エマージェンシー
放課後、私はアイルと共に裏庭へ訪れていた。クロードは既に集合場所に着いており、私たちが来るなり亜空間から人数分のランプを取り出した。
「来たか。今日の裏庭は霧が出てるから、これを持って探索するぞ」
「「霧!?」」
私とアイルの言葉が被った。本当にこの学園の裏庭はどうなってるんだ。裏庭だけ他と隔絶されて謎の自然現象が発生している。学園とは別の空間に繋がっていると言われた方がまだ信じられる。
「ここは魔獣が住む庭だぞ。自然現象のあれやこれは日常茶飯事だ」
「す、すごいところなんですね……」
「俺もよく分かってねぇけどな。ジーニアスが設立された時に裏庭にかけられた魔法が、経年劣化のように副作用でも起こしてるんだと思ってる。見た目があまりにも荒地だから森だと言われた方が納得できるがな」
「はぇ………」
元々視界が悪い場所なのに、更に視界が悪い日に『エリウムの花』を探すことになるとは思わなかった。ゲームでももっとマシな天気に探していた。
そもそも『エリウムの花』というのは、自生しているところを滅多に見ない珍しい花なのである。その昔、『エリウム』という美しい大妖精が一番最初に開花させたことで知られている。
妖精の気まぐれで生み出される特別な雫と、光属性の植物が合わさることで『エリウムの花』は生まれる。聖女が生み出す『聖なる力』と似た輝きを放つことから、観賞用としても、薬草としても利用価値が非常に高いのだ。噂によると、月の光のように青白く発光しているんだとか。
私たちが裏庭に踏み入ると、早速霧が周囲を覆った。ランプの炎だけが今は頼りだ。
「アンシュリー様、足元お気をつけくださいね」
「はい。アイルさんも」
「はい!気をつけます」
アイルとの雑談もそこそこに、私はふと周囲を見渡す。相変わらず霧で視界が不明瞭だが、見える範囲には私たち以外誰もいなかった。
……なんだか胸騒ぎがする。いつもなら、私たちがここまで裏庭に踏み入ったら、ディオンや他の魔獣の姿を目にするのに。今日はそれが嘘みたいに静かだった。クロードも同じことを思ったのか、眉を寄せて周囲を警戒していた。
そのせいか、こちらの空気も若干重い。アイルなんて今日初めて裏庭へ訪れたのだ。土地勘もない上にホラーゲームの序盤の森みたいな薄暗さの場所を歩かされている。少なくとも、今の裏庭に良い思いはしてないだろう。
私は少しでも空気を和らげようと、ある提案をした。
「無言で探索するのも何だか寂しいですし、ゲームをしませんか?」
「ゲーム……ですか?」
一番最初に食いついたのは隣にいたアイルだ。クロードは返事こそしないが、顔を少しだけこちらに向けていた。
「はい。『しりとり』というのをご存知ですか?」
「しりとり?」
「例えば、私が最初に『犬』と言ったら、最後に言った文字の『ぬ』から始まる言葉を次の人が繋げていくんです。それを繰り返していって、言葉を繋げなくなった人や、最後の文字が『ん』になった人が負けです。あと、一度使った言葉をもう一度使うことも禁止です」
「わぁ、なんだか面白そうですね!僕やりたいです!」
よしきた。私はアイルに頷いて、今度はクロードの方を見た。
「アクシス様もやりませんか?人数が多い方が楽しいですよ」
「……俺はいい」
何。まさか断ってくるとは思わなかった。協調性の無いヤツめ。
「えー!アクシス様、やりましょうよ!一回だけで良いですから!」
私はクロードに近づき手を合わせて上目遣いをした。悪役令嬢の上目遣いに効果があるのかは知らないが、睨むよりはマシだろう。
クロードは一度言葉を詰まらせて、仕方ないといったように頷いた。
「……ハァ……一回だけだからな」
「わぁーい!」
私は無邪気な子供が新しいおもちゃを買ってもらった時みたいにとち狂ったように喜んだ。「大袈裟だろ」というクロードの声が聞こえたが私のよいしょは止まらない。隙あらばよいしょするのが最近の特技だ。
「では、私から始めますね。最初は……『リス』で。『す』から始まる言葉、アイルさんお願いします」
「わかりました!えぇっと……『スミレ』でお願いします!」
次はクロードの番だ。クロードは間を置かずにすぐに答える。
「『レール』」
……『る』……『る』かぁ。
「では『ルビー』で!『い』でお願いします」
「分かりました!『イス』でお願いします!」
「『スキャンダル』」
「……『る』……『る』……『ルイボス』!」
「『スイカ』で!」
「『カエル』」
「また『る』!?『る』……『る』……『瑠璃』!」
「『りんご』で!」
「『ゴール』」
「タイムタイムタイム!!」
耐えかねた私はついに声を出してしまった。先程からクロードにずっと『る』責めされている。しかも『る』はしりとりの中でもかなり難しい文字なので、全然言葉が思いつかない。
「なんだよ」
「も、もしかしてわざとですか?もしかしなくてもわざとですよね!?」
「何の話だよ。つか、もう終わりか?お前の負けってことで良いのか」
良くない良くないと私は首を横に振る。アイルも困ったように笑っていた。
「そんじゃ、『る』からな」
「……『る』……『ルービックキューブ』………」
「あ?なんだそれ」
くっ、この世界には存在しないおもちゃだったのか……!
