鳴らないインターホンの夜
いつもなら着ないようなジャケットの襟を触る。手首のボタンを気にして、一周手が回る。剃った髭の有無を撫でて確認する。ふっと息を吐く。
スマホを見る。
『いつ着くかな?』というメッセージに、僕は『もうすぐ着く』と返している、未読だけれど。そのメッセージを送ったのは18時45分、今は19時と2分。
スマホを持つ腕に腕時計とかしちゃってる自分に少し笑む。ゴムベルトのそれは汗で蒸れて、緊張を伝える役割を持つだけ。
目の前にはドアが立ちはだかる。ノックをするというにはあまりに現代的なドアの横にはカメラ付きのインターホンが備え付けられている。僕はそれを確認して、また息を吐く。
スマホを黒い画面のまま、顔を写す。もう一度、スマホの画面をつけて時間を確認する。19時3分、知っているのに。
腕時計はなおも汗をかき続ける。チクタクと心音135bpm。
僕は押した。押して、すぐに体を引いた。引いた体をインターホン向きからドア向けへと変える。踵を揃えて立って、背筋を整えて、顎を引いて、願わくば汗も引いて。
腕時計の針がやけにうるさい。チクタクと音が残る。そういえば、インターホンの音が鳴らなかった。ずっと針の音だけが聞こえていた。ならば、彼女には届いていないかもしれない。
発汗する。目だけをインターホンに向ける。そして、次はゆっくりと本当にゆっくりと指をインターホンのボタンへと近づける。近づけ、近づけ。
「ごめん、インターホン壊れてるの、音聞こえないでしょう」声が聞こえた。いつの間にか空いていたドアから。
「行こっか」彼女の歩いていく姿に僕は目を惹かれる。咄嗟に自分の顔の汗を手で拭い、襟を触る。裾をはたく。
「車まで案内するよ」言いながら、僕は姿のあれこれを確認して彼女に近づく。
「大丈夫」
「大丈夫って、車変なところに止めたよ?」
「違うって、だからその、かっこいいよ。大丈夫」
腕時計はまた汗をかく。1秒がぐっとまた早くなる。




