頼み事
クロードに土下座した次の日の放課後、私は早速裏庭へ訪れていた。
「リリク!よく来たな!」
裏庭に入ると、最初に迎えてくれたのはディオンだった。今日も美しい羽を羽ばたかせて、癖っ毛のある髪をぴょんぴょんと動かしている。
「……なんだ、来たのか。お前のことだから、てっきりサボると思ってたんだがな」
そして、ディオンが来た方角の更に奥からクロードか顔を出した。こちらは冷たい口調にいつもの仏頂面だ。
「サボりませんよ!ちゃんと毎日来ますから」
「……どうだか。まぁいい。無駄話はやめて早速行くぞ」
「は、はい!」
クロードが先導し、私とディオンはその後ろを着いていく。クロードの長い足がどんどん先を行くものだから、私は着いていくのに必死だった。
「ここだ」
「はぁ、はぁ、はぁ……ここは……」
ようやく立ち止まったときには私は肩で息をしていた。そして、目の前に広がるのは美しい花畑。一瞬、裏庭とはまた別の森に来たのではないかと錯覚する。あまりにも裏庭が広すぎる。
「ここにいる魔獣は十種類だ。一時間以内に終わらせる。いくぞ」
「は、はい!」
テキパキと指示を出すクロードに従いながら、私は脳みそをフル回転させて手足を動かした。まるでオペ室にいる看護師になった気分だった。
「小型の魔道虫眼鏡をくれ」
「えっと……ど、どうぞ!」
「……違う。それは中型だ。小型はこっち」
「す、すみません……」
思いの外、道具の種類が多くて困惑する。魔法で生み出した亜空間みたいな場所からクロードは大量に物を取り出し、魔獣に向かってそれを翳したり触れたりしている。私はせいぜい、地面に散らばった道具たちをクロードが求めている時に手渡すくらいだ。半分くらい違うと言われてるけど……。
クロードはそんな私の様子を気にせずに、自身の羽ペンで分厚い紙の束の上に殴り書きする。魔獣を見つめる目は真剣で、どこかキラキラと輝いていた。
ゲームでも、クロードの趣味が魔獣観察だと明記されていた。彼のストーリーでは、魔獣を怖がらないアイルに対してクロードは少しずつ心を開いていくのだ。そして更に好感度が上がると、魔獣使いになりたいのだとアイルにだけ夢を語るシーンがある。だがクロードは公爵家。簡単には魔獣使いになれないと分かっているからこそ、あの夢を語るシーンはプレイヤーにとって切ない一場面なのだ。
しかし、最終的にクロードは魔獣使いになりたいという夢を叶えることができる。アイルと二人で数々の困難を乗り越えていくことで長年の夢を叶えることができたのだ。最初にクロードルートをクリアしたときは、手を叩いて喜んだ。聖なる光に包まれる中、アイルとクロードのチャペルは華々しくどんなものより綺麗で……──。
「おい、ボーッとしてんなよ」
「っわ、す、すみませんっ」
まずい。自分の世界に浸りすぎていた。私がいるのはアイルとクロードのチャペルではなく、裏庭のよく分からない花畑である。
その後、無事に花畑エリアの魔獣たちの調査を終えて、次はまた別の場所へ移動となった。それを繰り返していく内に辺りはすっかり暗くなり、そのまま解散となった。
「明日も遅れずに来い。それと、道具の名前忘れんなよ」
「は、はい」
さよならの挨拶もせずに彼は背を向けて去っていった。私はその場にぽつんと残り、彼の背中を見送る。
今日は一日中歩いたお陰でヘトヘトだ。寮に戻って早く寝よう。
因みに、私が破壊したクロードの魔法薬はクロードの『頼み事』を全て聞いてから作り直してもらうことになった。本当は今すぐ作り直して欲しかったのだが、それよりも魔獣の方が彼にとっては重要らしい。壊した身としては、何も文句を言うことができなかった。次のグループ活動までに、クロードの魔獣観察が一段落つくことを祈るばかりだ。