「へ、変更します。『ルージュ』で。『ゆ』からお願いします」
「え、えーと、『指輪』でお願いします……」
「『ワオキツネザル』」
「アクシス様ァ!」
再び耐えかねて私は叫んだ。すると、今度はクロードが「ぷっ」と吹き出した。
「お前はバカかよ。簡単に責められやがって。ククク……ッ」
やっぱりわざとだったんじゃねぇーか!
クロードは顔を俯かせていたが、肩を上下に動かして爆笑していた。馬鹿にされているということはヒシヒシと伝わった。
「もう私の負けで良いです……」
「あ、あはは……」
クロードはどうやらこの連想ゲームを楽しめたらしいが、私とアイルはただただ精神がすり減っただけだった。クロードの掌で踊らされていた感が拭えない。
それでも、最初の空気よりかは幾分かマシになった。
しばらく一時間ほど歩いていたが、全く『エリウムの花』が見つからない。そんな気配すらなかった。
歩き疲れた私とアイルは休憩を求め、クロードが簡易的な焚き火を起こしてくれた。
「アクシス様、焚き火も起こせるんですね……すごいです」
「これくらい簡単だ。学園内での私的な魔法の使用が禁止されている限り、こんな苦労をしないといけないからな」
「ま、まぁ、規則ですから」
クロードは学園の規則に不満を抱いているらしい。効率重視なのは確かにクロードの性格に合っている。
焚き火を取り囲むように私たちは円になって座った。パチパチと火花が散る音だけが辺りを満たす。
それにしても、どうやってこの二人を一緒にいさせようか。私がこの場から消えれば良いのだが、そんなことをしたら優しい二人は私を探し始めてしまう。二人に迷惑をかけずに気配を消す方法はないのだろうか。
体育座りをしながら頭を悩ませていると、ふと隣にいたアイルが「アンシュリー様」と声をかけてきた。
「どうされましたか?具合でも悪いですか?」
「あ……いえ。大丈夫です。アイルさんこそ、具合はどうですか?かなり歩きましたから、無理はなさらないで下さいね」
「は、はい!無理をしたつもりは無いんですけど……その……」
「?」
アイルが困ったように琥珀色の目を右往左往させて、意を決したように自身のズボンの裾を捲った。
「じ、実は、先程歩いていた際に石に躓いて足首を挫いてしまって……」
「えっ」
私はすぐさまアイルの足元に寄って状態を確認する。赤く腫れていて、じんじんと痛そうだ。すぐにでも冷やした方が良いだろう。
「なんだ、怪我したのかお前」
「あ……す、すみませんアクシス様!僕が不甲斐ないばかりに……!」
「アイルさんのせいではありませんよ。寧ろ、気づけなくてごめんなさい。ここ、応急処置をしておきますね。あまり医療の心得がある訳ではないので、不格好かもしれませんが……」
「い、いえ!アンシュリー様のせいでは……!た、助かります。ありがとうございます」
私はその辺に落ちていた小枝を拾って、ハンカチを使ってアイルの足に巻き付けた。本当に初心者の応急処置なので、すぐにでも保健医の先生に診てもらった方が良いだろう。
「アクシス様。アイルさんが……──」
「話は聞いていた。今日の探索はやめて、次の機会に行けばいい。無理すんな」
「!……あ、ありがとうございます、アクシス様!」
「ん」
……な、なんて素敵な会話なの……!?
