サイドストーリー:婚約破棄の行方【その一】
リリクの父親視点です。短いです
数日前、私たちの愛しい娘から、変な手紙が届いた。
『尊敬するお父様とお母様へ。ハルベルト・アンスリウム様との婚約を破棄したいとぼんやり考えております。どうかご検討のほど、よろしくお願いいたします』
「…………なんだ。これは」
代々受け継がれてきたアンシュリー家に、これほどまでに意味の分からない手紙が送られてきたことはなかった。しかも、実の娘に。
手紙には『ぼんやりと』の部分だけ横線が二重引かれており、『ハッキリと』に変えられている。一体、どういう意図で書き直したのか。
我がアンシュリー家の誇りである私の娘、リリク・アンシュリーは自他ともに認める素晴らしい才の持ち主であった。公爵家の娘として、少し厳格になってしまったところはあるかもしれないが、それ以外は完璧である。
そんな自慢の娘が、国で一番の学び舎であるジーニアス魔法学園に入学し、親元を離れていった。日々娘の成長に思いを馳せていたが、その中でのこの手紙である。眉根を寄せずにはいられなかった。
「あなた……リリクがハルベルト殿下との婚約破棄を望むなんて、一体どうしたのかしら。まさか、学園で誰かに唆されたんじゃ……!?」
「落ち着けリリディオ。リリクは他人に唆されるほど、弱い子ではない。……ただ、これは……」
私と妻のリリディオは黙りこくる。少なくとも入学前のリリクは、殿下との婚約破棄を望んでいるようには見えなかった。
殿下との婚約が結ばれたときも、リリクは表情一つ変えなかったが、心做しか瞳が輝いていたように思う。嫌そうにしていた雰囲気は一切なかった。
「とりあえず、この手紙だけで私たちが判断できることは限られている。本人に直接会って、話をしてみなければ……」
執事のセバスチャンに頼んでリリクに宛てた手紙を書こうとした途端、コンコンと部屋がノックされる。
ノックした相手は意外な人物だった。
「旦那様。リリク様の専属侍女、セイラでございます。お嬢様の近況を申し上げにきました」
「セイラ!入りたまえ」
なんと良きタイミングか。おそらく、家の者で今一番リリクとの距離が近いであろうセイラが入ってきた。
「失礼致します………あら、その手紙を読まれていたのですね」
セイラは何か察したものがあるのだろう。私たちの間に流れる微妙な空気を読み取った。
「セイラ!一体うちの娘はどうしちゃったの!?ハルベルト様との婚約を破棄したいって……本当にあの子が言ったことなの?」
「はい。全てリリク様がご命令なさったことです」
「あぁ……」
リリディオはふらりと倒れそうになる。私は慌てて彼女を受け止めて、セイラに改めて問うた。
「リリクはハルベルト様と何かあったのか?仲睦まじいとは言えなかったかもしれないが、優雅な談義には応じていたではないか」
「いえ、リリク様はハルベルト様のことを嫌いになった訳ではないと思います。寧ろ、その逆かと」
「逆……?」
セイラの答えに更に首を傾げる。リリクの考えていることが分からない。実の娘であるというのに。
「『いずれ私よりもハルベルト様に相応しいお方が現れるかもしれないでしょ?ほら、聖女様とか』……と仰られておりました。それ以外の意図は無かったように見られたので、おそらくそれが本音かと」
「聖女様!?待ってくれ、私の知る限りうちの娘は、聖女様を目指して日々努力していた記憶なのだが」
「はい。私もそうでした。ですがリリク様は、どうやら聖女様になられるのを諦めたご様子でした」
「はぁ!?」
「あぁ……」
またリリディオが倒れそうになったので慌てて抱きとめる。しかし、倒れたい気持ちになっているのは私も同じだった。
「一体この数日の間に、学園で何があったんだ……」
私は妻を抱えつつ、眉間に手を当てる。セイラはしばし考えた後、首を横に振った。
「私も、最近のお嬢様の行動は理解の範疇を超えています。寮での生活に不満は抱いておられないようですが、学園では何が起こっているのか分かりません。どうやら、アクシス家とエヴァント家のご子息様方と同じクラスになられたようですし……」
「何!?リリクはあの二人を嫌悪していたであろう。大丈夫なのか?」
「あまり気苦労はされていないように見えます。過去のことを謝りたいと仰られておりました」
「!そう、なのか……」
自分の娘ながら、あのリリクが人に謝罪をしたいなんて、耳を疑うほどだ。日々完璧を求めてきた彼女は自分の過ちを認めない悪癖がある。それが少しは改善されて来たのだと思うと、娘なりに成長しているのだと実感した。
だからといって、ハルベルト殿下との婚約を破棄したいという意志がまかり通る訳ではないが。
「……セイラ。次の学園の休日、リリクを屋敷に呼んでくれ。あの手紙の意図を本人の口から確認させたい」
「かしこまりました。お嬢様にお伝えしておきます」
セイラは優秀なメイドだ。リリクもそれを分かっているからこそ、彼女だけを専属侍女として付き従えている。後はセイラに任せておけば、事は順調に進むだろう。
セイラの報告を終えてから、彼女は再び屋敷を去った。屋敷に残された私たちは、最愛の妻と寄り添いながらセイラが乗り込んだ馬車を見送る。
「あの子……本当に大丈夫かしら。何か危険なことに巻き込まれないと良いんだけど……」
「ううむ……環境の変化というのは侮れないものがある。しかし、リリクは強い子だ。例えあの子の考え方が変わっても、芯に宿る本質は忘れないはずさ。だから、きっと大丈夫。私たちはできる限り、リリクのやりたいことを応援しよう」
「そうね……いざとなったら、ヴィンにも協力してもらいましょう」
「そうだな……」と頷きつつ、リリクの一つ下の義弟、ヴィンガーの姿が頭に浮かぶ。リリクのことをあまり快く思っていないであろうヴィンガーが協力してくれるとは思わないが、頼みの綱は多い方が良いだろう。
私たちは娘の行く末を案じながら、何度目か分からないため息を吐くのだった。
ヴィンガーはまだ本編未登場の攻略対象です。そのうち出ます^^