「リリク。今日一日お疲れ様!よくぞ働いてくれたな!」
「……ディオン。ありがとう」
気がつくといつの間にか隣にディオンがいた。彼は羽をパタパタさせて、私の周りをくるりと飛び回る。
「お前たちがここを管理してくれているお陰で、この『ウラニワ』の生態系は守られている。感謝するぞ!リリク!」
「いや……私は何も。すごいのはアクシス様だよ。あんなに夢中で魔獣を観察している人は初めて見た」
「あはは!そうだろうな。おいらも初めてクロードと会った時はビビったぞ!こんな変なニンゲンがこの世にいるもんなんだなぁって」
そう言っている割には、ディオンの表情は嬉しそうである。妖精は人間に対し人懐っこいと聞いたことがある。ディオンはクロードのことをよほど気に入っているのだろう。
「ま、変なのはクロードだけじゃなくて、お前もなんだがな!」
「え、私も?」
予想外な言葉に思わず聞き返してしまう。ディオンはニイッと笑った。
「普通、貴族はおいらたち魔獣のことを嫌うんだ。得体の知れない能力に惑わされて殺されるんだーって。そんな野蛮なことしないのにさ」
「……幻覚は見せてきたのに?」
「そ、それとこれとは別だろ!?あん時は悪かったって!」
慌てて謝罪してくるディオンにくすりと笑って「もう気にしてないよ」と答えるとホッとしたように胸を撫で下ろす。
「そもそも、俺たち『ウラニワ』の魔獣は昔、ジーニアスの生徒たちと交流していたんだ。魔獣はニンゲンよりも長命だから、当時の記憶を持っているヤツも大勢いる。……みんな、平気なフリして本当はニンゲンとまた遊びたいと思ってるんだ」
「……そうだったんだ」
ジーニアスの裏庭が昔、生徒と魔獣の憩いの場だとは知っていたが、魔獣がそんなことを望んでいるとは知らなかった。
確かに、私たちの周りにはたくさんの魔獣がいて、皆興味津々といったようにこちらをこっそり見ていた。クロードはあまり気にしていないように見えたが、私としてはずっと誰かに見られている感覚がして居心地が悪かった記憶だ。
どうせなら、ジッと観察してるだけじゃなくて、ディオンみたいに一緒に遊べば良いのに。
そんなことを思った時、ふと脳内にとあるアイディアが思い浮かんだ。
私は口元に弧を描く。ディオンが不思議そうに首を傾げていた。
*
次の日。私は大荷物を担いで、慌てて走りながら裏庭へ来ていた。
「…………なんだ、その大量の荷物は」
私の胴体ほどの大きさの鞄を見下ろしながら、クロードは警戒心マックスの状態で問う。
「ご心配なく!アクシス様の調査の邪魔は致しません」
クロードは『そういうことじゃない』と言いたげに眉を寄せたが、これ以上の無駄話は必要ないと思ったのか、早々に裏庭の中へ踏み込む。
私はガチャガチャと鞄の中身を揺らしながら早歩きのクロードに急いでついて行った。
「今日の調査場所は小川だ。足を滑らして転ぶなよ」
「は、はい。というか、この裏庭川もあるんですね」
「人工だけどな。ジーニアスが設立されたときに、魔法使いの一人が作り出した小川だ。自然界のように流れが変わることなく、良好な水質を保っている。だからこそ、魔獣もそこに住み着くんだ」
「なるほど……」
クロードが解説してくれている間に、私たちは小川に辿り着く。小川にはディオンもおり、私たちの姿を捉えるとパタパタと飛んできた。
「よく来たな!お前たち!」
「よおディオン。早速だが、観察させてもらうぜ」
「ああ!おいらも手伝う!」
「ありがとな」
クロードは魔獣相手には基本優しい。ゲームのスチルでアイルに微笑むときのように、魔獣相手にも穏やかな笑みを浮かべている。