秒で終わったし二人とももう別のことをしてるけどたった今確実に互いを思いやる会話をしていた。私は心の中で神に感謝した。謝謝神。壁になる能力を授けてくれてありがとう。
「それじゃ、帰り支度も済んだし戻るぞ」
「はい!えぇっと、帰り道は……──あれ?」
「?どうしましたかアイルさん」
不自然に立ち止まったアイルに近づくと、アイルの手には方位磁針が握られていた。しかし、よく見ると針が時々おかしな方向を指したり戻ったりしている。
「……お前のコンパス、壊れてるんじゃねぇか?」
「えぇ!?そんなはずないです。来た時は正しく針を指していたのに……」
「……コンパスはもういい。俺が帰り道の特徴を覚えてる。それを辿っていけば………」
クロードは目の前の濃霧を見て立ち尽くす。おそらく、目印になるものが霧に覆われて見えなくなってしまったのだろう。
「「「…………」」」
三人が無言でお互いの顔を見合わせる。そして、もう一度焚き火を囲んで座った。
「おい、どうする帰れねぇぞ」
「そ、そんなこと言われましても……!アクシス様が何とかしてくれるものだと思ってました」
「俺は万能薬じゃねぇよ。流石にここまで霧が濃くなるとは思わなかった。……チッ。ちょっと周りを見てくるから、お前らはそこにいろ」
「は、はい……!」
そうしてクロードは立ち上がり焚き火の周囲を歩き回る。私とアイルは不安な気持ちのまま隣合って座っていた。
すると突然、アイルが神妙な面持ちで口を開けた。
「妙ですね……」
「?どうかしましたか?」
「あ、ええっと、先程からなんだか変な魔力を感じるんです」
「変な魔力?」
流石聖女というべきだろうか、アイルだけがこの空間の違和感を感じ取ったらしい。
「はい。元々この裏庭全体には、様々な魔力が流れてるんですが……今僕が感じてるのは、普通の魔力よりももっとドロドロしていて、禍々しくて、少し気分が悪くなるくらいに濃い魔力で……」
「……それはどこから感じてるんですか?」
「こっちの方向からです」
アイルは私たちの真反対を指差す。おそらく、私の方向感覚が正しければ裏庭の奥へと進む方向だろう。
そして、アイルが述べた特徴に思い当たる存在が脳裏に浮かぶ。まさかとは思うが、如何せん特徴が当てはまり過ぎている。でも、一体どうしてこのタイミングで?ゲームではもっとストーリーの後半に出てくるはずなのに……。
「アンシュリー様?」
「……!す、すみません。どうかされましたか?」
「いえ……深く考え込んでいらっしゃるようでしたので……何か気になることでもありましたか?」
「気になること……」
気になることと言えば、アイルが先程言ったことしかないが、今それを触れていいのか分からない。もしかしたら私の思い違いかもしれないし、ここで指摘してしまったら、ストーリーの進行が壊れてしまう可能性がある。
「アンシュリー様……?」
「…………」
……いや、ストーリーの進行なんて今はどうでもいい。この世界の主人公であるアイルが負傷しているのだ。彼の治療を何よりも優先すべきだろう。
「アイルさん、先程アイルさんが仰っていた妙な魔力について、調べに行ってみませんか?」
「え……で、でも、すごく嫌な予感がするんです。もしかしたら、とても危険なことが起こるかもしれせん」
「分かっています。ですが、このままここで膠着しているよりかはマシだと思います。それにもしかしたら、この裏庭はもう既に──」
「伏せろ!!!」
私の言葉を遮るように、クロードの叫び声と共に彼が突っ込んできた。驚きで目を見開いた瞬間、眩いほどの青白い光が周囲を満たす。
「な、なに!?」
「っアンシュリー様!」
「伏せろっつってんだろ!」
クロードに押し倒される形で私とアイルは地面に背中側から倒れる。どうして伏せなきゃいけないのか、そしてこの青白い光はなんなのか、分からないことだらけだった。
「っ、この魔力は……!」
アイルが何かを呟く。私にはサッパリだったが、おそらく、アイツの存在が近いことが分かった。
「グォ……ゴ……ガガガ……ゴォォー………」
「「「!!!」」」
青白く発光し、うねうねと蠢く奇妙な物体。人を形を模していながらも、腕のようなものは左右に三本ずつ生えており、足元からはよく分からないドロドロとした黒い液体を放出させている。焦点の合わない目が錆び付いた機械のように動いて、威嚇するように青く光った。背中側には手折れた羽のようなものがくっ付いており、ゲームで何度も見た『エリウムの花』を身体中に巻き付かせていた。
正真正銘、この化け物は───『マグイ』だった。
