砂浜の古いラジオの雑音
潮騒のなんと自分らしくない事か。私はそんなことを思いながら、指の中に入り込む気持ちの悪い砂と水平線に沈む太陽を見る。
「楽しくなかった、海?」焼けこげた肌の男の人、いわゆるサーファー然とした姿の男。私の父である。
私は砂浜に引いたシートの上に三角座りで小さくなっていた。父はその横にどっかりと座る。
「楽しかったよ、海」
「そうか、なら良かった」
私はその時、生まれて初めて父親が男性なのだと言うことに思い至った。女の柔和な肌ではない物、骨と皮の間にある筋肉のあり様に。
「帰るか?」
「うん」
荷物を車の中に詰めていく。父が昔から使っていたボロの車の方なので砂だらけのサンダルも履いたままで良い。いつもと違うルールに気分が高揚する。
車のメーターは15万km。助手席の私にエンジン音が響く。手慣れた操作で、ラジオを点ける。よく分からない曲を共に、父が海沿いの道を駆ける。
「お母さん、来れたら良かったのにね」私が呟く。
「用事だから仕方ない」潮風が父の前髪を揺らす。まつ毛が長い。
「お母さんとここで出会ったんでしょ?」
「母さんから聞いたのか?」
「ううん、なんとなく」
「そうか」
車の中にはラジオの音とタバコと潮の匂いがする。けれど、ラジオの音はガビガビでタバコの匂いは随分と古いもの。
「お父さんは海と山どっちが好きなの?」私の質問に気づかなかったのか、夕陽に照らされる横顔はこちらを見ることはない。
私たちは山に帰る。海が一つも見えないところへ。
「お母さんと2度、この海へきた事がある。1度目は出会った時、2度目は結婚する前。お母さんは砂浜でぼんやりと座ってるだけだった、2回とも」父さんの言葉はそこで終わった様だった。私はそれを聞いて、何かを考えようとして辞めた。ラジオの音が邪魔だった。
「なんと言うか、私はこの帰り道が落ち着く気がする」働かない頭で素直な言葉を私はただ発した。
その後、私は父を見た。笑っていて、少し笑むその顔が私には泣いている様にも見えた。
ラジオは車内に鳴り響く。雑音の中に少しだけ正しい音が聞こえる、耳をすませば。




