もう一つの戦場 誰がための正義
「こんにちは。その言葉は、古い中央の言葉に似ているね。通じるだろうか。」
男は、亡骸を貪る虫たちに目を戻し、声を発する。
強い訛りを感じるが、理解が出来る。
それをそう受け取ったサウザンドとコージィは、彼に頷いたが、男はそれを見ていなかった。
「ニアさん。君は、私を正義、の味方と言ったようだが、私は、彼らの敵でしか無い。異端者だよ、私の性根はね。ずっと昔、この生き方を決めた時から。」
彼は徐ろに、転がった薪を手に取ると、焚き火に向かって放る。乾燥していたであろうそれは、勢いよく燃え上がると、周囲を煙で包む。
「ここ数年で、怪異は再び数を増した。理由はわからない。その噂を聞きつけて、私はスラールに足を運んだに過ぎない。古い恩ある虫に出会えたのは偶然で幸運であったけれど、私はいつも、一足遅いんだ。」
コージィが、彼の対座の丸太を椅子代わりに座る。
その背後に、静かにサウザンドが立つ。それは初対面の相手に対する際の、ごく自然な仕草であった。
「アンタ、何者だ。転生者か?」
彼はその問いに対し、首を横に振る。そしてコージィを見た後、静かにその後ろに立つサウザンドへと視線を向け見据える。
「生憎と、私は、前世の記憶というのを持っていないのですよ。ただ、そういう生い立ちを持って生まれたモノは、いくつも存じています。長く生きていますからね。あぁ、今も直ぐそこで、楽しそうに旧友とその思い出を温め直している、そんな声が聞こえてきています。」
自分を見つめたままの、そんな男の言葉の端に、独特な言い回しを感じ取ったサウザンドは、思わず小さく口を開ける。
そして、つい先程、ニアが彼を紹介した時の、それを思い出す。
「大陸の極東、導都アンジュ、の人。」
虫人たちの帰属国。サウザンドはそう認識していた。
男は無表情な顔を緩く崩すと、僅かに微笑むような仕草を取る。
「貴方を、私たちはどう呼べばいい?」
「修道士、とでも。そう、強いて言えば、古き縁の地を、巡礼して回っているのです。人が住む場所には、大抵、教会がありますからね。」
男は、それだけ述べると、再び、焚き火に目を落とす。
周囲に転がった怪異の亡骸は、既に僅かに名残を残すだけで、群がっていた虫たちも、その多くは何処かへと消え去っていた。
「私は行きます。まだ怪異は残っている。」
街での野営準備が行われる中、四人の囲む焚き火は消火し、立ち上る煙を前に、修道士を名乗る男は立ち上がる。
「どちらへ?」
コージィの抑止が入る間もなく、間髪、サウザンドがそれを彼に問う。
男は暫く、そこに佇むと、丸太椅子に腰掛けたままの彼女を見下ろして、静かに口を開く。
「父を母を、望まぬ別れに、泣く子を出さぬため。怪異がその悲劇を起こすのなら、それは私の果てぬ贖罪でもあります。異端の私には、泣く子に差し伸べる手は持ち合わせておりませんので。」
男は歩き出し、三人をその場に残して、静かに霧の中へと消えていく。
その場にはただ、燻された薪と煙の残り香が漂うだけであった。
「怪異が残っているというのは?」
サウザンドに問われ、ニアは嬉しそうに微笑み、彼女の横に腰掛ける。
「新カルネリアを襲う手筈の怪異です。昨晩、返り討ちにあっていないのであれば、今夜も彼らを襲う。前線はバルドーに築かれた砦を攻略中でしょうから、後方には引き上げてくる傷痍兵が沢山いるでしょう。」
ニアの言葉に、サウザンドは意思より先に立ち上がり、身を翻し、彼の去っていった方向を見つめる。
「新カルネリアを助ける、という事は、スラールに被害が及ぶという事。私は、サザウの領主の一人。それをお手伝いはできない。」
「捨てては置けない!あんな事を言われてしまっては!」
ニアの放った言葉に、サウザンドは叫ぶように反発をする。
そんな彼女の姿を見て、同じく焚き火を囲っていたコージィもまた立ち上がる。
「すまねぇ、ニア。ミリィ、いや、陛下は、そういう奴なんだ。判るだろ?」
申し訳なさそうに、頬を掻いたコージィが、丸太椅子に腰掛けたままの彼女に、語りかける。
「ええ、今はよく知ってる。本当によく似ているわ、貴方達、義姉妹は。」
その言葉に対し、少しだけ立ち止まり意識を削がれたサウザンドも、直ぐに歩き出す。
「霧、晴らすようにナッキーさんにお願いする。それと森を出るまでの案内も手配を。私に出来るのはそこまで。それで貴方達に、嫌われずに済むかしら?」
微笑みを浮かべたまま、投げかけられたその提案に、コージィは苦笑いを返す。
「それだけあれば十分だ。だが釣りは出ないぜ。」
急遽、後方支援要員と運んできた物資をその村に残し、怪異討伐のため、強行戦力が編成される。
ニアの手配した森の案内人に誘われるまま、サウザンドを中心にした面々が、霧の晴れた道無き森を、緑色の光を纏って駆け抜けていく。
バルドー要塞とラルタ港を結ぶ線のほぼ中頃、新カルネリア王国軍の陣営後方の傷痍兵夜営地が襲われたのは、まさにその夜の事だった。