彼が魔獣を観察している所を横目にする度、ゲームのワンシーンを体験しているような気分になって胸が熱くなる。クロードの隣が私じゃなくて、アイルならどれほど良かったか。
「……む?リリク。この大量の荷物はなんだ?」
「あ、実は私、この裏庭に住んでる魔獣の為に色々な道具を持ってきたの」
「道具?クロードみたいにか?」
「あ、ううん。アクシス様みたいな観察用の道具じゃなくて……」
私は幼少期に使っていたぬいぐるみやおもちゃを大量に持ってきていた。昨日実家におもちゃを送ってほしいと手紙を出したら、両親は驚きつつもその日のうちに送ってくれのだ。両親には感謝しかない。
「私が小さい頃に使ってたものなの。でも、大体のものは使わずに終わったから、家に大量に余ってるんだよね」
リリクは幼少期から大人びていた。そのせいで、両親が愛しい娘の為にと大量に買い込んだおもちゃが、未だ自身の役割を果たせないまま、クローゼットに眠っている。今日はその一部を持ってきた。
「おお!見たことないアイテムがたくさんだ!」
私は鞄からおもちゃを一つずつ取り出しながらディオンに向かって答える。
「昨日、ディオンから魔獣たちが昔のように人間と遊びたがってるって聞いて、少しでも願いを叶えられるようにと思って持ってきたの。人間のおもちゃが魔獣にとって喜ぶものなのかは分からないけど、少しでも役に立つといいなって……」
本当は昔のように、裏庭をジーニアスの生徒と魔獣の触れ合いの場に戻せるようにしたかった。しかし、貴族の認識が『魔獣は危険』となっている内は下手に連れて来れなかったのだ。
「リリク……!お前、良い奴だな!ありがとう、きっとみんな喜ぶぞ!」
「それなら良かった」
「おーいお前らー!そこで隠れてないでこっちに来いよ!」
早速他の魔獣を呼び始めたらしい。ディオンの呼び掛けに何人かの小さな妖精が木の葉から顔を出す。
「こっちにおもしれーもんがあるぞ!リリクが持ってきてくれたんだ!」
ゾロゾロと妖精たちが集まって、おもちゃを興味深そうに見てくる。
「はい、どうぞ。好きに触って大丈夫だよ」
妖精の一人にそう声を掛けると、少しだけ驚いたような顔をしつつ、嬉しそうにくまのぬいぐるみに抱きついた。どうやら気に入ってくれたらしい。
私たちの一部始終を見ていた他の妖精も、おもちゃに触れて遊び始める。妖精の力なのか、おもちゃを浮かせて遊んでいる妖精もいた。
「良かった……みんな喜んでるみたい」
「ああ!リリクのお陰だな!ありがとう」
「そんなことないよ。明日もまた、みんなが喜びそうなものを持ってくるね」
「本当か!?へへっ、楽しみにしてるぞ!」
その後は私も混ざって妖精たちと遊んだ。おもちゃの使い方を教えたり、一緒にお人形遊びをしたりと楽しい時間を過ごした。
「………おい」
「え?……っあ、アクシス様!?」
び、びっくりした。気配もなく後ろに立って声をかけないでほしい。
「お前……さっきから何してるんだ」
「え……あ、妖精たちに使わなくなったおもちゃをあげようと……」
「…………」
クロードは横目でおもちゃで遊ぶ妖精達を見る。私は何も悪いことはしていないはずなのに、冷や汗をかいていた。
「……お前の仕事は俺の手伝いだろ。サボるつもりか?」
「そ、そんなことは!ただ今お手伝いします」
サボりだなんてとんだ誤解である。私は急いでクロードの隣に座って道具を構えた。
「そっちは今日は使わねぇ。使うのはこっちだ」
「あ、す、すみません……」
てっきり昨日使っていた道具をもう一度使うのかと思えば、今日は全く別の道具を使うらしい。私はガッカリしながら小型の虫眼鏡を地面に置いた。
クロードの方はというと、箱型のレンズを川の水の中に入れて、水中を覗いているようだった。なるほど、あれは水中を覗ける道具なのか……私はすっかり軽くなった鞄の中からメモ帳を取り出し、道具の名前と使い方をメモしていく。
