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信じる心

『マグイ』事件が終わった次の日、私は自分の寮部屋で目を覚ました。一番最初に気づいたのはセイラで、その数時間後に両親がやってきた。


 両親の話によると、裏庭に出現した『マグイ』は大きな光に包まれた後、跡形もなく姿を消したようだった。理由は不明だが、すぐ側でアイルが倒れていたことから、アイルは今事情聴取に大忙しらしい。まぁ、どんなに事情聴取をしたとしても、どうせその事実は王様の手によって揉みくちゃにされるんだろうけど。


 全身が無傷になっていたのは、治療魔法士が治療を施してくれたからだった。この世界の医療の高さに驚きつつ、私は感謝を述べた。そしてものすごく驚かれた。失礼な。


 裏庭は今、『マグイ』によって荒らされた場所を修繕している。撤去の案も出ていたが、アクシス家と我がアンシュリー家が猛反対をし、その案は無くなった。


 そしてディオンはどうやら、私たちが来る前に裏庭の異変を感じて他の魔獣を避難させていたらしい。私たちの元へ来たのはその避難を終えてからだった。ナイスタイミングすぎる。

 ディオンには今度、お礼も兼ねて人間の食べ物や道具をたくさん持って行こうと思った。


 全てが丸く収まったと思いきや、大きな問題が一つあった。


「リリク。話がある。俺と一緒に来て欲しい」

「…………あ、あくしす様……」


 全回復をした私は、後日学園へ登校していた。学園中、『マグイ』の話題で持ち切りだったが、やはり悪役令嬢というべきか、噂にはされているものの、あの冷酷な『リリク・アンシュリー』に直接話を聞きに行く勇者はいなかった。


 ………と、思っていたのに。


 私の目の前には、腕を組んでこちらを見下ろすクロードの姿があった。表情に敵意はないが、どこか傲慢な態度を感じる。……いや、それは元々か。


 とにかく、どうしてリリク嫌いの一人であるクロードが私に話しかけに来ているのだろうか。そりゃ最近は放課後によく会うお陰で、教室でたまーーに会話は出来ていたけれど、こんな風にどこかへ呼び出されるのは初めてだった。


「え、えっと……話って……」

「ここじゃ話せないことだ」

「で、デスヨネ……」


 だからわざわざ言いに来たんですよね……と遠い目をした。


 ふとクロードの体を見る。ボロボロだった制服は綺麗に整えられており、傷だらけだった肌も健康そうな肌に戻っている。おそらく、彼も治療魔法士に治療を施してもらったんだろう。本当に良かったと思う。


「……なんだよ、俺の体をジロジロ見て」

「っち、ちちちがうんです。あの、かなり怪我を負っていらしたので、治って良かったなって……そう思っていただけなんです!」


 だからそんな変態を相手にしたような目で見ないでほしい。冷や汗をかいて必死に首を横に振っていると、「ぷっ」とクロードが吹き出した。


「ハハッ、必死すぎだろ、お前」

「…………」


 ぐおおお………攻略対象の笑顔やっぱ半端ないな……!すごくスクショしたかった。あれは金になるくらいの笑顔だった。


「ほら、ボーッとしてないで来いよ」

「ぅえっ、ちょ──」


 強引にクロードに手を引かれ、私は教室を後にする。引っ張る力は強いけれど、繋がれた右手は優しくて、温かかった。




「そ、それで、話って……」


 誰もいない空き教室に連れられて、私は出来るだけ扉側に寄って立っていた。何かあった時、いつでも逃げられるようにするためだ。

 反対にクロードは私に向き合う形で立っていた。若干距離が近いのは気のせいだろうか。


「俺は回りくどい言い方が嫌いだから、直球で言わせてもらう」

「は、はい!」

「俺は昔から、お前が大嫌いだった」

「…………は、はい」


 本当に直球だった。自分の本音を包み隠さず言ってきた。


「復讐をしようとしていたんだ。お前が持ちかけてきた、『頼み事』を使って」

「復讐……」


 クロードの過去を考えると、そして私がしでかしてきたことを考えると、妥当な判断だろう。復讐を誓ってしまうほど、私はクロードを傷つけていたのだと改めて反省する。


「……でも、やめた」

「……え」

「復讐も、お前を嫌うことももう全てやめにしたんだ」

「な、なんで……」


 つい本音が零れた。あれほどまでに嫌っていたのに、一体どんな心境の変化なんだ。


「……魔獣と接するお前を見た時、俺は最初目を疑ったんだ。もしかしたら、魔獣を騙して殺すつもりかもしれないとさえ思った。……でも、そんなことはしなかった。寧ろ、魔獣のためにお前は必死になって努力していた」

「…………」


 クロードは首を傾けて、困ったように柔らかく笑う。初めて見た笑い方だった。


「そんな奴を俺は復讐することが出来なかった。それに、『マグイ』事件の時、お前は俺を助けてくれた。正気に戻してくれた。………俺はお前を嫌悪するんじゃなくて、感謝するべきだと思ったんだ」

「……!」

「リリク・アンシュリー。あの時、俺を正気に戻してくれてありがとう。お前のお陰で俺は逃げられた」


 クロードが私の右手を掴んでぎゅっと握る。握る強さから、彼がどれだけ私に感謝しているのかよく伝わった。


「そ、そんな。私は何もしておりません。アイルが───あっ」

「?アイルがどうしたんだ?」

「い、いえ、なんでもございません。とにかく、私のお陰ではありませんよ」


 あ、危ない危ない。アイルが『聖なる力』を使ったから浄化できたんだと言うところだった。今の状態で言ってしまえば、王様によって私の首が飛びかねない。


「……お前、聖女になるのをやめてから随分謙虚になったんだな。本当に別人みたいだ」

「エッ………こ、心を入れ替えましたので……」


 ま、まずい、中身が変わったことがバレてしまいそうだ。さっきからやらかしが多すぎるぞリリク・アンシュリー!


