落ちた名札
「落としましたよ」
僕は拾い上げられた首からかけるタイプの名札を受け取る。
「ありがとうございます」
「◯◯課の方なんですねー」名札を拾った女性が言った。
「はい、そうですね」僕は名札をカバンの中に突っ込む。空気の行方が分からなくなって、頬をぽりぽりと人差し指で掻く。
「二宮さん、いい苗字です」
「そうですか?」
「えぇ、すごく」
「で、では」と言って、僕はその場を去ろうとするけれど、女性が行こうとする僕の腕を掴む。
「連絡先、教えてください」
「えっ?」
「連絡先です、LINEでも電話番号でも。ご飯行きましょうよ」
「ね!」と煌びやかに光る笑顔で、僕の懐に入り込んでくる。僕はその行動に一歩後ろに引いてしまうと、それ以上身動きが取れなくなる。
「い、いや、ちょっと」僕の指に嵌っている指輪が光る。彼女はそれに気がついた様で一瞥してから僕の方を見る。
「結婚してたんですね、それでも良いですけど」ぐっと、さらに距離が詰められる。その時、バタバタと小さな足音がこちらに近づいてきた。
「何してるの、お父さん?」
「ん、いや……何というか」今の状況を説明しあぐねる僕。
「ほら、おいで」女性は僕から目を離すと、息子に対して手を広げて、呼び寄せる。
「何してたの、お母さん?」
「ん?お父さんと遊んでたの。昔みたいに」
「仲良し?」
「仲良しよ、ね。二宮さん」
脳裏に過ぎる昔が、僕の頬を染める。バタバタとして、踵を返す。
「行ってらっしゃい」
「あぁ、行ってきます。佐々……いや二宮さん」
目の前の女性はにんまりと笑う。抱き抱える子供の手と2つ、こちらに手が振られる。
玄関、表札に3つ名前が並ぶ。