それにしても、この小川の中には何がいるんだろう。魚の魔獣もいるんだろうか。
興味本意で小川を覗いてみる。水は綺麗に透き通っていて、少し見にくいが川底までちゃんと見える。ジーッと見つめていると、川の中にキラリと光るものが一瞬流れた。
「!今何か光っ──」
その瞬間、ツルッと手が滑り水面へ一直線に顔が近付いていく。落ちる──!と思ったが、グイッと腕を引かれて後ろに思いっきり倒れ込んだ。
「バカか!滑って転ぶなって言っただろうが!」
「あ、アクシス様……!す、すみません。ありがとうございます」
まさか、私のことを嫌っているはずのクロードが助けてくれるとは思わなかった。私はぺこりと頭を下げた。
「……お前はもう川に近付くな。落ちて騒がれたらこっちだって調査出来なくなるだろ」
「は、はい。気をつけます」
私は川から大股五歩離れた。落ち込みながらクロードの道具を整理していると、再び目の前にクロードが来た。今度はなんだ。
「……お前に聞きたいことがある」
「……え。は、はい。なんでしょうか」
「お前はもう、魔獣が怖くないのか?」
「え………こ、怖くないです」
クロードは私の返事を聞くなり大きく目を見開いた。
「……なんで」
「え?」
「お前は魔獣が嫌いだったはずだろ。どうして考えが変わった?」
そう聞かれて、私は返事に困った。クロードにとっては、リリクが魔獣を怖がっていないという時点で驚かれているのに、これ以上素直に言ってしまったら、私がリリクではないと怪しまれてしまうんじゃないだろうか。
しかし、私の口は咄嗟に言い訳を口走ってしまった。
「じ、実は私、聖女になることを諦めたんです」
「…………は?」
「せ、聖女になるために貴族の規範となるよう心掛けてきましたが、もう諦めたので、自分の好きなように生きていこうと思ったんです。魔獣も、もちろん最初は怖かったですが、少しずつ彼らを知っていって、今はそれほど怖くありません」
「……それが理由か」
「は、はい……」
クロードは私を見下ろしながらジッと見つめてくる。表情が読み取りにくく、何を考えているのか分からなかった。適当に言ってしまったけど、もしかして変に思われたのだろうか。怖い。
それが数十秒ほど続いて、先に口を開いたのはクロードの方だった。
「……ここの小川の中に魔獣はいない」
「え?」
突然、クロードが脈略もなく魔獣のことを解説する。私は弾かれたように顔を上げた。
「俺が見ていたのは、この小川に住み着く魔獣が食べている水草だ。水中にいる時だけ淡く光るんだ。光属性の魔力を好む魔獣がよく食ってる草だ」
「……えっと……」
「お前がさっき見つけた光る物のことだ。この道具から覗けば水の中がよく見える。ほら、覗いてみろ」
クロードに勧められるまま、私は道具のレンズを覗く。すると、透明度の高い美しい水中が視界に広がり、辺り一面に淡い青の光を放つ水草が水の流れによって漂っていた。
想像していたものより遥かに美しい光景に、私は息を呑む。「綺麗……」と思わず口から零れた。
「だろ。これが魔獣の餌になっているんだ。こんな美しいご馳走を毎日食ってるなんて羨ましいよな」
……わ、笑った。
あのクロードが嫌いな女である私を前にして初めて笑みを浮かべた。ほぼ魔獣のお陰かもしれないが、それでも私は少しは心を開いてくれたんだと嬉しくなった。
にしてもなんて素敵な笑顔なんだろう。流石攻略対象、顔がいいとやはり笑顔が眩しく見える。見続けていたら眩しさで失明しそうだ。
「あ、あの、アクシス様」
「あ?なんだ」
「どうして突然、このようなことを教えて下さったのですか……?」
