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詩の空 朱の空(仮称)  作者: うっさこ
動き出す大国
301/306

もう一つの戦場 その心が問うままに

 森を飛び出したミレネイルの強行部隊が雨の降る闇夜を駆ける。


 魔石に依る膂力りょりょくや、夜目の付与は、サウザンドとコージィが持ち帰った経験を元に、構築を完了したばかりであった。

 実用不足からくる、後続する面々の出遅れを苦々しく思いながらも、足を落としてサウザンドは駆けていく。



 傷痍兵たちの夜営地に悲鳴が上がったのは、夜も半ばまで更けた頃であった。

 二日前のバルドー要塞の攻略戦で、外郭塹壕に取り付きを果たすという成果を上げたものの、腕や足を負傷した彼らは、本陣から押し出される形でその日、移送されていた。


 彼らは理解していた。

 自分たちが、昨晩襲った怪異たちのための生贄にされたのだと。

 前線で最早使いものにならなくなった自分たちは、犠牲になることで、前線の物資の浪費も抑えられる。


 それを仲間内で察し合い、失意に暮れ夜を迎えていた。

 夜営地に悲鳴が上がった時、誰もが涙をこぼし、自らの命運を諦めた。


 戦傷と疲弊、バルドー要塞の敵兵の必死の形相の抵抗に、彼らの心は支えるものを逸失していた。


 ただわずかに、本国に残した誰かの事を思い浮かべ、涙があふれる。


 しかし、続けざまに悲鳴らしき叫びが上がるものの、自分の番が回ってこない事を、いつしか悟る。

 決して広くないその雨の夜営地で、その叫びはいつまでも遠く、近づいてくる事はなかった。



 怪異を狩る者。

 そう評された存在は、同じく、怪異であった。


 その姿は、人ほどの巨躯を得た虫そのものと変わっていた。

 雨に濡れ、黒く光るその身体は、外骨格で覆われた虫そのものだった。


 腕のように突き出した強靭な両顎りょうあごで、怪異を捉えると、自らの体液を流し込む。

 蝙蝠こうもりの様な、両腕に皮膜を持つ滑空をする怪異は、体中に駆け巡る痛みに叫び声のようなものを上げる。


 倒れ込むとやがて力なく、動かなくなる。

 内側から溶かされ、その皮膚は、怪異の形を残したまま、溶解された血肉を包むただの水袋のようになっていた。



 怪異たちはそれを知っていた。自分たちを狩る、また別の怪異。

 それの出現を理解し、慌てて離散をする。


 恐怖を与える存在である怪異が、恐怖におちいる立場となっていた。



 ミレネイルの強行部隊が、そんな怪異を捉えたのは、その直ぐ後のことだった。

 闇夜を走り続け、疲労が見え始めていた面々の前に、散り散りとなって逃げていく怪異、そしてそれを追う怪異を、発見するに至る。


「各位!戦闘準備!」

 サウザンドが叫び抜刀するのと、コージィがメイスを握ったのはほぼ同時であった。


 間もなく、逃げ惑う甲殻を持った怪異に、刃を持った鈍器が叩きつけられ、その頭部の殻が割れる。

 間髪を容れずそこへ、緑色の光を帯びた剣が突き立てられ、怪異は倒れ込んだ。


 君主と名将の歴戦の連携に目を奪われながらも、そこへ各々が続いていく。

 誰しも、戦線を見定める目を持つ、まさしく精鋭であった。


 事そこに至って、予備共有された情報もあり、敵を見誤ることはなかった。即ちそれは、怪異を狩る怪異は、敵ではないという事。


「誰か!この近くに、こいつらが襲っていた場所があるはずだ!そこを守れ!ここにこんな数は要らねぇよ!」

 コージィが声を張り上げながら、怪異の一体にメイスを叩きつける。


 腹をえぐられ、半ば抵抗のために怪異が振り上げていたその右腕は力なく落ちる。その数瞬後には、剣の一閃により首を跳ね落とされ、地に身体が崩れ落ちた。


 近衛を含む数名がその場を離れ、周囲の捜索に走ったのを横目に、笑みすら浮かべて、コージィは獲物を握りしめる。


「ここの所、俺は留守番ばっかりだったからな!久々に俺の方に付き合え、ミリィ!こんな姑息な連中相手なら心も傷まねぇや!」

 そう言って飛び出していく彼を、無表情に剣を構えたサウザンドが追従する。



「っ!」

 打ち下ろそうとしたメイスをすんでで止めて、コージィは相手を見やる。

 緑色の視界の中、その怪異に、目と思わしきものがどこにあるのか、それすらもわからなかったが、彼には互いに見合っているのだと理解できていた。


 夜の闇の中、雨の音だけが、その場を支配する。

 逃げる怪異は、最早、全て狩り尽くされ、その場に一体が残るだけ。


 周囲には狂気とも、猟奇とも言えたその勢いを抑え込み、コージィは腕を引く。相手もそれを理解し、僅かに距離を取る。


 サウザンドもまた、剣を納刀し、その側に立つ。


「妙なもんだな。だが、確かに、自身で言った通り、アンタは異端だ。」

 その言葉に、黒い外殻の怪異は、黙したまま背を向ける。


「だがよ、俺達は、そういうの嫌いじゃねぇ。姿じゃねぇ。アンタ、ちゃんと人間してるよ。ヒトの皮を被った悪や、ヒトの心を忘れたか、そもそも持ち合わせてない、そんな連中を俺達は知ってる。」

 コージィの言葉に、僅かに顔を歪めたサウザンドであったが、彼の視線が自分に向いた事を気づいて、直ぐにそれを取り繕う。


「アンタはヒトで居てくれや。それを立派だと思うぜ。」


「覚えておく。私は行く。他に怪異が残っているかもしれない。」

 どこが発生器官なのか、そんな疑問を思い浮かべながら、聴こえてきたそんな声に対して、コージィは苦笑いを浮かべる。


 歩き出し、やがて駆け、緑色の海に消えていったその背中を見送り、コージィは、それでよかったのだろう、と、サウザンドの顔に伺いを立てた。

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