場にいた全員に知られた瞬間だった。
*
「ッフ、クククッ……クソッ……ハハハッ……!」
「……アクシス様、笑いすぎですよ……」
「わ、わり……でも……ッハハハ!なんだよあの雄叫び……ヒーッヒーッ」
「…………」
目の前には、先程と全く何も変わっていない青い炎が揺らめいている。クロードは爆笑しながら炎を操っていた。器用なやつだ。そのまま燃えたら良かったのに。
「あ、アンシュリー様、どこか体調が優れないのですか?だから魔法が出ないんじゃ……」
アイルの気遣いが心に沁みる。しかし、彼の憶測は私の罪悪感を強く刺激した。違う、違うんだよアイル……!
これ以上は隠し通せないと悟った私は、転生したことは伏せて、突然魔法が使えなくなったと自白した。
「ま、魔法が使えなくなったって……一大事じゃないですか……!」
「ここはジーニアスだぞ。魔法が使える前提で入学できる学園だ。それが出来ないとなると……──」
『退学』の文字が全員の脳内に浮かび上がる。加えて私は顔を青ざめた。
「ど、どどどどうしましょう……!?どうしたら良いと思いますか!?」
「お、おおお落ち着いてくださいアンシュリー様!きっと何か策があるはずです!」
「さ、策って!?策ってなんですか!?」
「ええっと、それは……例えば……ええっと……!」
「お前らどっちも落ち着け」
ポン、とクロードの手のひらが肩に乗った。落ち着いてなんかいられる訳ない。貴族の登竜門であるジーニアス魔法学園を退学なんてしたら、私は一生社交界で生きていけなくなる。アンシュリー家の恥晒しとして後世に語り継がれてしまう……!
「リリク。とりあえず深呼吸しろ。まだ退学とは決まった訳じゃねぇだろ」
「で、ですが……!このままでは模擬試験にも出られないですし、何より皆様にご迷惑をかけてしまいます!早急に対処しないと、──」
まくし立てるように言った私の肩に、クロードが手を乗せた肩とは反対側の肩に別の手が乗る。リュークベルトだった。
「エヴァント様……?」
ニッコニコの笑みを浮かべたリュークベルトはどう見ても気味が悪かった。顔はいいけど、どことなく別の思惑があるようにしか見えない。
「アンシュリーさん、そんなに慌てなくて大丈夫だよ。誰だって、魔法の一つや二つ、突然使えなくなることはあるからさ」
「はい?」
魔法は一つしかないし、突然魔法が使えなくなるなんて事例聞いたこともない。リュークベルトが何を考えているのか、イマイチ分からなかった。
「──だーかーら!俺が君を、助けてあげちゃう」
「………え?」
リュークベルトは私の両手を徐に掴んで、ぎゅぅっと握りしめる。相変わらず顔はニッコニコだ。
「俺が、魔法の使えなくなったかわいそ〜なアンシュリーさんを、魔法が使えるように教えてあげるよ!」
「おいリュカ、お前まさか……」
「本当ですか!?エヴァント様!」
「…………リリク?」
私はリュークベルトの手を握り返した。この際、退学を免れるならなんでも良い。私のことが嫌いな攻略対象でもなんでも、使えるものは使ってやる!
「うん。ホントホント。嘘つかないから俺」
「〜〜っ、ありがとうございます!ほんっとうに助かります!」
「いいよ〜。俺って優しいからさ」
「はい!本当にお優しいと思います!」
「あは。おもろ」
私はリュークベルトをよいしょよいしょした。社会的死から救ってくれるというなら、こんなのお易い御用だ。
「ねーアンシュリーさん。代わりにと言ってはなんだけど、俺一個お願いがあんだよね」
「はい!なんなりと!」
「わぁ、うれしーなー。じゃあさ………───
───今日から君、俺の犬ね?よろしく、ポチちゃん」
「……………………………はい?」
────…………はいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?
次回から本格的にリュークベルト編になります。
また次回のお話以降からは毎週土曜日に投稿しようと思います。気長にお待ちくださいm(_ _)m




