最後の席
僕は居間にある一つの椅子に座る。机には資料が散らばる。両親は寝室で寝ている。暗い居間。
目を瞑り、今日の兄の言葉を想起する。
『お前、いつまで実家にいるの?』
『もう3ヶ月は住んでるよな』
『よくそんな所に住めるよ。俺なら耐えられない』
思い出した言葉が僕の中で小さく暴れる。それをぐっと抑えてから、仕方なく呼吸に乗せて小さく吐き出す。
父親の家業を継がなければならない。それは伝統的であり、家族や周りの人間を繋ぐ中心地にもなり得る。けれど、その分束縛は大きい。
『親には何もされてないよ』
『俺は他の家に比べて』
『周りの友達の方がよっぽど』
僕の家に金銭が多く流れる事は無かった。けれど、多くの愛はあった。兄は兄として、弟は弟としてその差を享受しながら愛を与えられて育ってきた。僕は少なくとも兄を羨ましく思う部分があった。
スマホを見ると、彼女から連絡。
「私は家業を継いでほしく無い。継ぐんだったら、あなたとの関係も考える」
また僕は呼吸をする。深く。
『家だって売ったら良い』
『それで全部解決じゃん』
『面倒なことなんて』
言葉から目線が下を向く。あるのは資料、土地の権利書。父が祖父から引き継いだ権利書。引き継いだ時にはまだ借金があったらしい。
今は父の努力と徒労故の清さを保つ。この労を兄は何だと表すだろうか。
またスマホに連絡が来た、兄から。見やると写真だった。
兄と兄嫁の旅行写真。随分と笑い合う。
僕は口を歪ませる。呼吸をする。ずっと深く。
暗い居間の席は空いている、まだいくつも。