「ひっ……」
「……探索してたらコイツに見つかったんだ。どうやら、俺らの命を狙ってるみたいだな」
『マグイ』とは、ゲームで登場する最大の敵である。人の欲望につけ込み、心に侵入して、その者の姿を変貌させ魔力を吸い取る正体不明の化け物。それが『マグイ』だった。
奴の正体はゲームでも明かされていない。もしかしたら魔物の類なのかもしれないが、『マグイ』を倒す方法はただ一つだけ。『聖女』だけが行使できる『聖なる力』による浄化だけだった。
ゲームでもアイルが『マグイ』を倒すのだが、それはあくまでストーリーが後半まで進んでからの話だ。今はまだ序盤。おそらく、アイルの正体が攻略対象の誰にもバレていない状態。その場合だと、例えアイルが『聖なる力』を行使できたとしても、安易に使えない可能性がある。
──『聖女ということを、絶対に他人にバレてはいけない』。それがアイルと国王が交わした約束だからだ。
そして私の予想は的中したのだろう。アイルの顔色がみるみる悪くなっていく。おそらく、この場で『マグイ』を浄化できるのは自分しかいないと気づいている上で、どうやって私たちにバレずに浄化するのか悩んでいるに違いない。
このままでは全員『マグイ』に殺られて死ぬ。かといってアイルの力が自由に発揮できるとしたら不可能だ。
ならば、私がやるべきことは一つ。クロードを連れてアイルを一人にし、こっそり『マグイ』を倒してもらうしか方法はない。
「アクシス様、ここは危険です。すぐにでもアイツから離れて……──アクシス様?」
「…………」
なぜか、クロードの目が『マグイ』から離れない。その目は血走っていて、具合が悪いのか冷や汗もかいている。突然の反応に私は驚きつつ彼の様子を伺った。
「アクシス様?……アクシス様!しっかりしてください!」
「……アイツは」
「え?」
「……アイツは今、何に取り憑いている?」
「………え」
私は、はたと気付いて目を見開いた。……そうか、今『マグイ』が取り憑いているのは、
──妖精だ。
「そんな……」
手折れた羽の意味がよく分かった。『マグイ』は取り憑いた者の特徴を読み取りそれを形にして変貌する。今回の場合、妖精に取り憑いた『マグイ』は妖精の最大の特徴である羽を変貌させて作り出したのだろう。
「……殺す」
「え?」
「ぜってぇアイツを殺してやる……!」
「ちょ──」
クロードは亜空間から素早く長剣を取り出すと『マグイ』に向かって大きく振り翳した。しかし、『マグイ』は素早くそれを避けて魔法の球体を生み出す。
それが僅か数秒ほどで大きくなり、クロードに対し放出された。
「っ!」
キィン、と球体とクロードの長剣が交わる。剣で弾かれた球体は木々に直撃し、周辺を焼け野原にさせた。
「なんて威力の魔法なの……!?」
『マグイ』は取り憑いた者の能力を底上げする力を持っている。限界まで底上げされた能力は、いずれ自らの体を壊し朽ちさせる。『マグイ』が生命を殺すやり方は色々あるが、能力底上げも殺害方法の一つだった。
「アクシス様!無茶です!僕たちでは到底敵う相手ではありません!」
「…………」
アイルがいくら叫んでもクロードは聞く耳を持たない。無言で剣を振り回し、魔法弾を避け、またさらに剣を振り回すを繰り返している。
このままクロードが暴走してしまうと、アイルが力を出せないだけでなく、クロードまでもが危険に晒されてしまう。早くクロードを止めなければならない。
だけど、どうやって?魔法も使えないモブ悪役令嬢の私が、どうやって彼らを止めるというのだ。ましてや、主人公のように特別な力がある訳でもないというのに。
ぐるぐるぐるぐると一人立ちすくんでいると、「リリク!」と頭上から私を呼ぶ声が聞こえた。
「──ディオン!?」
突如現れたディオンに驚きつつ、彼は『マグイ』を捉えると奴に向かって両手を翳す。たちまちディオンの両手が明るく光り、鋭い光線を放った。
『マグイ』にそれは直撃するものの、どうやら掠った程度らしく、あまり効いていないように見える。
「クソッ!なんなんだアイツは!」
ディオンもそれを感じ取ったのか、再度魔法を作り出そうとしていた。
「ディオン、『マグイ』に普通の攻撃は効かないの!」
「はぁ!?なんだよそれ!じゃあどうやって倒せって言うんだよ!」
「っ今は説明してる時間はない!いいから、私に協力してほしい!」
「何か良い策でもあるってのか!?」
「ある!まずは先にアクシス様を止める!」
「っ………わかった!」