私の問いにクロードはしばし私を見つめる。その目線がフッと逸らされて、彼はようやく口を開いた。
「魔獣に興味を持ってるヤツに教えてやらないほど、俺は落ちぶれてねぇよ」
「えっと……それはつまり……?」
「なんだよ。迷惑だったか?」
「い、いえいえ!とんでもないです!教えて貰えてすごく感謝してます!謎が解けてスッキリしました!」
私は慌てて首を横に振った。迷惑だなんて思う訳無い。ただ、あまりにも対応が優しいから、何か裏があるんじゃないかと思ってしまっただけだ。
「アクシス様は本当に魔獣がお好きなんですね。説明も分かりやすくて、いつも勉強になっております」
ここぞとばかりに私はクロードをよいしょよいしょする。好感度は上げれるだけ上げておかないと、来る断罪の日に処刑されかねない。
「……別に。このくらい普通だろ」
しかし、私の気持ちに反してクロードはふいっとそっぽを向いてしまった。う、うそ。ちゃんと褒めたつもりなのに何がいけなかったんだ。乙女心ならぬ攻略対象心なんてなったことないから分かんないよ!
「おい、小川の調査はこれで終わりだ。次行くぞ」
「あ、はい!すみません、少しお待ち頂けますか?」
「あ?」
私は未だおもちゃで遊んでいる妖精たちの元へ行く。
「みんな、私たちはもう行くから、また一緒に遊ぼうね。おもちゃはそのまま好きにしてもらっていいから」
妖精たちは羽をパタパタさせながら、嬉しそうに微笑んだ。そして、私の顔の周りをくるりと飛び回る。私の髪が少しだけふわりと浮いた。
まるで、『ありがとう』と言ってきているようで、私は心が温かくなった。
「……行くぞ」
「はい!お待たせしてしまって申し訳ありません」
「いい。……それより、なんで妖精たちにおもちゃなんかあげたんだ?」
「え?」
クロードは私の真意を探るかのようにジッと見つめてくる。なんだか、今日はクロードに見つめられてばかりだ。
「えっと、ディオンから聞いたんです。昔のように、人間と遊びたがっている魔獣がたくさんいるって。だから、少しでも寂しい思いをさせないように使わなくなったおもちゃを持ってきたんです。興味を持ってくれるかはほぼ賭けでしたが、結果的に気に入ってくれて良かったです」
「……へぇ。つまり、物で買収したってことか」
「ばっ……!?そんなことしてませんよ!」
慌てて否定すると、クロードは「ぷっ」と吹き出した。
「冗談だ。良いアイディアだと思うぞ」
「…………え」
そのままクロードはスタスタと先へ行ってしまう。
残された私は、不意に笑ったクロードの表情に無事脳がショートされていた。
えっ……今わらっ……笑った?笑ったよねクロード。
心臓がバクバクと高鳴る。あの微笑みだけでここまでの威力。す、凄まじい。アイルはよくあの笑顔に耐えていたわね。私なら一撃でノックアウトだ。
「おい。何ボーッと突っ立ってんだよ。早く行くぞ」
「っはい」
弾かれたように私はクロードの元へ走り出した。
それ以降、少しずつ私はクロードとの会話を増やしていった。話している内容はほぼ魔獣のことだけど、それでも面白くて、夢中になって聞いていた。クロードも最初こそ短い返事ばかりだったが、最近は冗談を言ってくれるくらいには仲良くなった。
そして、一週間が経過した。
「おい、今日の放課後もサボらずに来いよ」
「え、は、はい」
学園の教室にて、初めてクロードから話しかけられた。周囲にいた生徒たち数人が驚いて会話をやめる。
「今日は『エリウムの花』っつーのを探しにいく。だから遅れずに来いよ」
「………え?」
「……なんだよ」
今、『エリウムの花』って言った?ゲームで攻略対象とアイルが裏庭で探していたあの『エリウムの花』?
