薄暗い屋台の暖簾
「いらっしゃい」屋台の店主が僕にそう言う。
僕は店の中を右左と見回る。右側には冷蔵庫がデカデカと置かれていて、左側には何やらの棚がある、中央部にはガス台が2口分。
「ここは何屋なんですか?」
「何でも作るよ。材料があれば」
「じゃあ、チャーシュー丼ってありますか?」
「チャーシュー丼ね。はいよ」
調理にはいる店主と僕、その間の空間はあまりに静かに切り替わる。僕は顔をあまり見ずに、また周りを見て、そばにあった新聞を取る。
元来、僕は文字を読まない。スマホに時間を割く様になってからは特に文字と触れ合うことが無くなった。小さな文字は見ない。僕は今日の曜日だけを見る。金曜日。
「お兄さんは花金に1人かい?」
「まぁ、そうですね」
「そうかい、でもうちに来てくれたんだ。見る目が無いわけじゃあ無いはずだ」そう言って、店主はガハハと笑う。
「俺にも息子がいる。別れた女房に着いて行ったんだが同じぐらいの年だよ。何してるかは知らないが」
「そうなんですね」僕は一度会話を切った。それを受けて、店主はそれ以上何も言わない。
「……僕の母はシングルマザーでした。父は出て行きました。父はよくご飯を作ってくれていました」
「そうかい」ぷつぷつとチャーシューの煮える匂いが沸き立つ。店主の小さな声。
「出来た、チャーシュー丼、一丁」カタッと置かれた丼にチャーシューが敷き詰められる。熱々のご飯に光と湯気が立つ。
「いただきます」僕はその後、パキッと割り箸を折って一口をすぐさま食べる。一口、二口、三口、止まらない。つゆが多くかかっている米は予想以上に喉を潤して、箸を止めない。カツカツと箸と椀が鳴る。チャーシューは独特の苦味がある、後から舌に残り続ける様な。
僕はふっと息を吐く。かき込んだ米たちを水で流す。
「出て行った嫁と息子にもよく食べさせた。美味いだろう?」
「えぇ、美味しいです」
「それは、よかった」
それからまた食べ始めて、僕はついに食べ終わった椀を置く。名残惜しい気持ちを持つけれど、腹持ちと財布を相談して辞めた。勘定を済ませて荷物を椅子から取りあげる。
「……チャーシュー丼、クセのある味だったろ。2度目食ったら思い出しちまうような」声の主である店主の顔を伺うと彼は僕を見ずに聞いていた。
「美味しかったですよ。すごく。でも初めて食べるクセのある感じの味でした」僕はそう言って店主に頭を下げて、立ち去る。
「おい、お兄さん。……またいつでも食べに来いよ。転々としてるが、少しの間はここらで毎日やってる」店主の顔は店の逆光で分からない。声だけが思いを伝える様だった。
「……ありがとうございます」僕はその先は言わずにぺこりと頭を下げた。
「おう」ただカラッとした声でそう言って、店主はまた屋台に戻る。薄暗い屋台を振り返ると、また腹と財布を確認したくなる。僕はそう思い、ただ前だけを見つめた。