ディオンもあのクロードの様子はまずいと思ったのだろう。温度のない瞳でただ無心で剣を振っている様はまるで操り人形のようだ。ただし、彼自身から漏れ出る殺気は本物だった。
「僕もお手伝いします!何をしたら良いでしょうか!?」
「えぇっと、まずは──」
私は脳味噌をフル回転させる。その間わずか三秒。
「小川の水を利用して二人を引き離しましょう!」
「え!?水を利用って、それでどうやって……」
「ディオン、妖精は物体を浮かせる力を持ってるよね!?おもちゃをあげた時みたいに!」
「あ、ああ」
「それを利用してあの二人の頭上にでっかい水の球体を作るの!そしてそれを落とす!」
「「落とす!?」」
二人の声が重なった。私はコクリと頷く。
「アイルさんは出来るだけ『マグイ』を引き付けて欲しいです!私はアクシス様を連れ出します!」
「わ、分かりました!」
アイルを『マグイ』に近づけさせたのはもちろんわざとだ。手負いのアイルを囮のように扱うのは申し訳ないが、アイルと『マグイ』を二人きりにさせる為にはこうするしか方法はない。
「それじゃあ──作戦開始!」
私とディオンは小川を目指して飛び出す。アイルとクロードが『マグイ』を引き付けている間、私とディオンで水球を作るのだ。
小川に辿り着くと、ディオンは早速水球を作り出す。小川の水を使ってそれはどんどん膨張していき、一軒家とさして変わらないほどの大きさの球体が出来た。
「っぐ、魔力が……!」
「ディオン!」
ヘナヘナと地面に落ちるディオンを両手で受け止める。水球を作るために、かなりギリギリまで魔力を使ってしまったのだろう。
「ディオン、しっかりして!魔力なら、私のものをあげるから!」
魔力の譲渡の仕方は分からないが、ディオンはニィっと歯を見せて笑った後、「その言葉、利用させてもらうからな」と言って彼の手のひらが明るく光出した。
体中の魔力がディオンに吸われていく感覚がする。それでも、不思議と不快感はなかった。
「……?お前の魔力、なんでこんなに……」
ディオンが何か言いかけたとき、ドォン!というけたたましい音が、クロードたちのいる方向から聞こえる。
「ディオン、急がないと!」
「あ、ああ!分かってる!」
ディオンは飛んでいる余裕はないらしく、私の頭に乗って水球を動かす。私は代わりにディオンの足となり、彼らの元へ急いだ。
「アイルさん!」
「!アンシュリー様!」
魔法で応戦していたアイルは、私たちが帰ってくる頃には既にボロボロだった。そしてクロードはアイルよりも酷くボロボロで、全身が傷だらけになっていた。
「お前ら!落とすぞ!」
ディオンは水球を二人の遥か頭上に浮かせる。どうやらクロードと『マグイ』は頭上の水球の存在に気付いていないようだった。
「アクシス様!逃げないと!」
アイルが焦ったように声を出す。しかしクロードは止まらない。
「っもう、力が……!」
ディオンの体がプルプルと震え出した。魔力がもうすぐ底をつきそうなのだろう。
気づけば、私はクロードと『マグイ』に向かって走り出していた。眼前まで来ると、クロードの剣先が手のひらを掠めたが、構うことなくクロードの腕を掴んだ。
「しっかりしなさい!クロード!」
「…………!」
虚ろだったクロードの目が見開かれる。ようやく、彼と目が合った。
「……俺、は……──」
「っ落とすぞ!」
「クロード、こっちに来て!」
私はクロードの腕を強引に引いて水球が当たらない場所へ急いで向かう。
「ゴゴ……グギギギギギ……ゴォォーー………」
背後からは『マグイ』が追ってきていたが、アイルの魔法によって、数秒ではあるもののその場に拘束された。
アイルを一人別の場所に残して、私とクロード、そしてディオンはその場を離れる。そのすぐ後に、津波のように背後から水が押し寄せてきた。
「うわっ!──ぷはっ!」
あまりにも水流の勢いが強く、そのまま流されて木にぶつかりそうになる。
「リリク!」
しかし、後ろから誰かに腕を掴まれて、すんでのところで水流に逆らうことができた。
「……アクシス様!ありがとうございます!」
「礼はいい!それより、アイルはどこに──」
津波も収まり、クロードが周辺を見渡した途端、辺りがカッと光に満ちて思わず目を瞑る。
──あぁ、良かったと私は心底思った。
この眩しくも温かな光は、アイルの『聖なる力』の発動合図だからだ。
『マグイ』は無事に、アイルによって浄化されたのだ。
「っなんだ今の光は……?──って、リリク!おいしっかりしろ!リリク!」
緊張が解けた体は一気に疲労感に変わり、私の瞼は抗う間もなく闇の中へ落ちていった。




