謳われし主人公たち
先陣を切った衛士隊は、敵戦力の正面に当たるのを避け、北東へ向かい進む。
距離と進行方向を見誤った敵の矢を後方に見やりながら、兵団の右手前方に衛士隊は駆け抜けていく。
その陣頭に立つのは、衛士隊の指揮権を持つ、王兄衛士であった。
「クロスボウ隊!整列!」
衛士たちは詩魔法の効果は既に身に感じていた。
様式の違いにとらわれる事なく、目で、耳で、触覚で、匂いで、口の中に滲む唾液の味で、五感全てで、その変化を感じ取っていた。
原理は解らないが、遠く離れたこの場でも、今も詩魔法師エルカの詩が、己の心臓の鼓動と同じ様にその歌詞と意味までもはっきりと感じられていた。
クロスボウを構えた64名の衛士が向かってくる敵右翼に対して斜め一列を陣取る。
彼らの眼前には向きを変え迫る人の波がはっきりと見えていた。
そこに不思議と恐怖感はない。高揚感すらあった。
「斉射開始!三連射!」
王兄衛士の号令に一糸乱れず、狙いを定めぬ直線射撃が、一撃、二撃、三撃と放たれる。
「クロスボウ隊は敵側方、後方に周り斉射を継続せよ。判断は部隊長に任せる!我々槍隊は敵中に突入!クロスボウ隊の位置を常に確認し、味方の射撃に当たる様な真似はするなよ!」
王兄衛士が槍を掲げ、それを合図に、槍を持った衛士たちは出鼻をくじかれたばかりの敵先頭集団に向かって駆け出す。
エルカの詩から、幢子の詩へと、切り替わる頃。
ジエは民兵たちの前に立っていた。
その視線は、衛士隊が敵の動きを撹乱していくのを確かに捉えていた。
幢子の詩が聴こえだして間もなく。敵兵の足並みが乱れ始める。
衛士たちから最も遠い敵左翼の集団は未だ真っ直ぐと進んできているものの、その直進速度は露骨に衰え始めた。
ジエの耳に、幢子の詩が響き続けている。
その歌詞に心を焼かれる。その歌詞の向こうに、自然と亡き父の顔を思い浮かべる。
その幻影の激励に導かれる様に、思考がより鮮明になっていく。
今や、その全てが家族たる領民たちを、想う心が溢れ出す。
「全軍弓を構え!斉射開始!」
弓に矢を番えたまま待機していた先頭の民兵たち、バルドーの武官たちが、ジエの声に呼応する。
自然とその標的は、突出しつつも勢いが削がれている左翼集団に向けられた。
バラバラと乱れながらも、確かな詩魔法の膂力増強を得た、飛距離と速度を持った矢が飛んでいき、敵兵を捉える。
「槍を構え!前進開始!」
そう叫んだと同時に、ジエはこの日のために手に馴染ませてきた鉄剣を引き抜き、走り出す。
確かに重い。
それでも、毎朝と繰り返した素振りの感覚をそのままに、ジエの駆ける足取りは驚くほど軽かった。
詩は終われど、謳われ続ける。
その戦場を駆ける全てのものに、いつ終わるともしれない、二人の歌声が響き続けている。
耳の奥底、或いは脳裏に、若しくは胸中に焼き付いたそれが、まるで全身を震わせて、二人の詩を真似るように。
リオルの槍が、敵兵の肩を貫き、それを膂力のままに振り回し、側に居た敵兵に身体ごとぶつける。
居崩れた敵兵二人に、民兵たちが槍を打ち込んで止めを刺す。
それを見届けるまでもなく、リオルの目は既に次の敵兵を追い、足は駆け出していた。
内心にあるのは、バルドーの連中の無事の生還。
心を占めていたのは、先日の要塞からの撤退時に、担いだ肩の上でいつまでも泣き続けた由佳の記憶だった。
「俺の目の前で、もう誰も死なせねえからよッ!いい加減泣き止めってんだッッ!」
リオルの幾度めかになるその叫びと共に、その槍は敵兵を薙ぎ、矛先は彼らの何処かを打ち抜いていく。
視線が民兵の誰かしらの苦境を見やっては、その刹那に身体は動き出している。
実際に、リオルに預けられた三十一名は、その動きに誘われる様に、自然とそういった役割を担っていた。
まるで途絶える事のない彼の詩に、リオルの心は焼かれ続け、その熱は失われる事なく、神経を焼き鍛え、研ぎ澄まし続けた。
その姿に、勢いに、いつしか敵は背を見せ逃げ出す事すら出始める。
多量の魔素の放出に依って、共に倒れ込んだ幢子とエルカを補うように、詩魔法師たちは救助と支援に務めた。
傷を負って後方に引き上げてくる民兵、息を切らせた武官。
しかし、そうした者たちも、僅かに休み、水瓶から湯冷まし水を呷って、或いは矢筒に矢を詰め、戦場へ戻っていく。
彼らの生傷は決して少なくない。
しかし、致命傷を負う者は、驚くほど少なかった。
数本の矢を引き抜かれ、痛みに轟く叫びを上げた者すらも、休んでいる内に止血が進み、その内に戦場へ駆け出していく。
異常な光景でありながらも、その光景に呑まれ、順応していく。
詩は終われど、謳われ続ける。
いつ終わるかしれぬと思われた戦況は、確実に、スラール勢の主導で進み、それが覆される気配すら無かった。
詩魔法に依る、膂力、感覚鮮明、あるいは快癒の付与は途切れる事なく、続いている。
数多の場所で、数多の主人公たちは、誰もがその詩を胸に、誰もが詩の向こうの誰かを抱いて、戦場を駆けていく。
その狂気とも言える姿に、敵はついぞ壊走を始めるまでに至った。