「ま、俺はそっちのお前の方が好きだな。表情がコロコロ変わっておもしれーし」

「お、面白い、ですか……?」

「なんだ、無自覚だったのか」


 すると、クロードが徐に私の顔に手を伸ばして、つん、と人差し指で頬を押した。

 私の頭ははてなマークで埋めつくされた。


「お前は遠くからだとずっと無表情にしか見えねぇけど、近くで見ると案外──………」

「………案外、なんですか?」

「……愉快な顔してる」

「はい?」


 なんだ愉快な顔って。クロードの指から距離をとって自分で自分の顔をぐにぐにと触る。分からない。愉快顔より、悪役顔と言われた方がまだ納得できるのに。


 気がつくと、クロードはまたくすりと笑っていた。クロードはこんなにも人前で笑顔を見せるキャラだっただろうか。


「そうだ、お前に頼みたいことがあったんだ」

「え?」

「お前が壊した魔法薬の件、明日が締切だろ?」

「あ……」


 確かに明日はグループ活動の日だ。魔法薬の提出は次のグループ活動まで。つまり、今日中に提出しなければならない。


「最近魔獣観察も落ち着いてきたからな。今日ぐらいなら俺も作れる。だから放課後付き合えよ」

「も、もちろんです!私が壊したんですから、しっかりとアクシス様のサポートを致します」

「ん。そりゃ良かった」


 クロードは落ち着いた足取りで教室の扉へ向かう。どうやら、話したいことはもう終わったらしい。


「あ、そうだ」

「え?はい」

「『アクシス様』じゃなくて、『クロード』ってこれから呼べよ」

「……えっ!?」


  突然の名前呼び許可!?いやでも、アイルより先に私が呼ぶ訳には……。


「つか、そもそも昔はクロードだっただろ。なんで今更他人行儀になってんだよ。幼馴染だろ、俺たち」


 た、確かに、昔はそう呼んでいたのに突然他人行儀になるのは疑問に思われるか。まぁ、今の私にはそんな記憶ないんだけど。


「…………では、クロード様と」

「二人きりの時はクロードでいい。体裁も面倒臭いからな。ほら、教室戻るぞ」

「え、あ、はい」


 クロードに再び手を引かれて空き教室を出る。ナチュラルに呼び捨て許可も貰った気がするけど多分気のせいだ。


 クロードからはもう、初対面のときのような敵対心は感じない。寧ろ、ようやく普通の幼馴染としての距離感に戻れたような気がした。


 これで私との関係も修復できたし、クロードには思う存分アイルとイチャコラして貰いたい。


 私は幼馴染として、あなたの恋を応援してるからね!クロード。




 *




 No side


 中庭にて、とりわけ女子生徒に囲まれている男の姿があった。


「リュークベルト様、お聞きになられました?ジーニアス学園の裏庭事件!『マグイ』が出たなんて恐ろしいですわ……」

「大丈夫だよ、君。もし何かあったら俺が守ってあげる」

「まぁ!本当ですか?うふふ、すごく嬉しいですわ」


 女子生徒の一人が頬を赤らめる。その瞳には、リュークベルト以外映っていなかった。

 リュークベルトにとっては、名前も覚えていない人間の一人だというのに。


「リュークベルト様、わたくしのことも守って下さいまし!」

「わたくしのことも!」


 彼女だけ贔屓は許さないと、他の女子生徒も名乗りを上げる。リュークベルトはハニーフェイスを浮かべて、「みーんな守ってあげるよ」と簡単に言ってのけた。最初に言われた女子生徒が、ハンカチを噛んで周囲を睨みつけているのを、リュークベルトはあえて見て見ぬフリをする。


「そういえばリュークベルト様。裏庭事件にはリュークベルト様のご友人のクロード様も巻き込まれていたらしいですわ」

「ああ、それは知ってる。あとは誰が巻き込まれてたんだっけ」

「えっと………確か平民のアイルと……」


 女子生徒が全員、気まずそうに目を右往左往させる。リュークベルトは疑問に思って首を傾げた。


「誰?」

「りっ、リリク・アンシュリー様です……」


 その名を聞いた瞬間、リュークベルトは大きく目を見開いた。


「……へぇ、リリク・アンシュリー様がねぇ……」


 その答えは、リュークベルトにとって予想外のものだった。あの時、裏庭にいると教えたのは自分だが、まさかこんな事件まで起こすとは思っていなかったのだ。

 リュークベルトの目には少しばかりの興味と、強い憎悪が宿った。

モブ系悪役令嬢、一人目の和解成功!

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