5
昨日よりも、より陰鬱な一日が今日も始まる。
翌日。
朝起きて自室の窓から外を見ると雨が降っていた。
結構な量が、地面に向けて打ち付けられている。
ダムにヒビが入って、そこから水が吹き出したくらいの勢いの強い雨。
なんだろう。
もしかしたら雲は何か地面に恨みでもあるのかもしれない。
例えば……友達との友情にヒビが入ったとか。
「アホらし」
ヒビが入っているのはお前のギャグセンスの方だろとか自虐しながら、私はダイニングに向かい、共働きの母親が残してくれた朝食に手をつけながらテレビの天気予報を見る。
予報では8時あたりには止むという予報になっていた。学校の始業が8時30分で、今が7時40分。
大体今から十 10分後の50分くらいにいつも私は家を出ているが、しかし、学校までは二十分ほどで着く。確実に雨を避けるのなら、少しばかり遅らせて出た方が効率的だ。
「………」
しかし、私は朝食を食べ終わり、その他諸々を十分ほどで済ますと、制服に着替える。
ほどほどほどに身だしなみを整え、置き勉して、そこそこ軽くなったリュックを背負い、合羽を羽織った。
どうせ今日遅らせたところで、結局私は明日明後日と、いつかはそれを確かめようとするだろう。
なら、今日行ってやる。
ママちゃりにまたがり、家を出る。
と、どうやら雲は私にも恨みがあるらしい。
車庫から飛び出すと、早速強烈な風雨が、ありがたいおもてなしで以て出迎えてくれた。
踊りませんかと、風がバサバサ雨合羽を揺らす。
喉は乾いていないかと、合羽を着ているはずなのに謎の力で雨が喉以外にも侵入してくる。
化粧はいかがかと、所々顔を出す田舎特有の舗装されていない道は容赦なく泥を顔ではなく、足や靴に飛ばしてくる。
だが、そんなありあがたい、もとい有難迷惑なもてなしを私はあえて受けるように、むしろもっと浴びるように速度を上げていき、やがて私と麗華の通学路が被っている一本道の入り口までたどり着くと、私は自転車のギアを上げ、重くなったペダルを踏みしめた。
麗華はいつもこの時間帯に、いつも私より早く学校に向かっていた。
麗華も、昨日私と帰った以上、私がこの道を使って登下校していることは知ったはずだろう。
だから、もし麗華がまだ私に本気で嫌気が差し、もう二度と会いたくないと思っていないのなら。
別の道を使ってでも、私に会うことを回避しているのではないのだとしたら。
まだこの道を使ってくれている可能性はあるのではないだろうか。そして……もしかしたら、彼女は、私に声をかけられるのを待ってくれているのではないか。
「っ………!」
私は更にペダルを踏みこむ。
いまだ、私も着たかった黒のセーラー服の上に、透明な雨合羽を羽織った彼女の姿は見えない。
持ち手を握り込み、更に飛ばす。
見えない。
枝毛一つない艶やかな黒髪も、凛とした背中も。
もっともっと飛ばす。
見えない。
彼女の心が。
追いつけない。
彼女の所に。
そして――
「……いない」
通学路を3分の2以上進んだところにある、横断歩道を渡った先。
私はとうとう限界が来て足を地面に着け、ハンドル部分に全体重を預けた。
息が切れ、酸素不足で靄がかかった脳内で思考する。
そりゃあそうか。
あれだけこっぴどく彼女を怒らせたんだ。
道や時間帯を変えられてない方がおかしい。
「なにやってんだ、私……」
呟く。
雨は、気付けば、止んでいた。
小鳥の囀りと共に、まるで天使か何かでも降臨するかのように、所々光の筒みたいなのが、雲間から降り注いできている。
もっとも、私には当たっていないが。
当たっていたとしても、下を向き、きっとさっき顔にぶつかった雨だろう、そうに違いないその雫を、目から顎にかけて垂れ流す私には、自分の陰しか見えなかっただろうが。
「行こう……」
「どこに……ハァ……行こうって、ハァ……言うのよ……っ」
「え?」
その声が、一体誰の声なのか、一瞬分からなかった。
いや、誰だって後ろからいきなり声をかけられれば戸惑い、判別するのに時間がかかるだろう。
でも、そうじゃなかった。
私がその声を判別できなかった理由は、そうじゃなかった。
私がその声を、聞き覚えしかないはずのその声の主が、誰か、分からなかったのは、
ーー彼女。
――嵐麗華が。
――いつもの凛とした姿からは想像できないような。
――つい数秒ほど前の私のような姿で、自転車に全体重を預け、息を荒らげていたからだった。
「何で、今日に限って、そんなに飛ばすの……。やっぱりこんなことなら、私から声をかけようと家を出るのを遅らせずに、いつも通りの時間に、出れば、よかった……」
ご一読ありがとうございました。




