凍りついた公衆電話の受話器
「もしもし、聞こえる?」私の声。
「あぁ、聞こえる、聞こえる」彼の声。受話器を私は強く握る。
彼の次の言葉を待つ、黙ったままで。どうしたの?とか言ってくれるかと思って、私はただ数秒間テレフォンカードの度数が下がっていくのを見つめる。今、39度に変わった。
「何?」彼の声が聞こえた。度数が38に下がる。
「今ね、公衆電話からかけてるの。夜の、結構冷えるね」言いながら、私は手に息を吐きかける。ゆっくりと暖める。
「あ、そ、それで?てか、今何時?」度数、36。グーっと伸びをする彼の気配。
「あ、えと、今は22時半過ぎくらい。またゲームしてたの?」
「え、あぁうん。うわ、まじか、もうそんな時間かよ」彼の声の後ろでカラカラと空いた缶の音とポップなテレビゲームのポーズ音が聞こえる。
「これ、今、テレフォンカードでかけてるんだよ。たまたまさ、出先の街に売ってるところがあって。そのイラストが可愛くって、思わず買っちゃった」
「へぇ」度数、32。
「地域のマスコットのやつなんだよ」
「買ったの?」
「そう買った」下がり続ける外気温。私は受話器を持っている手を擦って暖める。
「どこからかと焦ったよ。スマホからかければ良いのに」度数、30。
「はは、そうだよね。いや、ちょっと面白いかと思ってさ」度数、26。寒くなってきた、手が震える、言葉が震える。
「まぁ、なんでも良いよ。今日、いつ帰ってくんの。帰ってくる時に色々買ってきて欲しいもんあんだけど」度数、20。
「あぁ……いつだろ、分かんないや」受話器に当たる指が凍てついた様に動かない。言葉だけが流れ出る。
「分かんないってどう言う……」ぶつり、受話器から断絶音が聞こえた。
度数、15。手はなおも固まって冷たい。ピーピーと公衆電話から音がして穴の空いたカードが出てくる。それを私はもう一度公衆電話に入れ直す。
カタカタと数字を叩く。プルプルと音が数度続き、ガタッと音が変わる。「……はい、鈴木ですが」「もしもし……お母さん」私の声の後、受話器からの音は耳を暖めた。
ポケットではスマホがずっと震えている。私はそれを無視して、この15度をゆっくりと溶かし始めた。




