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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
動き出す大国
304/306

世界の一端

 サウザンドが駆けるその視線の先に、壊走を始めた新カルネリアの兵の一人が入り込む。


 最初の一人とすれ違う。

 それは次々と増えていき、彼らは武器も持たずに来た道を引き返してくる。


 腕を失い誰かに支えられて共に走る者。

 身体は五体満足でも、心が壊れ、表情が壊れている者。

 奇声を上げながら走る者、泣き叫びながら走る者。


 もはや、誰も敵意を見せていなかった。

 彼女が思考をするまでもなく、それは、壊走に他ならなかった。


 やがてその理由を理解する。

 鬼気迫る形相の、様相の異なる兵の姿が目に入る。

 それは逃げていく彼らを執拗に追いかけている。


 サウザンドはそれを、奥歯を噛み締めて避けてすれ違う。

 次、そのまた次、走っていく間に、そんな姿を幾度も見かける。



 しばらく走っていると、多くの兵に護衛され、引き返して来る集団が目に届く。

 軍旗を確認し、それが恐らく、新カルネリア王国の司令官本営なのだと彼女は理解する。


 助けるべきであるか、どうか。


 強行して進軍をした先日の所業に、それを思い悩み、しかし足を止め、意を決して剣を握る。

 魔石が輝き、サウザンドを緑色の光が包む。


 狂気の表情とも思える集団が、そこへ向かってきていた。

 それは恐らく、手強いサザウの衛士たちではない事を見届け、やや安堵する。


 迫るその敵意の前へと、立ち塞がるように、身を置く。


「往け!はやく逃げろ!」

 叫んでいた。彼女のその強い声を聞いてか、理解できないまでも、彼らは頷き、そこから離れていく。


 幢子おねえちゃんは何をしたのか。

 正面から向かってくる、無秩序とも思えるその集団を、剣を構えて前にした時、その一端が彼女にも襲いかかってくる。


 戦場の雑音に混じり、どこからか詩が聞こえていた。

 その歌声は、どこからきたものか、わからなかった。


 それでも、誰の声なのか、彼女には直ぐに分かった。

 詩が、自身の中に入り込もうとしてくる。それが理解できた。


 ひどい郷愁。残酷なまでの郷愁。

 ただ帰りたい、その一心の感情が、心を支配しようと、詩で訴えかける。


 詩の一節に、そう呼びかける、そうさせようとする、強い力が込められている。その波動を感じていた。


 サウザンドの心を支配しようとしているのは、最後の姉の顔だった。


 別れ。

 それを決意し、それを実行する直前に見た、河内幢子の最後の顔。

 他の全てを壊してでも、自分だけを救おうとした、姉の顔。


 前世に置いてきたそれを、無理やり呼び覚まそうとする、耳障りな詩の支配。詩による支配。押し寄せてくる「量子の波動」。


 それを止められなかった、後悔。


 幾つもの感情が一斉に吹き出して、サウザンドは一端を理解する。


 襲いかかってくる兵士たちを、殺してしまわないように跳ね除け、打ち払う。

 魔石の光が、僅かに自身を守っている。その事を理解し、おののく。


 河内幢子は、既に、詩魔法の根底を理解して、そのための最適化を始めている。

 その波動にさらされた、彼らは、正気で居るのだろうか。


 この場に起こっている事象をかんがみるのなら、まだ、世界を壊すような事はないだろう。だが、いずれそこに、辿り着く。


 河内幢子がそう成り得る人物だという事を、彼女は誰よりも知っていた。


 その引き金を引かせるのが、誰なのか、何なのか。

 そこまで至り、考えるのを一旦止め、再び、サウザンドは走る。


 この詩の出処を、確かめる必要がある。彼女はそう意識する。


 この戦争は、もう、体裁を成さないだろう。

 この詩が、この地を包み続ける限り、守る側に負けはない。


 攻めれば、響き続ける詩に戦意を喪失させられる。郷愁が心を支配する。

 逆に守る側にしてみれば、それ以上に戦意を駆り立てるものはない。


 その量子を、波動を、それを介した原理の一端を彼女は知っている。




 海岸に辿り着いた異形の船から、エスコートされ、その人物はスラールの地に降り立つ。


「気味の悪い詩。嫌な気分になる。」

 彼女は、砂浜を進む。側に寄り添う麗人を、煙たそうな目で見やり、差し出されたその手を払う。


「自分で歩けます。私を何だと思っているのです?」

「偉大なる導師様であらせられる。我が一族代々の総意です。」

 彼女はその言葉に心底嫌そうな顔を返す。それに対して、彼は微笑みを返す。


「貴方達一族の男系の、そういう所、本当に嫌い。」


 彼女は静かにその砂浜を歩く。

 白い外套を羽織り、フードを目元まで隠すように被っている。


 砂を踏む音だけ、しばらひびく。

 そうして、彼女の前に、二つの影が浮かぶ。


「導師様の、御使の方々ですかな?」

 彼の言葉を聞き流し、彼女は手を掲げる。


 その手のひらに浮かんだ光に呼応するように、それは発光する。


「弊社職員の方々です。そんな変な言い方止めて。」

 光る手を掲げ、しばしの時が流れる。


「大体わかりました。まずは、この詩を止めないと。とてもうるさい。私には、とても気に障る。」

 叶わぬ願いを想起する、そんな声に、やや苛立って、彼女は再び、砂浜を歩き出す。


 麗人が合図をする。

 それに呼応して、異形の船は大きく開かれ、「それら」が飛び出していった。

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