ポケットの鍵
私は私のこれから住む家を見たことがない。
階段を登る。ポケットの中には金色の鍵。小さな可愛らしいハムスターでも入れているみたいに私はそれを撫で回す。
金色の鍵、部屋の鍵。でも私はその中を見たことがない。
金色の鍵を取り出して、光に照らす。それと並んで指には誇らしいペンだこが見える。
私は箱入り娘。とは言っても玉手箱では無く、至って普通の鍵付きの桐箱だ。
大事にされすぎていた。親の心配性も相待って、外遊に関しては厳しいルールの中で育った。それ以外は嘘みたいに優しいが。本当に親には感謝している。
私は今春より、桐箱を卒業する。もちろん、それほどすぐに自由が行き過ぎる事もなく、正しくは新たに用意された桐箱へと移動するだけな訳だけれど。浮き足立つ。空気より私は軽い。
「ありがとうね」私は声を出す。
「何が?」後ろを歩く父親はややつっけんどんに返答した。その顔を見る。
「何でもないよ」
「何でもない事は無いだろう」疑問符を浮かべる顔を見て、私は前を向く。
「この階だっけ?」
「あぁ、そこの4号室」
私はその言葉の指す先を突き進む。しっとりとした廊下、清潔にされた壁面。そして扉の前に立ち尽くす。
すっと息を呑む。空気は程よく冷たく体を静める。
鍵を穴に入れる。新たな私の家、私は一度父の顔を見る。そして、開ける。




