閉じない傘の帰路
傘が音を鳴らす。薄暗い雲の落とす水玉が体に何度もぶつかる。
目的地はある。私は歩みを進める。
T字路に差し掛かる。私は右手を見る。先には下をだけ見つめて照らす街灯。赤い提灯の定食屋が見える。
手が震える。雨が体を冷やす。私は何度も何度も摩擦の生まれない濡れた手を擦って体を温める。心なしか、右手だけはまだ温かい。
私は左の方向を見る。街灯がポツポツと長く暗い道を少しずつ照らしている。ずっとずっと長い道のりがそちらには見える。
左に進んだ。掃除機の弱に引き摺り込まれるようにスッと歩き始める。
着信が光る。右手でスマホを耳に当てる。
「はい」
「何してるの?」母の声、温かい。
「歩いてる」
「そう」
「ありがとう」
「うん?」
「心配してくれたんでしょ?」
「うん、もちろん。何しているのか気になったし。危ないことはしてないわよね」
「してないよ。歩いているだけ」
「雨降ってるの?」
「降ってる、軽いよ」
「そう。お風呂、すぐ入りなよ」
「入るよ、シャワーだろうけれど」
「うん」
「じゃあ、切るね」
「うん」
「また、連絡する」
私は電話を切る。ふーっと息を吐き出してから改めて歩き始める。
目的地を目指す。手を握り、また擦る。今は左手が温かい。




