錆びついた灯台の料理人
私はそれから離婚した。
25回目の結婚記念日。LEDの電気に照らされた部屋に何故か影が落ちている。どこかしこに色を塗ってあるみたいにグラデーションに暗い。
私は長方形の机の上で麦茶と氷の入ったグラスを揺らす。傍目に読みかけの文庫本が目につく。
「ごちそうさま」旦那は小さくそういうと、そそくさと夕飯の洗い物を済まし、自室へと篭る。
私は今日の日を思い出して、旦那の部屋へと向かう。戸の隙間から光が漏れる。机に直向きに何かをバリバリと書いている。
手紙では無い。あの人が資格マニアというものに当てはまることをこの前、仕事場の若い後輩の女の子から聞いた。目的の前に資格取得が来て、取ろうといつも勉強している人のことを言うらしい。数年前から、もういくつの資格を取ったのかすら知らないが。
それを見て、部屋へ向かうのを辞めた。リビングに戻り、さらに暗く感じる空間へと入り込み、椅子へと腰掛ける。私は文庫本を手に取る。料理中でも油はねが気にならない様に桜色のカバーのかけられている。読む。
読書が好きだった。旦那とも本好きという点で話があって、付き合い、結婚した。子供ができてからは自ずとそういう時間が取れず、2人とも読書から手が遠ざかっていた。
私は活字を見る。内容に特にこだわりは無いが、今読んでいるものは現代社会における若者の心情をありありと写したものだ。どうやら今は『推し』という言葉の中で、他者との関係と自分の生き方を語るのが流行るらしい。確かに興味深い。自分の生き方、それそのものが若々しい、そう思い微笑む。
私は少し良い気持ちになる。同時に旦那の部屋を見た。いつも開く隙間からは光だけが漏れている。
共有したい言葉は胸に浮かぶ、けれど私は椅子から立ち上がらずただ光を見るばかり。
自分の生き方。本を見る。共有したい言葉が頭に浮かぶ。扉を見る、文庫本触る、光を見る、本を拾い上げる。




