ほどけない結び目
「結婚おめでとう」そう言った母の声を思い出す。顔合わせから数日後、結婚式の前に自分の両親からご祝儀を貰った。
「綺麗な水引だね」妻はそう言う。確かに僕もそう思った。派手では無いが、清く正しい。結び切り。
「中々この結び方は解けないのよ。知ってた?」
「あぁ、2度と無い様にって縁起を担いでるんだろ?」
「そう」
「でも解けない結び目って、ゴルディアスの結び目っぽく無い?」
「ギリシャ神話の?まぁ、言われてみれば確かに」
フリギアの都ゴルディアンの王、ゴルディアスは解けない結び目を用意して、それが解けたらアジアの王になると予言したという逸話。それを解いたのがアレクサンドロス大王だったのだが、その方法というのが……
「切り捨てたんじゃなかったっけ?大剣で一振り」
「そうだよ」
妻は僕の表情を伺うと、悪戯っぽい蛇の様な目になって言葉を作る。
「ふーん、今そんな話するんだ」
「何?」
「いやー、切るつもりなのかなって?バッサリと」
僕はそれを聞いて小さく笑う。
「何がおかしいの?」
僕は少し表情を堅くする。
「切らないよ。アジアなんていらないよ、アジアよりも余程大事なんだ」
妻は言葉に睨みを強くする。眉毛がプルプルと震えて、強張っている。
「……本当、くさいセリフ」
「好きなんだよ、くさいセリフ。だからこれも切らさず生きたいね」
「あっそ」そう言って、妻はご祝儀袋をまた大事そうに観察し始める。僕はそのご祝儀袋と妻とを同じ視界に入れながらソファにもたれる。
「あのさ」
「ん?」
「……切らさないで、ずっと言い続けていて」ぽそっと妻は言った。
水引の金色がそれに呼応して光った様な気がした。




