崩れかけた灯籠の炎
私は灯籠に火をつけて回る。慣れた動作で、一つ一つに入っている燭台に持ったチャッカマンで着けていく。古の苔を積もらせた灯籠に、チャッカマン。並べたそれを見て、私は歪む。
「おかえり」父は言う。
「うん」私は返す。
「何も無かったか?」父は続けていつもそう言う。敷地内の灯籠を着けて回った程度のことで、何かあるわけも無いだろう。
「あのさ、私、昔から思ってたんだけど夜も開ける必要あるかな」
「必要だよ。人が困る」
「困るって、そんな人、少数じゃない?」
「そうだね」
それ以上父は言葉を作らない。目の前の祝詞の作製に集中し始める。拙く、汚い字だった。
「お母さんはいる?」私はぶっきらぼうに言い放つ。
「今日は夜勤で帰るのは23時くらいになるって言ってたよ」
「あそ」
「ご飯は作ってあるから、食べておいて。24時から僕も仕事に行くから。母さんと家任せるね」父は私の方を見ずにそう言った。
参拝場の横を通り過ぎる。襖で閉じられた部屋。中に人影が見えたが、私は不恰好な襖の紙を見ていた。紙は襖一枚で貼り替えず、一つ部分で貼り替えていて色が違うし、皺がある。
「あの、この神社、灯籠の火はチャッカマンでついてます。祝詞の字は汚いし、神職はほとんど副業みたいな人が営んでます」
私は歪んでいた、そう思う。誰もいないよ、こんな中途半端なのに。襖に手をかける。言ってやる。
参拝場の中の人影、コロコロと笑う小さいものがある。2つ。
私は襖の手を見た。そして下ろした。人影は火で輪郭を揺らして、ぼやかしてから。
踵返し、歩く音。自室への道は暗く歪んで見えた。




