ただの雨音
いかんせん、雨の日に思い出というのがあると言うのは良いことではない事の方が多い。雨の日は古傷が痛むとか言うじゃないか。雨っていうのはそういうものなんだ。
「何かあったの?」
「うん?」
「雨の日、古傷とか言ってるからさ」
「どうだろうか」
「振られたとか?」
「振られてないね」
「誰か大事な人と今生の別れを経験したとか」
「ないね。両親も、両祖父母も元気いっぱいだよ」
私は自分の境遇を思い出すが、雨の日に関する思い出というものがほとんどない様に思う。雨の夜、網戸に向かって、隣で笑う友人は缶ビールを煽りその頬はほのかに赤くなる。
「あたしはあるよー、はぁ。あんたは良いよね。可愛いし、男に振られる経験なんて無いでしょ。ひくっ」
「まぁ、確かに男性と付き合った事すらないですが、だから振られる経験もないですが」
「まぁー、羨ましい。可愛いのに、付き合わないのはそれはいいご身分ですよ。あたしは雨の日は痛むね、心が痛む。元彼は雨傘をさしてくれたのが初めての出会いだったのに」
「出会った当日にすぐ電話で聞いたよ。その話、本当によくするね」
「するよそりゃ、雨の日になると思い出すの。その毎回を。元彼を」
だらしなく元彼の話をする友人の横顔をずっと見つめる。
「私だって、でも雨の日は痛む気がするよ」
「慰めないでくれよ」
慰めてる訳じゃないよ、本当に痛む気がするよ。ただの雨音だって思いたいけれど。意気揚々と電話口に語るあなたの声を思い出して、雨音に混ざって痛む。
夜、ただの雨音。思い出とも言えないもの。疼痛。