……ちょ、ちょっと待ってほしい。なんでアイルと攻略対象じゃなくて、私と攻略対象が探しにいく羽目になってるんだ。
まさか私が裏庭へ行ったせいで、ゲームのシナリオが狂ってしまった?確かに毎日行ってたけど、流石に狂いすぎている。
「おい、聞いてるのかリリク・アンシュリー」
「──……なきゃ」
「……あ?」
「──アイルを連れていかなきゃ!!」
「いやなんでだよ」
クロードが冷静なツッコミを入れた。そうだよね、攻略対象が知るわけないよね。これはある意味緊急事態なんだから。エマージェンシーエマージェンシー!
「えっと……僕のこと、お呼びしましたか?」
隣の席で本を読んでいたアイルが本から顔を上げる。私は彼の手を握って、コクコクと頷いた。
「アイルさん、一緒に裏庭へ行ってエリウムの花を探しましょう!」
「…………はぁ!?」
「…………えぇ!?」
クロードとアイルの声が見事にハモった。私は構わず続ける。
「人手が多い方が良いですし、何より好感度……じゃなくて、もっとアイルさんと(攻略対象が)仲良くなれると思うんです!……あ、アイルさんがもし良ければ、ですけど……」
「仲良くなれる……」
アイルはポカンとしながら聞いていたが、それだけ呟くとニコリと微笑んだ。
「良いですよ。僕もお手伝いさせてください!」
「っ!良かった〜!」
私はアイルの両手をブンブン振り回した。アイルは戸惑いつつも、楽しそうに笑っていた。
よし、これで攻略対象とアイルのイベントを発生させることができた。あとはこっそり私が二人から離れて、二人きりにさせれば良いだけだ。
「……おい。俺の意見は聞かねぇのかよ」
ふと、横から不満そうな声が聞こえる。クロードだった。
「……え?……あ、アクシス様!?す、すみません勝手に話を進めてしまって。えっと、ええっと、ひ、人手は多い方が良いと思いまして、アイルなら魔獣たちのことも好きになってくれそうですし……その……」
次第に口をゴニョゴニョさせると、クロードは呆れてしまったのか「ハァ……」と溜息を吐いた。
「……あんなに嬉しそうに口説いておいてそれだけか?」
「え?」
「……いや、なんでもない。確かに人手は多い方が良い。お前ら、放課後裏庭集合忘れんなよ」
クロードはそれだけ言い残すとその場を離れる。彼がボソリと言った言葉はよく聞き取れなかった。
「アイルさん、急に誘ったのに応じてくれてありがとうございます」
「いえ!どうせ寮に帰っても本を読むだけですから。僕の方こそ、素敵なお誘いをして下さりありがとうございます」
アイルは今日も今日とて優しい。そして天使だ。私はニッコリ笑って、「こちらこそですよ」と言った。
「……僕も、アンシュリー様と仲良くなりたいですし」
「?何か言いましたか?」
「いいえ!なんでもありませんよ」
くすくすと楽しそうに笑うアイル。うーん、相変わらずの天使っぷりだ。この可愛さには圧倒されるしかない。
「放課後、一緒に頑張りましょうね!」
「はい!」
そして、あっという間に放課後の時間がやって来た。
クロードが使っていた亜空間はデカい鞄みたいなもので、学園での使用が特別に許可されている魔法です。
クロードはリリクが大量のおもちゃを鞄に入れて持ってきたとき、どうして亜空間を使わないんだコイツと思っていました。
使わないのではなく、使えないだけです。




